山の向こうに見えるもの
「空想科学祭2011」(RED部門 短編)参加作品です。
何となくの文字数で5本に分けておりますので、5日間よろしくお願いします。
午前10時の更新にしております。
ある日、山の向こうに何かが見えるようになった。
まだはっきり何なのか分からないけど、灰色をした何かが見えている。
それは小学5年生の夏の事だった。
夏休みまで、あともう少しという何となくソワソワした時期で、朝っぱらだというのに、やたら元気で煩い蝉の声に負けないように俺は大声を出した。
「あれ何だろうな?」
正面の山の向こうを指差して、隣のコウちゃんに聞いてみたものの、コウちゃんも、
「何だろうな?」
って正面を見据えたまま、オウム返しのように返してきた。
「ビルでも建ってんのかな?」
「こんな田舎にか? そりゃ無いだろ。」
「じゃぁコウちゃんは、何だって思うんだ?」
「・・・えーと、アンテナ?」
「それだと何かつまんないな。」
でも、俺たちには答えは解らない。
だからそれから二人して、ああだこうだと言い合って、段々と壮大な想像を膨らませてみたものの、結局何なのかは分からないという、非常に無駄な事を何度も何度も繰り返した。
それから何日かで、その何かは更に伸びた。
灰色はもっとよく見えるようになったが、どうやらあれは覆いのようで、その向こう側は一向に分からない。
謎は更に深まってしまったのだ。
人は・・・特に子供は、隠されれば見たくなるし、分からなければ知りたくなる。それが子供の良い所であり、悪い所であり・・・俺とコウちゃんも十分に子供だったので、もちろんあの向こう側が知りたくてたまらず、
「あれ、何か見に行ってみようぜ!」
そう言い出すのは、当然の流れだったのだ。
「何だ、コウちゃんも同じ事考えてたんだ!?」
ただ先にコウちゃんが口にしただけで、実は俺も似たような事を考えていたのだ。
夏休みに入ってすぐ、俺たちはリュックに色々と詰めて、山の向こうの灰色を目指した。
・・・しかし、やっぱり俺たちは子供だった。
途中で疲れるし、山に近付くと灰色なんて見えないし、方向は分からなくなるし、ウロウロし過ぎてどっちに行けば帰れるのかも分からなくなり・・・結局、夜になって困り果てていた所に、いきなり眩しい光を向けられる事になったのだ。
「君たち・・・道裕くんに、孝太くんかい?」
そう声をかけてきた駐在さんに発見されて、事無きを得た。
その後、どれだけ親や学校の先生に怒られたかは、想像に任せたいと思う。
とりあえず、その夏休みは、あんまり楽しくなかったとだけは言っておく。
その間にも灰色の覆いは着々と高く伸び、休みが終わった頃になって、やっと待望の覆いが外された。
ようやく俺たちは、その正体を知る事ができたのだ。
「やった! みっくん、俺の当たりっ! やっぱアンテナじゃん!!」
自慢するように派手に喜ぶコウちゃんに、俺は少しムッとしたのを覚えている。
◆◆◆◇
あれから6年。
コウちゃんとは違う高校に進んだ。コウちゃんは地元で、俺は大分離れた市街地の学校に進み、学生寮で生活をするようになった。
しかし夏休みになると、今年も寮からは追い出されてしまい、仕方なくバスで何も無い実家に戻って来た・・・その早々に、原付に乗っていたコウちゃんとバッタリ出会った。
「ようっ! みっくんじゃん、帰って来たんだ?」
「おー、コウちゃん? ってバイク?」
オープンフェイスのカーキ色のヘルメットにゴーグルをつけて、少し大きめの原付にまたがる彼は、
「あぁ、エイプだ。カッコいいだろ?」
って得意げにニカッと笑った。
去年帰って来た時は、あんまり会ってない。
盆前に偶然会った時に「俺今バイトしてんだ!」って意気込んでて、そのまま慌しく行ってしまったのだが、ひょっとしたらこいつのためだったのかもしれない。
そして、蝉の声の響く、影の無い暑い道を、二人で話しながら俺の家に向かって歩いた。
最近の事を話した後は自然と過去の話になり、左斜め後ろに見える山の向こうのアンテナの話になった。
「結局あれ何なんだろうな?」
俺は足を止めて振り返った。
完全に覆いが無くなった後も、実際には謎が解けた訳ではない。
形状からアンテナだろうという事で、一応コウちゃんが勝ちを収めたものの、何のためのアンテナなのか? そもそもあれは本当にアンテナなのかというのが本当の所である。
不思議な事に大人に聞いても、「知らない。」「気にするな。」と言われるばかりで、その正体は一向に分からなかった。
二人してアンテナ・・・らしきものを見つめてみるが、やっぱり今も答えは出ない。
「なぁ、今度こそ確かめに行ってみるか?」
コウちゃんがニヤリと笑う。
「いいな、それ。」
俺もニヤリと笑い返した。
あれから6年も経って、俺たちは随分大きくなった。
あの時は無計画に突き進んで、酷い思い出になったけど、今度は絶対大丈夫だ。
事前の情報収集に、大体の位置を地図で確認しておく事だって出来る。おまけに足はコウちゃんのエイプだ。
あの頃とは、小5の頃の俺たちとは違うんだ。
◆◆◆◇
しかし、実際に行動してみると、どうにもおかしい。
山の中だという事もあるのかも知れないが、家にあった地図では判然とせず。あれだけ高く大きいのだから絶対に遠くからも見え、ネット上に何らかの情報があるんじゃないかと期待したのだが、そんなものは一切無かった。
それ所か、ネットの地図にも載っておらず、地図から航空写真に切り替えても山の緑ばかりで何も無かった。
改めて大人に聞いてみても、誰もアンテナの目的も場所も知らず、その態度からは一向に関心を引いた様子も無い。
・・・妙だな。
成果が無かった事をコウちゃんにメールすると、向こうからも似たような返事が返ってきた。
やっぱり何か変だ。絶対におかしい。
◆◆◆◇
「どうする?」
夜に、家から一番近い自動販売機で待ち合わせた。
正直な所、どうにも気味が悪い。
その不安を誤魔化すために、さっき買った炭酸飲料水を流し込んだが、一気に入り過ぎてむせ、涙がにじむ。最近お茶系やスポーツドリンクばかりで、久しぶりに飲んだせいか?
コウちゃんはそんな俺の様子に苦笑して、自分も炭酸飲料水を一口飲んだ。
「やっぱさー、気になるよな。」
「確かに。隠されると気になるってのはあるよな。・・・だけど、不自然過ぎて何か嫌な感じがする。」
コウちゃんの言わんとする事には何となく賛成出来なくなった。それを伝えてから、光に向かい損ねてか、こちらに向かって飛んで来た蛾を追い払った。
それ以外にもたくさん虫は群れていて、さすが田舎の山の中だと思わせた。
俺たちにとって貴重な存在の自動販売機は、虫たちにとっても貴重な光源であるらしい。
「だから、それを暴きにいこうって話だろう?」
「でも、絶対何かあるって。」
コウちゃんは更に誘ってくるが、ここまで見事に隠蔽されていると、どうにもヤバイもののような気がしなくもない。
「あれ? みっくん怖くなったのか?」
しかし俺は、挑発的なコウちゃんの物言いにあっさり乗ってしまった。
「そんな訳あるか!?」
あれから6年も経って、随分大きくなったつもりだったけど・・・
やっぱり俺たちは、まだまだ子供だ。
(2011.08.07)誤字訂正




