ここは何処…?
気がついたら、何処かの境内にいた。
白い玉砂利が敷かれ、日もよく入り玉砂利が反射して輝くよく手入れされたそれなりに大きそうな神社だった。
見える建物は朱色、茶色と神社建築独特の様式をしておりすんなり自分が神社にいることが認識できた。
しかし、なぜ私は此処にいるんだろう…?
前後の記憶が全くなく此処が何処の神社か今までの記憶からかすりもしない。
周りに知人もいなく、どうやら一人らしい。
はて…?
ふと自分の手を見ればまさに白魚の手と呼ぶにふさわしい手が視界に入ってきた。
その手は自分の意思どおりに手を握ったり開いたりしている。
おかしい…
私の手はこんなに綺麗ではない。
私の手は中学時代のソフトボール部の影響で節が太く、豆がいまだに残り母とそっくりな子供爪をしていた。
「私が飛行機事故で遺体確認が必要になったとき、この手でお母さんは私と判断できるね。」
と笑い話にしたものだ。
その手がない。
この手は私の手ではない!!
この目の前で動く手は!?
私は背筋に氷水を流されたようにぞっとし、鏡を探し始めた。
そうだ。
きっと毎日の手入れが身を結び人も羨むような白魚の手を手に入れたんだ。
「頑張ったな私。
やれば出来るじゃないか。」
恐ろしい現実を拒否するように私は呟くように自分をおちゃらけて褒め、前に歩く力とトイレを探す冷静さを必死に保たせていた。
じゃり、じゃり、じゃり。
玉砂利を踏みしめ、トイレに向かう。
ヒールがない靴を大またで歩き、顔はやっとの思いで冷静さを保っていた。
トイレは境内の隅にあり、まるで忘れさられたみたいに薄暗く人気もなかった。
たった数分だったが、もう何十時間にも感じられた歩みの最後の力を振り絞って…
目を閉じて暗い鏡の前に立つ。
違う、鏡を見たら私の顔だ。
そう心で叫びながら
そっと目を開き鏡をのぞいた。
そこにはまるで私とは違う綺麗な女性がいた。
美しい真っ直ぐな黒髪を纏め、大きな印象的な二重を持ち、完璧な配置を施された瓜実顔の美しい女性が…。
一度見たら暫く目が離せなくなるような美しさだった。
きっと私がこの女性を見たら、あまりの美しさに目を留め、憧れの目で下から上までなめるように見てしまっていただろう。
しかし、この女性は私の思いのままに目を閉じ、口を開き、口角を上げる…。
信じられず、私は思いつくままこの女性がしないだろう口を出したひょっとこ顔などの変顔を飽きずに何十回と形作る。
そのうちトイレを使いに来た人が何人も鏡で変顔を作り続ける女性を気味悪そうに見ていったが、私はそれを気に留める余裕もなく変顔を作り続けた…。
この鏡の前の女性は全て私の思い通りの顔を作り続けた。
全て、全て。
「あ、あ、あ、あ、あぁ!!いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
私の中の恐怖が溢れ出し、もう抑えることが出来ない。
私は声にならない恐怖の叫び声を上げた。あげ続けた。
怖い!怖い!怖い!!
ここにいるのは誰?
私は何故此処にいるの?
此処は何処?
私の体は?
私は何処?
いや、嫌、イヤ!!
助けて、誰か!!
お願い、誰でも良いから助けて!!
