知ってはいけない事
俺たちは、枝や石を拾い集めて、フェンスの向こうに投げ込んだ。
声を限界まで張り上げて、喚き散らした。
これで何の反応も無ければ本当に無駄骨だ・・・と心が挫けそうになった頃になって、ようやく反応らしい反応が見えた。
フェンスの向こうにまで続く道の遥か先。高いアンテナの下の辺りに何かがいる。
2人して凝視してみると、その何かは白と銀で構成されているようで、眩しく光を反射していた。
それは、どうやらこちらに向かって来ているらしい。ちなみにそれほど速くはない。
ようやく姿が確認できるほど近くなると、それは白衣を着た白髪の目立つ結構な年のおじさんである事が判った。しかも、乗っているのはセグウェイだ。
白衣のおじさんは、低速ながらも見事にセグウェイを操り、俺たちが投げ込んだ石や枝を避け、フェンスのギリギリで止まった。
「また君たちかい? 懲りないねぇ・・・しかしまた派手に散らかしてくれたねぇ。ちょっとここ開けるから、君たち自分で片付けておくれよ? 僕はきれい好きなんだからね?」
青いフレームの眼鏡をかけた、派手なアロハに短パンのおじさんは、俺たちの返事や反応など一切気にせず、中からパネルを操作してあっさりと入り口を開けた。
「ほら、早く入って入って。さっさとここを片付けておくれ。」
これは喜ぶべき状況なのか?・・・それともがっかりする状況なのだろうか?
コウちゃんと顔を見合わせて、お互い苦笑して言われるまま中に入った。
『また』と言われたのだから、やはり俺たちは間違いなくここに来ている事になる。
それにこの声は、闇の中で聞いた声に間違いない。
・・・何れにしろ状況は、確実に前に進んだ。
「僕はねえ、研究者なんだ。プロフェッサー原田って呼んでおくれ。」
聞く前から勝手に喋り出した自称プロフェッサー原田というおじさんは、俺たちに片付けを要求し、まるで子供が拗ねたような口調で鬱陶しい程に急かした。いや、程なんてものじゃなく本当に鬱陶しい。
「ほらほら早くしてよね、僕はこう見えても忙しい身なんだよ?」
「ねえ、まだなの? 僕早くデータを取りたいし、上に提出する書類も作らなきゃいけないんだよ?」
「・・・ねえ君たち早くしてよ。」
それだけ口が動くなら、お前が手も動かせ!
・・・そう怒鳴ってやりたいが、ここで下手に動くと知りたい事が探れなくなる。おまけに、機嫌を損ねて自分たちの身を危険に晒すのも得策ではない。
俺はグッとこらえていたのだが、
「うっせぇ、ジジイ!」
コウちゃんはあっさりキレて、おじさんを口汚く罵り始めた・・・。
しかし、あれだけの罵声に悪口雑言。これならあっさり勢いで押せるかも・・・とも思ったのだが、向こうはのらりくらりとして一向に応えた様子が無い。
どういう精神構造してんだ、こいつ?
「えぇっと、確か高取孝太くんだったよね? ・・・君ねぇ、この間も思ったんだけど勢いだけで中身が無いんだよね~、もう少し歯応えのある、面白い事を言ってくれないかなぁ? それだと僕つまんないなあ。」
疲れて肩で息をするコウちゃんのフルネームを、彼があっさり口にして、俺はドキッとした。
恐ろしい事に、個人情報はしっかり握られているようだ。
しかもこいつは、頭のネジが1本や2本外れているような人物で、残念ながらまともな会話は期待できそうにない。
「ほら、そっちの君・・・えーっと川本道裕くんだったかな? 川本くんもボーっとしてないで手を動かしたまえ。」
このふざけたおじさんのペースに乗せられて忘れかけていたが、俺たちが危険な状況に置かれている事に変わりはないようだ。
◆◆◇◆
石や枝を集めて可燃物の袋に入れ、おまけに箒で掃かされた後、プロフェッサー原田というおじさんはペラペラと喋ってくれた。
・・・そう、俺たちが尋ねなくてもペラペラと。
「このアンテナはね、僕が研究している洗脳電波の実験用だったんだ。今は国も認めてくれるようになったからね、たくさんお金も出してくれるし、日本全体に届くように更に大きな物にしてくれたんだ。おかげで今僕は快適に研究に没頭する事が出来るようになったんだ。まぁ、それで国からお願いされた事もしなきゃいけないけど、概ね僕は快適だね。」
・・・今俺たちは、とんでもない事を聞いてしまった気がする。しかも、国家レベルのやばい内容だ。
って、まさか国が認めたのは・・・?
