勇者とは、数秒でも恐怖に打ち勝った奴のことを言うんだ
北門は一日中、城壁の影になる。
カイト・マデリは靴底を透かして伝わる冷たさを、槍をぐっと握ることでやり過ごした。
「う~…寒。交代の時間はまだか」
道を挟んで反対側の歩哨、アレクシスは前を向いたまま言った。
「まだ交代したばかりだろ」
「そりゃま、そうだけどさー…」
わだちにそって、ガタガタと荷馬車が通り過ぎていく。
カイトはその車輪の音を聞きながら、この"世界"へ来た時のことを思い出した。
***
『きいぃぃぃっ…!!』
アスファルトをたたくタイヤ音に衝撃。真っ白な光景。
***
気づいたらこの世界に転生していた。
「やっぱ寒いな」
カイトは去っていく荷馬車をぼんやりと眺めながら、もう少し着込んでくればよかったと後悔した。
日没が近くなると、皆足早に城門を通り過ぎていく。
ずた袋いっぱいに麦を入れた農民。
四足を縛った獣を抱えたハンター、商談帰りの商人など。
冒険者も散見された。
「ん…?もしかしてカイトか?」
冒険帰りらしい、戦士の大男がカイトに話しかけてきた。
「ダヤン?」
カイトは目を見開いた。
「久しぶりだなぁ。おまえ、兵士になったのか」
ダヤンと呼ばれた大男は懐かしそうに言った。
二人は同郷の出身だった。カイトはうっすら笑みを浮かべながら言った。
「……まあな。お前は、そうか。冒険者か」
「おう、4人パーティーでな。いま北の森から帰ってきたところなんだ」
先に城門に入った3人が、早く来いと手招きしているのが見えた。
「…そうか。早く行ってやれよ、待ってるようだ」
カイトは言った。
「ん?…ああ、そうだな。いつもここにいるのか?今度飲もうぜ、同郷のよしみだ」
「そうだな…」
ダヤンは「またな」と言って去っていった。
彼が去るとカイトは何か落ち着かず、もの寂しい気持ちになった。
「同郷のよしみ…か」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この世界に来たとき、カイトは少なからず心躍った。なにしろ異世界転生だ。
なにか特別な力が自分にもあるんじゃないか?
引きこもりニートだった俺にも、大逆転の人生があるんじゃないか?
だが、しかし。
普通の農民の子として育ったカイトは魔力もなければ剣を振るう才能にも恵まれなかった。
落胆した。
しかし、それでも剣の修業は怠らなかった。
たとえものにならなくても、続けることは苦じゃなかったから。
毎日、村はずれの丘で木剣を振るった。
無心にふるっていると、かつて言われた言葉を思い出した。
***
「いつまでそんなことしてるの!ニートのくせに!」
上田春樹は母のけたたましい声に堪えられずジャグリングボールをもって家を出た。
公園でジャグリングをする。
春樹にとって母が落ち着くまでのいつものルーチン。
たしかに、こんなことをしていても金にはならない。
所詮趣味である。だが好きなことをしていて何が悪いのか。
その帰路、まばゆい光が横断歩道を渡る春樹を照らした。
春樹はこの世界に転生しカイト・マデリとして普通の農民の子として生まれ変わった。
***
カイトは素振りを終えると、寝っ転がって空を見つめた。
「ここの星と地球の星、違ってたりするのかな…」
「おーい、カイト」
丘の下から声がした。
「ダヤンか」
カイトは上半身を起こして駆けてきたダヤンを見やる。
「いたいた。やっぱりここか。おばさんが、飯だから帰って来いとさ。いこうぜ」
「ああ」
カイトは木剣を拾い上げる。それをみたダヤンは何気なく言った。
「おまえ、もうやめたらどうだ?」
「え?」
「素振りだよ。伸びしろがないことをしても意味ないだろ」
「……」
・・・・・・・・・・・・・・
それから5年。カイトは王国の下級兵士として城門の守備兵をしていた。
あの時、ダヤンは親切の意味で言ったのだろう。今ならわかる。
「ジャグリングも素振りも、嫌なことから逃げるためにやってたのかもな」
カイトは自嘲気味に言うと、皮ブーツに包まれた足をいとわし気に動かしては寒さをやり過ごした。
・・・・・・・・・・・・・・・
『チッ、チチッ』
小鳥の泣き声に目を覚ましたカイトは、自室のベットの上でおもわず頭を押さえた。
「いっ痛ぅ…」
昨夜の記憶が思い起こされた。
宿屋で飲みしたたかに酔った挙句、隣の客の何気ない言葉(給料泥棒)に血が上り喧嘩をしてしまったのだ。
カイトの酔った拳は空を切り、相手のストレートが顔面にきれいに決まった。
そのあとのことは覚えていない。
「気持ち悪…」
広場の水場までいき、顔を洗った。
「はぁ……」
カイトは空を見つめしばらく放心していた。
ふと足元を見ると、石が二つ三つある。手に取った。
掌で遊ばせていたが"ひゅっ"とひとつ放り上げた。続けて二つ。
上を向いて休まず腕を動かす。放り上げられる三つの石は、まるで彗星のように決まった軌道で動いた。
身体が覚えている。久しぶりにやったがブランクを感じない。カイトは充実感を覚えた。
