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毎度あり!転生させ屋さん!

作者: 与太猫
掲載日:2026/07/01

 子どもを突き飛ばした刹那、土埃が舞う。鼻腔や喉に粉塵が紛れ込み、嗚咽感が胸の奥から迫り上がる。

 肋骨が軋むほど激しく咳き込み、スーツ姿の背を丸める。

 佐藤は、おかしいと思った。予定と違う。

 大型トラックが斜めに停車していた。都会のど真ん中で起きた交通事故に人集りが出来る。スマホを構えシャッターを切る者、119番に助けを求める者、悲鳴を上げ逃げ惑う者、大声を上げて泣き叫ぶ子どもに駆け寄る者。

 そして、


「おいおい兄ちゃん、大丈夫かい。あと少しで轢けたのによ」


 驚いた顔でトラックから降りてくる、五十代半ばの中年男性。生え際は後退気味で、作業着を着ていた。

 佐藤は己の耳を疑う。


「……俺を轢き殺そうとしたんですか……?」


 恐る恐る佐藤が聞き返すと、中年男性はあっけらかんと頷いた。


「そりゃあアンタ、今日の正午に転生する予定だったのに。まさか避けちまうなんて思わねえべ」


 ボードに挟まれたリストのようなものを見ながら、彼は再度頷く。訛りのある嗄れた声で唸ると、溜め息をひとつ。


「子ども庇って助かっちまったんだ、今更通り魔に変更するにゃ、一ヶ月は手続きがいるべな。今日は家に帰りなさい、俺ァ今から事情聴取なんだよ」


 背中を向けて去ろうとする中年男性に、佐藤は大口を開けた。くっと唇を引き結び、周りの喧騒なんて無視してありったけの声で叫ぶ。


「一ヶ月も待てませんよ! さっさと異世界転生させてくれ! 何だこのクソみたいな展開!!」


 中年男性はびっくりした顔で振り向いて、佐藤をしげしげと眺めた。

 顎に手をやり、視線を斜め上に上げる。そうしてパチンと指を弾き、


「よっしゃ、兄ちゃん。上野公園の便所前に、今夜0時集合な」


 中年男性はヤニで汚れた歯を覗かせ、にやりと笑った。

 遠くからパトカーや救急車のサイレンが聞こえてくる。そろそろ警察や救急車が到着する頃だろう。

 はあ、と佐藤は空返事をした。



 救急車に乗せられて、MRIを撮って返された。特に異常無し。擦り傷が身体のあちこちに出来た程度で、傷が残らないように通院日が決まって、それでおしまいだ。テレビで児童と会社員が軽傷と放映されていた。名前は出ない。政治的な放送より短い、呆気ない放送時間だった。


 一方的に言い渡された時間。佐藤は立ち往生していた。

 暗くなった喫茶店の下階のコンビニで、酔っ払い客が語り合って出入りしているが、然程下品さを感じない。「やっと休みだぁ」「もう一軒行きたいねえ」「終電もうないっすねえ」「朝まで飲んじゃうかぁ」なんて先輩後輩らしき二人組が、呑気に笑っている。長閑だ。


 深夜の上野公園は立ち入り禁止時間である。そもそも近寄らないので知らなかった佐藤は、賑やかな駅前の空気とは裏腹に、どんよりと肩を落としている。石畳の歩道を彷徨いていた。

 もう帰ろうかな、そう思った時。


「おーい、兄ちゃーん!」


 恰幅の良い中年男性が声を掛けてくる。今朝のトラックの運転手だった。


「やあ、悪い悪い。上野で事故起こすの2年ぶりで忘れてた。公園口のこっちに良いデートスポットがあんよ」


 中年男性とデートスポットに行きたい若者は少ないだろう。佐藤は渋々片手を挙げた。


 連れて行かれた先。間隔を空け人工的に聳え立つ木の葉が、青々と茂っていた。夜更けでもよく見えるのは、眩い街灯のおかげだろう。

 木を囲むように設置された花壇状のベンチに、2人は腰を下ろす。

 中年男性が、ほい、と缶コーヒーを渡す。未開封なので、危険は無さそうだ。冷たい缶コーヒーは、温い湿度で渇いた喉を潤してくれた。ブラックの誇張した苦味だけが口の中に残る。


