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私のなすべきこと  作者: 睡華
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張り裂ける胸

夜の静寂に私の言葉のみが響く…。

彼の応えは…ない…。



わかってる…。要に決断させて、責任を背負わせるつもりはない。

私が決めて、私の我侭で離婚し、出て行くのだ。

彼が身重の妻と離縁し、放り出したという事実はあってはならない。

そんなことは存在しないのだ。




気力もなく、糸が切れたような身体に無理やり力をいれて立ち上がる。

彼は気配に気づいても微動だにしなかった……。














短くも思い出の詰まった部屋で荷物をまとめる。

思い返せばあんな置物にも、あの服にも…全てに小さくも要との思い出がある…。

でもこの身重の身体で多くの荷物は持っていけない。

きっとこの身体の女性で買ったものなんて微々たるものだろう。

だから、必要最低限、それだけ決めてカバンにつめていった。




母子手帳、必要最低限の生活用品、ケータイ、お金…それだけ…自分の持てる範囲で詰め終わったカバンをもって部屋を出る。



歩きながらお風呂場を見、キッチン、リビングを見る…。

要との私の大事な…幸せがそこに思い出される…。


もう…もう二度とこの部屋で幸せは見れない…。

無性に悲しくなり、胸がつまって…苦しくなった……。
















彼は先ほどと寸分変わらぬ姿勢でそこにいた…。


「要………。」

「……。」



応えはない…。


そっとカバンを置き、こちらを見ず、背を向ける姿勢のように寄り添った…。



(最後の我侭…許して…)



一瞬強張った要の身体だったが、厭い押しのけるでもなく無言で私のそれを許してくれた。


要の身体は生きている温もりと私の大好きなシトラスの香りに包まれていた…。


(要…大好き…)


そっと背中に頬を寄せて、要の香りを胸にいっぱいに嗅ぐ…。


(離れたくない…。)


その心を隠し、私は告げる。

「今まで、沢山有難う。本当に、本当にごめんなさい…。要といれて…、要とあかちゃんを育めて…本当に幸せだった…。」





(あぁ、もうすぐ…。)





「………………。」



「離婚届はなるべく早く郵送で送る。申し訳ないんだけど、届出宜しくね。

親には私から全部伝えるから…要の手は煩わせないようにしておく。

私のことはなんとかなるから…もう二度と要に迷惑はかけないから…。」




(あぁ、あぁ!!終わってしまう!!)



泣き出しそうな心を気力で封じ、震える身体を抱きしめる。


「要…愛してる。要の幸せを…心の底から祈ってる。


どうか…本当に幸せになってね…、要…。


さようなら…………。」



言わなければならないことは…言ってしまった。

もう私にこの場所にいる資格はない…。




許してくれた背中を離れ、震える手で左手の薬指の結婚指輪を抜き取る。

短くも私の一部になっていた指輪は、指から離れるのを嫌がるように抜けない…。



(私が抜きたくないだけかな…。)



そんな感傷を感じながらも少しずつ指輪は抜ける…。



右の手に納まった指輪。左手を見ると、薬指にはそっと指輪のあった名残…日焼けの後を残していた…。



コツン…。

テーブルの上に置く指輪。もうこれで私のものではなくなった。




そっとまた要を見る…。

(あぁ、見納めだ。もうこの愛しき人に触ることは出来ない。こんなにも愛しているのに!! )



張り裂けて、血が流れる胸を自分で抱きしめ立ち上がる。

さようなら、私の居場所だったこの部屋。

さようなら、愛しい人。







荷物を持ち、唇をかみ締め最後の言葉を言う…。

「さようなら……、要……。」


そのまま、振り向かず早足で部屋を抜け、外へ出、エレベーターに飛び乗った。


まだ、泣けない。この場所で泣くわけには行かない!!


要を守るため、必死で笑顔を貼り付け、私は向かった。

遠く、遠くへ…。泣ける場所へ…。













緩やかな歩みが早足になり、最後には駆け足になった…。

「はぁ、はぁ、はぁ…。」






やっとたどり着いたのは誰もいない河川敷。

暗闇に包まれたそこには河の流れだけで何者も拒絶し、何者も受け入れていた。






ザッ、ザッザッ…。

誰にも見られないように河川敷を奥へ進み暗闇に潜む…。



もう此処までが限界だった…。



「うっ…、うっ…。うぅ…。」

もう…、涙が止まらない…。張り裂けた胸の痛みとともに、私の涙腺を壊し…、全身が悲しみでバラバラになりそうだった。


「要…。かなめ…。うぅ…要!!。」


私を慰める手も、私を抱きしめてくれると期待できる胸もそっと見せてくれるかすかな笑顔も存在しない…。今度こそ、私は愛し、頼るべき人を失ったのだ。


「要、要、要、要、要、かなめ!!!!あぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

河の流れる音のみに包まれる。私は本当に一人ぼっちになってしまった。




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