振り出しに戻る
という訳で、俺たちは蝉の鳴き喚く道を再び歩いた。
一度バス停まで行き、そこから同じようにやり直してみるためだ。
コウちゃんはあの時と同じくエイプを押して、俺は今回は手ぶらで歩く。
まだ正午前だというのに、既に太陽の光はジリジリと肌を焼き、じわりと噴き出す汗でシャツは張り付き、徐々に体力まで奪われているような心地がする。
「この辺までは、学校の事話してたよな?」
「そうそう、朝会でステージに上がる時、足踏み外した先生の話をしたな。」
俺の学校での実話だ。
「で、そっから小学校の時の体育館の掃除で、ステージで遊んだ話に行ったよな?」
「うん、和美ちゃんが先生にチクるから怒られたって話だ。」
同じ班のしっかり者の班長で、同じ掃除場所だった彼女は、いつも不正を見逃してはくれなかった。
「居残りでもう一回、掃除させられたよな。」
「そうそう。俺あの日見たいアニメがあったのに、間に合わなくて悔しい思いをしたって話したよな。」
最終回の1つ前の大事な所だってのに見逃して、最終回の内容が半分くらい分からなかった。
「それから・・・何話したんだったかな?」
コウちゃんは足を止めて、眉間に皺を寄せて俺を見た。
「俺もここから記憶が無い。」
二人とも同じ所から記憶が抜けていてるという確認はできた。
しかし、忘れている内容を思い出せた訳ではなく、何故なのかという理由に繋がる物も無く、根本的な解決には至っていない。
「何だこれ? 気持ち悪いな。」
コウちゃんが腕を摩りながら言うように、不自然過ぎて気持ちが悪い。
「何だろうな? 俺たちここから何を話してたんだろう?」
俺は何か手掛かりが無いかと辺りを見回し、ふとある物で目を止めた。
「アンテナだ。」
「アンテナ? ・・・あれか?」
アンテナを目にした途端に違和感を覚えた。頭のどこかで『あんなもの気にするな』という声が聞のようなものが響く。
「コウちゃん、アンテナなんか気にするなって声みたいなものはするか?」
「・・・する。何かすげー嫌な気分だ。」
「ひょっとして、あれなんじゃないか? 俺たちの抜けてる記憶って。」
たぶん昔、あのアンテナを目指して辿り着けずに駐在さんに保護された話でもしていたんだろう。
・・・でも、何故そんな事を忘れているんだろう? あのアンテナは何か特別なものなのだろうか? 『気にするな』という声は何なのだろう?
「あのアンテナに何かあんのか?」
「分からないけど、何かおかしいな。」
訝しげな様子のコウちゃんに、俺は慎重に言葉を返した。
「じゃぁさ、確認しに行こうぜ。」
「は?」
分からない事だらけで、俺には何も確実な事を言えないというのが本音だというのに、コウちゃんは怖い物知らずの発言をしてくれる。
「だって記憶が無いのも、アンテナ気にするなって暗示みたいなものも気になるだろう? だったらさぁ、やっぱりここは確認に行ってみるしかないだろう?」
不安や恐怖で躊躇するより、好奇心で行動するのはいかにもコウちゃんらしい。
「そうだな、行ってみようか。」
多少・・・いや、本当はかなり不安を感じている。
しかし、今回もコウちゃんと一緒なら、俺は結構な無理でも出来るような気がした。
◆◆◇◆
その翌日の昼、俺たちは近くの自動販売機の所に待ち合わせて、アンテナを目指してバイクを走らせた。
コウちゃんのエイプに二人乗りで、ヘルメットも借り物だ。
昨日あれからアンテナについて色々と調べてみたが、何もめぼしい物は見つからず、その事が更にアンテナの異常性を高めているような気がして、正直な所ゾッとした。
しかし、だからといって『やっぱり怖いから止めよう』なんてみっともない事なんか言える訳がない。見栄も虚勢も総動員し、平然としている風を装って、コウちゃんと普通に話せたはずだ・・・たぶん。
アンテナの方角を目指すと、集落を抜けて隣の町へと続く道以外何も無い山の中をひた走る事になった。