気づくと、幼い女の子がじっとこちらを見つめている。
口をあんぐりと開き、まるで魔法を見るようにジャグリングを見ている。
カイトはニヤッと笑むと、もう一つ石を増やした。合計4つ。
さらに腕の交差は激しくなった。
「すごーい!」
感嘆の声を上げる女の子。
「すごいすごい!それなに?魔法!?」
カイトは笑って言った。
「残念ながら、魔法じゃないんだな」
なんだなんだと、人が集まってきた。
ほぉ、と声を上げる男。見たことないわねえ、こんな芸。あちこちで面白そうな声があがる。
「よっ、ほっ……と!」
ラスト、背中で受け取る技をみせてカイトはジャグリングを終えた。
「おおおお~!」
期せずして拍手が上がった。
「おー、兄ちゃん面白い芸だな」
「なんて芸なの?おしえてよ」
「すごいわねえ」
ぽかんとしてしまうカイト。こんなに人数がいつのまに。ジャグリングに夢中で気づかなった。
「ま、まあ、また今度な、みんな。仕事があるから…」
気恥ずかしい思いを隠しながら言うと、午後からの勤務のため部屋に戻っていった。
「はぁ、驚いたな…」
槍を手に取って独り言ちるカイト。
この世界に来て以来ジャグリングはしていなかった。
「よお、カイト。遅刻だぞ」
手の持った槍を肩で支えながら、つまらなそうに話しかけるアレクシス。
「すまん。ちょっとな」
カイトは、歩哨へ立つと前を向いた。
門から見える森は緑が増え、空気も春のにおいがしている。
昨日より、手も持つ槍も心なしか軽く感じる。
なぜかなとぼんやりと考えながら、彼は森の影からガタガタと音を立てて荷馬車がやってくるのを見た。
目の前を通り過ぎようとする荷馬車。
と、荷馬車の幌の中から悲鳴が上がった。肉を引き裂く音に、男の断末魔の声。
何事かと騒然となる中、馬車が横倒しになった。
幌のから出てきたのはサーベルタイガーであった。
「ひ、ひぃ!」
通行人たちはいっせいに悲鳴を上げる。
カイトとアレクシス、二人の門番はとっさに槍を構えた。
「お、おい!カイト、こいつサーベルタイガーだろ。なんで魔物が馬車に乗ってんだよ!」
「そんなこと知るか!」
貴族が余興のためにモンスターを生け捕りにするという話は聞いたことがある。
その運搬中の"へま"。カイトはそんなとこだろうと想像した。
サーベルタイガーは周りを睥睨すると、二人を発見した。
じりじりと近寄ってくる。そして、狙いをアレクシスにつけると飛び掛かった。
「わっ!く、くるな!」
アレクシスは槍を小刻みに左右に振ってサーベルタイガーの接近をけん制する。
だが、サーベルタイガーは前脚で地面を蹴り急旋回して槍をかわすと、
がら空きになっているアレクシスの腹に鋭い爪をつきたてた。
「ぐあっ!!」
アレクシスはもんどりうって背中から倒れこんだ。
「アレクシス!」
速い、俺が対応できる速さではない。カイトは震えた。
恐怖で持つ槍の穂先が、小刻みに上下している。
だが、アレクシスを倒したことでサーベルタイガーの興味は後ろへ向いたようだ。悠然と歩を変えた。
「たすかった…」
カイトは槍の穂先をさげる。このまま救援を待てば…。
サーベルタイガーの歩む先に親子がいた。
足を痛めたのか、母親は座り込んだまま女の子を両手で抱き守っている。
カイトは見覚えがあった。
「あの子…」
ジャグリングを見て笑ってくれた女の子だ。泣いている。
女の子の泣き声にサーベルタイガーは敏感に反応した。親子に近寄る。
「…!」
カイトは躊躇した。
――このままやり過ごせばいい。
ジャグリングや素振りをしたように。今度もそうすれば……
脂汗がこめかみを伝う。
呼吸ができなくなるほど胸が苦しい。これまでの後悔と自己嫌悪。
胸を掴む。
動けよ…なあ、動けよ!春樹!!
「くっ!!!」
カイトは顔を上げると、跳躍した。
槍を突き出すとサーベルタイガーのわき腹に突き刺した。
咆哮するサーベルタイガー。上半身を回転させると爪で槍の柄を叩き切った。
投げ出されたカイトは剣を抜いた。
サーベルタイガーは立て続けに攻撃を繰り出す。
ガッ、キンッ!
カイトは硬質な爪を剣で受け止めつつ間合いを図る。
サーベルタイガーは刺された左わき腹をかばっている。
それを感じたカイトはあえて、左への攻撃を増やした。
サーベルタイガーの意識が左半身へ集中する。
その時、カイトはまるでジャグリングのパスのように右手の剣を左手に投げた。
一瞬のフェイント。
左手で剣を受け取ると、全体重を乗せ剣ごと体当たりした。
ガッ!!
「があああああ!!」
右肩に深く突き刺さった剣。サーベルタイガーは苦悶の叫び声をあげた。
「やった!」
渾身の一撃。
サーベルタイガーはカイトに覆いかぶさる様に地面に倒れるとそのまま動かなくなった。
遠くで女の子の泣き声がする。しかし、それは安心した泣き声のようだった。
カイトはほっとした。
「はは……芸は身を助ける、か」
カイトは笑うと、サーベルタイガーの重みに身もだえた。
<了>