「で、あの……何ですかね。俺のこと轢き殺そうとしたんですか?」

「んだ。兄ちゃん、転生させ屋を知っとるかい」

「初耳ですね……何屋ですか」


 疑り深い佐藤は、宗教勧誘の類いを想定して身構えた。

 中年男性は、自身の100%オレンジジュースを喉を鳴らして飲み下す。缶ではない、500mlのペットボトルだ。ケチかもしれない。彼は、一息ついて口を開いた。


「文字通りだべ。あの、あれよ。異世界転生ってやつ」

「……よく聞きますけど、ここ数年」

「その転生のお手伝いな。大体みんな子ども庇うなり通り魔に襲われるなり、ブラック企業で使い捨てられて死ぬべ」

「そうですね。見かける導入は」

「それ、殺しちまう方は罪になるべ。過失致死罪、殺人罪、脅迫罪、暴行罪。その罪を被るのが、俺たち転生させ屋さんだな。もうすぐ誰かさんが転生しそうだなっつう時に、ちょこっと犯人さんと入れ替わる。犯人さんの人生が途中で破綻しないようにすんのさ」


 絶妙にファンタジーとリアルを嫌なところ取りした職業名に、自然と眉間が寄る。怪しいことこの上無かった。

 佐藤は猫背気味の肩を丸めて俯く。


「……その話が本当なら、俺は今日……異世界転生出来たはずなんですよね?」

「んだ。なのに兄ちゃん生き残っちまうだもんで、俺もどうすっかなぁと思ってなあ、いっそ事情を話すことにしたんだわ」

「何で転生させてくれなかったんですか!?」


 人気の無い駅前に、思った以上に大きな声が響いた。ばさばさと雑音のように、鳩が飛び立つ音が聞こえる。

 中年男性は目を点にして頭を掻いていた。しかし、そんな些細なことを気にしている余裕はなかった。

 佐藤は矢継ぎ早に声を荒げる。


「俺は! もうこんな世界とおさらばして! 人生やり直したかったんですよ!!」

「…………」

「知ってますか!? 適応障害! 今簡単に診断してくれるらしいですよ! 俺はそれです、しかもついでに発達障害! 生まれつき!? ふざけんな、ガキの頃そんなこと言われたことねぇっつーの! 増えすぎだろ、世間も好きすぎだろ、発達って言葉!! 仕事でミスばっか、じっとしてられない、話が噛み合わない、どんどん自分のことを話してしまう、友達なんてろくに居ない! ちょっと社会からズレたら? はい、おしまい! ハロワで通されたのは障がい者雇用の窓口で! 俺まだ休職中なのに! 復活できるかもしれないのに! 何っなんだよ、何で、こんな、蒸し暑い日に! スーツ着て、この歳で面接行かなきゃなんっねぇんだよ! 周りは結婚育児保険住宅ローン、SNSもそんなのばっか、弱男がどうだのフェミがこうだの、ショート動画で時間が溶けてスクリーンタイムは15時間! クッソ、クッソ!!」

「兄ちゃん……」

「ふざけんなよぉ、人生やり直せる可能性があったんだろ……死なせてくれよぉ……」


 自分の身の上話を始めたら、もう止まらなかった。

 噴水のように噴き出した感情は、激昂し形ある怒りとなった。コーヒーの缶を地面に叩きつける。飲みかけの黒々とした液体が地面に丸く広がっていく。

 それを皮切りに、胸中は徐々に、社会への不満と不安へ移り変わってゆく。

 気付けば目元を覆って泣いていた。情けないほど震えた声で、泣きじゃくっていた。


「……兄ちゃん、幾つだい?」

「……32」

「そうかぁ……不安にもなる歳だなぁ」

「みんなまだ若いって言いますよ……」

「自分でそう思えねえんだべ、それが自分の中の答えだ」

「……本当……何で俺、こんな時間におっさんと……デートスポットで……」


 中年男性はじ、と宙を見つめる。

 いつの間にか傍らにペットボトルを置いて、両手を組んでいた。その上に自分のでっぷりした顎を乗せて考え込んでいる。


「……兄ちゃん、異世界転生ってのはな。想像された数だけ存在する。そりゃあ偉い数だ」

「……そう、っなん、すか……」


 佐藤は泣き腫らした目尻を真っ赤にさせて、嗚咽混じりに耳を傾ける。


「そいつの人生の主役は自分しか居ねえ。みんな主役になりたがって、既存の作品から世界を生み出すのさ。その異世界に転生して、こう……紆余曲折あって、そいつの物語が出来る」