俺が帰りに利用したバスの反対車線を行き、途中から、半分ほどの道幅の更に山の奥へと向かう道へと向かった。
「確かこっちだったような気がするんだ。」
その丁字路には『この先通行止め』以外の標識も看板も無いが、コウちゃんの言葉に俺は否定をしなかった。
俺も何となくそんな気がしたからだ。
先が通行止めだという狭い道はきれいに舗装され、山の中だというのに両側に濃く茂る木々の葉が堆積したゴミも無く、明らかに不自然だ。
そのうち道幅は倍になり、言いようの無い気持ち悪さと既視感は更に強くなった。
あとそのカーブを曲がれば、という所でコウちゃんはバイクを停めてゴーグルを上げた。俺は先に降りて辺りを見回してみたが、やっぱり見覚えがある。
無論木々の詳細まで覚えている訳ではないが、つい最近こんな景色を見たような気がして、何となく落ち着かない。
何で俺はその事を忘れているんだ? それがどうにも納得がいかない。
「確かさ、俺ここにこのバイク置いたんだよ。」
「うん、俺もそんな気がする。」
「で、その先曲がると入り口とフェンスあんだよな?」
「あぁ。そしてその向こうに、でっかいアンテナがあるんだ。」
俺たち2人のぼんやりした記憶は、おそらく間違っていない。
ここまで来てこの記憶は段々とはっきりしたものになってきた。ただ、何かに上書きされて塗りつぶされでもしたような気持ち悪さがずっとある。
「そのフェンス登って、記憶が飛んで・・・真っ暗の部屋に一人で転がされてたんだ。」
コウちゃんは更にその先を語り出したが、やはり同じような経験をしているらしい。
「そう、赤い光だけだった。暴れて怪我して、それから男の声がしたんだ。」
「同じだな。」
「もう一回猶予があるとか、どうせすぐ忘れるとか、捉え所の無い雰囲気だった。」
飄々として、緊迫感も威圧感も無い。ただ事実を伝えて注意を促しただけの、少し楽しそうに弾む癪に触る声。
「もう一回猶予って事は、次捕まるとどうにかなっちまうって事か?」
「さすがに試してみる気にはなれないよな。」
そして、二人とも黙り込んだ。
どうやって囚われたのかも、どうやって家に戻っていたのかも分からない。おまけに記憶まで操作されているなんて、そんなふざけた真似ができるのは、一体どんな恐ろしい組織なんだ?
もうこれは、映画や特撮の中の秘密結社や悪の組織のレベルで、現実感すら無い。
一体この先にあるアンテナは何なのだろう? あのフェンスの向こうには何者がいて、何のための施設なのだろう?
しかし、それを知りたい反面、逃げたしたい気持ちが強い。だが、どうしても俺には『このまま帰ろう』とは言い出せなかった。
怖いから・・・なんて、とてもじゃないがコウちゃんに言える訳が無い。
だからといって、前回みたいに何も考えずに飛びこんでしまえば、同じように捕まるのがオチだろう。しかも、次はどうなってしまうか分からないという恐ろしい状況だ。
・・・手詰まりだ。
俺には良い方法なんか思いつかない。相手がさっぱり分からないのに、どうやったらここに忍び込む方法を考えられるって言うんだ?
俺はプライドを捨てて、コウちゃんに『これ以上は止めておこう』と諦める言葉を言おうとした時、コウちゃんはまったく違う事を考えていた。
「よしっ、今度はフェンス越えずに、こっち側で騒いでみようぜ。そしたら何だって思って出てくんじゃないか?」
・・・ごめん、それ絶対に俺には思いつかない。
あまりにもコウちゃんらしい案に思わず笑ってしまい、「何だよ?」と睨まれた。
でも、それでこそコウちゃんで、そんなヤツだから俺はずっと友達でいたんだ。
「いや、何でもない。・・・それでいこう。前はフェンスを越えるまでは何も無かったんだ。」
ひょっとしたら本当に向こうから出て来るかもしれない。
それにもしも何の反応も無かったならば、またその時に考えればいい。