「あの・・・俺たち、もうそろそろ帰ろうと思うんですけど・・・。」
アンテナの正体は分かった。
俺たちの記憶におかしな点がある理由も分かった。
もうこの場にいる理由は無いし、本当にヤバイ代物である以上、さっさとこの場から離れなくてはならない。
「何言ってんの? 帰るってどこに?」
しかし、やはりそう上手くは行くはずも無い。
「そりゃ、家に決まってんだろ?」
俺は、コウちゃんの言葉を急いで引き継いだ。ここで彼を怒らせるような事を言うのは、命に関わるような事態になりかねない。
絶対にここは、そういう施設だとしか考えられない。
「も、もちろん家にですよ。遅くなると家族も心配しますし。」
俺は強張る頬を必死に笑顔にして自然を装った。実際、できていたかどうかは判らないが、頑張るだけは頑張った。
「今日は色々迷惑かけてすみません、アンテナの事まで教えてもらって、ありがとうございます。」
けれど彼は、嬉しそうにニヤニヤと笑い、恐ろしい事をさらりと、さも何でも無い事のように言ってくれた。
「君たちにはもう、帰る場所なんかないよ?」
俺たちは一瞬何を言われたのか分からず、ただ呆然と彼を眺めた。
すると、再び腹の立つ可笑しそうな笑い声を立て、絶望的な内容を説明してくれた。
「このアンテナは、洗脳電波を発してるって言ったよね? 君たちの存在は、もうこの世界には存在しないんだよ?」
ちょっと待て!! 何言ってやがんだクソジジイ!?
「君たちがここに来てから随分経つでしょ? その間に僕が何もしないと思うの? 君たちはチャンスを無駄にしたんだから、それは仕方が無いよね?」
・・・俺たちは、既に最悪の事態に陥っていたらしい。しかもそれは、まったく訳の解らない勝手な理屈で。
この後、俺たちの身に起きる事は、想像したくも無い。
「・・・い、いやだ、こ、殺さないで・・・くだ、さい。」
俺はあまりの恐怖に体中が震え、まともに声を発する事もできなかった。
なのにこのジジイは更に笑う。
「まさか、殺すなんてもったいない事しないよ。良い検体が手に入ったんだ、電波が効きにくい君たちの事はちゃんと調べないとねぇ。他にも君たちみたいなのが時々いるんだよ。今後の参考にしたいんだよねぇ。それに僕は、結構人道的な人間なんだよ?」
嘘だ。人道的な人間が、人を無断で実験体にしたり、人を操ったりするものか!!
「でも、もうあんまりここの人間増やしたくはないんだよね。でも、君みたいに面白い子は是非傍に置いておきたいなぁ。若い子と話をして、新鮮な気分になるのも悪くないからね。」
彼は一人でそう喋りながら、ポケットを探り手の平に載る程の大きさの何かを取り出した。
そして、彼が蓋を外しボタンを押すと、俺の意識は段々と遠退き、体から力が抜けてゆく。
「さて。誰か呼んで、この子たちを運んでもらわないとなぁ。」
地面に倒れた痛みの後で最後に耳に届いたのは、緊迫感も何も無いプロフェッサー原田の呟きだった。
◆◇◆◆
目が覚めると見慣れた寮の部屋だった。
俺はいつものように、朝食を取って身支度を済ませた。
これから俺は、徒歩で敷地内にある研究所へと向かうのだ。
きっと今日も忙しい。
あのプロフェッサー原田の助手をしなければならないのだ。
俺はまだまだ若く、全然大した事も出来ないのに妙に気に入られてしまい、嬉しい反面、実は困惑している。
プロフェッサー原田の研究は国も認めている一大事業で、皆が幸せに過ごせるように、幸せになれる電波を放つのだ。
全てが見える事、全てを知る事が必ずしも良い事ではない。見えない方が、知らない方が良い事なんてのは、この世界にはたくさんある。
プロフェッサー原田はそのための手助けをしているのだ。
途中、ここで働くたくさんの人達とすれ違う中で、幼馴染のコウちゃんに会った。
彼もプロフェッサー原田の思想に賛同して、ここで働いている一人だ。
しかし俺とは部署が違い、整備点検の役に着いている。
「おはよう」と、手を上げると、向こうも「うっす」と返事を返した。
そうだ、もし今日早く上がれれば、どこかに遊びに行こうと誘ってみよう。
この広大な施設の敷地内には何でも揃っている。まるで一つの町のように多くの人が暮らすこの場所には、もちろん多くの店も存在する。
食料品に衣料品、本やゲームにホビーの類、病院や薬局、役所の出張所もちゃんとあり、当然食べる店に、飲む店に、俺はまだ知らないが、大っぴらにできない怪しい大人の店もあるらしい。
しかし、あの気まぐれで我が侭な人のおかげで、俺の生活はなかなかにハードだ。
ちゃんと時間に上がれるかどうかは、その日その時にならなければ分からない。
お互いに「頑張れよ。」と声をかけて分かれ、俺たちはそれぞれの職場に向かった。
俺は、プロフェッサー原田の手助けが出来る事を光栄に感じている。
・・・その人物には相当の疑問を感じるけれど。天才とはそういうものなのかもしれない。
そう苦笑しながら、白衣を纏った。
今日あの人は、一体何を言い出すのだろう? 少し怖いが半分楽しみにしている自分もいて、随分と心酔してしまったものだと、もう一度苦笑した。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
これは「空想科学祭2011」に参加の作品ですので、
http://sffesta2011.tuzikaze.com/
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(2011.08.07)誤字訂正