「都合いい、ですね……ほんと、なんだよ……今やってるダークディザイアの世界に転生させて、くれりゃ……っくそ、」

「出来るさ。知ってっかい。人間は色々と誤解しちょるが、人間は創造主になれる。小洒落た名前の神様女神様より、よっぽどすげえんだ。神様は人間様の方だべ」

「……じゃあ、すぐにでも……俺を、っ……転生させてくれよ……出来るんだろ……」

「そうしたかったのに、兄ちゃん生き残っちまったんだよ」


 申し訳無さそうな中年男性の声に、佐藤は言葉を詰まらせた。生き残ってしまった、これ以上でも以下でもない。ただの事実だ。


「手続きとか諸々一ヶ月掛かる……」

「長ぇよぉ……ふざっけんなよぉ……」

「たまに居るんだ、生き残っちまうやつが。そういうやつは、大抵未練っちゅうものがあってなぁ」

「ンなもんねえよ!!」

「大方死ぬのが怖ぇとか、その程度かもしんねえべ。そんなでも生き残るやつはいるんだ」

「…………、」


 正論だった。怖い。その通りだ。

 トラックに飛び込む子どもを突き飛ばした時、本能的に恐怖を感じた。大型の鉄の塊が、自分より何十倍もの質量が、体積が。自分の目の前に迫っていた。

 その時に頭の中で思ったのは、


「嫌だ……やだ、し、しにたくない……痛い思い、し、したくない……」


 思い返して身体が震える。ぼろぼろと大粒の涙が落ちて、スラックスを濡らしていった。


「いいんでねえの」


 中年男性が、徐に背中を叩く。

 はっと、佐藤は顔を上げた。


「痛いのは嫌だべ」

「嫌だ……」

「死は怖いべ」

「怖い……」

「そら普通だわ」

「…………」


 中年男性が、懐からボードを取り出す。転生者をリスト化した紙だ。佐藤の名前も書かれていた。その上に、すっと一本、指で線を引く。佐藤の名前の箇所が、ただの空白に変わっていた。


「俺は人間様の事情にゃ、ちと疎いんだけどな。アンタ、今日1人の子どもの命を救ったんだ。これ以上にカッコいい事しなきゃいけないほど、人間様の価値観は大層なものなんかい?」

「……それは……」

「人間様は俺たちの創造主だ。想像するだけで、世界ひとつ作れちまう。自分がどれだけの力を持っているかも知らんで」

「普通の人は知りませんよ……」

「人間様は特別なんに、どうも皆さん自分の特別さになかなか気付かん。俺ら作られたものの立場からしたら、不思議でしゃあない」

「……アンタは一体……」

「都合良く作られた世界の一部だべ。俺は代行して人を転生させる以外なーんもない。感情が感情と呼べるものなのかさえ、なーんもわからんと。兄ちゃん、朝起きて不安になりながら、一日を耐えてるんだろう。叫びたくなるほど辛いんだろう。ほんに、そんだけどえらい事してて、なぁんだってまぁ……アンタが居なきゃ、俺は存在すら出来ねえよ」

「…………慰めてるつもりっすか?」

「有り難いと思ってんだ。そんだけだ」


 暫しの間、静寂が訪れた。佐藤は喉を枯らすほど泣いて、泣き疲れて、静かに項垂れていた。

 中年男性は安心したように笑って、ひとつ咳払いをする。


「兄ちゃん、一ヶ月後の転生、どうすんべ」

「…………いつでも転生できるんすか?」

「手続きの時間待ってくれりゃあね」


 佐藤は口元に手を当て、考え込む仕草を見せた。考えて考えて、それからゆっくり、小さな声で絞り出す。


「……その予約、一旦取り消してください。いつでも……転生出来るなら、別に……今じゃなくても。まだゲーム攻略中なんで……」


 中年男性はその答えを聞いて、にっかりと笑った。彼の右奥の歯が無いことに、今更気付く。


「毎度あり!!」


 薄汚い中年男性は、それはそれは幸せそうに言い切った。

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