叫ぶ気力も無くした女性=私はガタガタと震える身体を自分の腕で強く抱きしめ、トイレの床にしゃがみこみ目はうつろで止まることのない涙を流しながら、
「いや、いや。」
とつぶやき続け現実から目を背け震え続けていた。
◆◇◆◇
「もしもし、ちょっと!!大丈夫ですか!?大丈夫ですか??」
どれくらい時間が経ったのだろう…。
世界が破滅したような長い時間と極限のなかにいた私を誰かが強く両腕を掴み揺さぶってくる。
トイレでの異常を知らされたのか、野次馬か、トイレは忘れ去られた空間を捨て、今では沢山の人垣を作り、多くの視線が私を覗きこんでいた。
私を揺さぶる男は白い単に水色の袴を纏い神社の禰宜のようだった。
私は揺さぶる男や周りを取り囲む禰宜の群れ、野次馬の人垣をどこか遠くに見ながら、呆けたように暗いトイレの床の一点を見つめ続けていた。
「この人は誰だ?誰か知らないか?」
「誰か、この女性のお連れの方はいらっしゃいませんか?」
「おい、あんた。大丈夫か?ここが何処だがわかるか?」
「ねぇねぇ、あの人どうしたの~?」
「やだねぇ、なんかに憑かれたのかしら?神社とかでもそういうのっているのね」
「おい、あんま近づくんじゃねぇぞ。暴れだすかもしれん。」
禰宜が話しかけ、野次馬が好き勝手噂する様を私はどこか人事のように見ていた。
これは私じゃないし。別に…何言われてもいいや。
絶望しかけ自分の世界に入り込もうする私をさらに困惑の縁に落とすように、一人の禰宜が叫んだ。
「あ、この人さっきご家族で安産祈願に来た方ですよ!!え、えっと。そう!!桐生さん!!」
「よし、ご家族がいるんだな。お前顔わかるんだろう。行って探して来い!!」
「はい!」
年若い禰宜が、私に向かい合う先輩格の禰宜に指示され人垣を掻き分けトイレを飛び出す。
「よかったな、あんた。すぐにご家族がいらっしゃるから。」
私は新たな事実に震えを強める。
安産…こども…子供!!
この身体は妊娠して子供を宿している!!
そんな、私は妊娠なんてしていないのに!!
衝撃の事実は私を狂わせはしても、正気にもどる手伝いはしてくれない。
その時、禰宜は私を労わるように、震え呆ける私に自分の熱を移そうかとでもいうかのように掴んでいた両腕を男らしい骨ばった手で撫でる。
その熱は人の温かさを触覚を伝って私に心に移した。
暖かい…。
人事で別世界ように感じ震え続けていた私に、その熱はこれが現実のことと伝えてきた。
その時、何処からか余裕も無く走ってくる足音が聞こえ、人垣と禰宜の群れを超え、彼が姿を現した。
「連れてきました!」
先ほど飛び出していった禰宜は手を膝に置き、荒く肩で息をしながら彼を見る。
「ご苦労だったな。」
禰宜は労う視線を年若い者に置き、彼と視線を強く合わせた。
「桐生さんですね。この方はあなたのお連れの方ですか?」
禰宜が一目もそらさず問う。
「はい、私の家内の優子です。優子に何があったんですか?」
「そうですか。私たちもちょっとわかり兼ねるのですが…
トイレで悲鳴をあげている女性がいると言われて駆けつけてみたら彼女が震えていて…。
さっきから何度話しかけても応答が無いんです。
何か心あたりはありませんか?」
「そんな…!優子、優子!!どうしたんだ!?」
彼は膝まづき視線を合わせ強い口調で問いかけてくるが、私は答えられない。
「ひとまず場所を変えましょう。ここは人目が多すぎるし、なおかつ寒すぎる。じっくり話しをする為にも事務所に場所を移しましょう。」
呆け、身体に力が入らない私を彼が抱えるように立たせる。
そのまま彼に寄りかかるように使い物にならない足をひきずりながら歩いた。
白い玉砂利や緑の森が先ほど見た時と印象を変えて私に迫る。
ここはお前の世界じゃない。
お前は誰だ…と。
読んでくださり有難うございました。誤字、訂正などありましたら、すぐに直しますので教えていただければと思います。
精神的にあまり強靭でなく、打たれ弱いので批判はご遠慮くださればありがたいです。