Chapter 7 合流―― 王の条件
翌朝。
テラの目覚めは、皆よりわずかに遅かった。
大広間ではすでに人の動きが戻り始めている。
寝床の間を縫うように、朝の支度が静かに進んでいた。
近づいてきたマルディナが、落ち着いた声で言う。
「おはよう、テラ。身体の具合はどう?」
テラはゆっくりと視線を上げた。
「行動に支障はない」
マルディナは短く頷いた。
「それならいいわ」
余計な追及はしない。
昼過ぎまでは、昨日と同様に拠点整備が続いた。
見張りの再配置。
城内の安全確認。
物資の点検。
仮拠点は、着実に“拠点”の形を取り始めている。
昼過ぎ。
マルディナはヴァン、レオ、テラを呼び集め、
大広間の一角で簡易的な会議を開いた。
長机を挟み、四人が向かい合う。
マルディナが切り出す。
「さて――次に何をすべきか、皆の意見を聞かせてほしい」
短い間。
最初に口を開いたのはヴァンだった。
「食料の安定確保が先だな」
腕を組み、現実的に続ける。
「備蓄は持って十日。
ここに腰据えるなら、補給手段を作るのが最優先だ」
堅実な判断だった。
レオもすぐに頷く。
「それはそうなんだけどさ」
少し身を乗り出す。
「各地にまだ人間が残ってるだろ?助けに行かないの?」
マルディナが目を細める。
静かな空気。
マルディナは内心、レオへの返答に困った。
同胞は当然、助けるべきだ。何より自分たちも救われた身だ。
しかし、人を増やすということは物資の問題もあるし、余計なトラブルも増える。
彼女はテラへ視線を向けた。
「……テラ。あなたはどう思う?」
テラは一拍置いて答える。
「拠点の拡大を推奨する」
三人の視線が集まる。
テラは淡々と理由を述べた。
「私の任務は、人類の文化生成能力の保護だ。
閉鎖的な集団では文化の発展効率が低い」
さらに続ける。
「加えて、防衛効率の観点でも
保護対象は一箇所に集約されている方が有利だ」
ヴァンを見る。
「ヴァンはドミナスを撃退している。
レムリアを集めて戦力化すれば、全体の生存率は上昇する」
理屈は通っていた。
ヴァンが息を吐く。
「……まぁ、言ってることは分かる」
レオも頷く。
マルディナは助け舟を得た気持ちで、静かに結論を出した。
「拡大路線で進めましょう」
マルディナは続ける。
「その上で――
食料問題と拠点拡張を同時に進める方法がある」
三人の視線が向く。
「グレインよ」
空気がわずかに張る。
「向こうはおよそ百人規模。
グレイン本人は強力なレムリア。
畜産もやってるし、農耕のノウハウもある。
男手も多いわ」
合理的な提案だった。
だが――
ヴァンが眉をしかめる。
「……反対だ」
全員の視線が向く。
ヴァンは低く言った。
「素直にまとまるとは思えねぇ」
さらに続ける。
「元は俺たちと袂を分かった仲だろ。
今さら仲良くやれるのかよ」
現実的な懸念だった。
ここでテラが口を挟む。
「分裂の理由を確認したい」
マルディナは静かに頷いた。
「一言でいえば方針の相違よ」
そして核心。
「グレインは人口維持を最優先にした。
女性に出産を強制する方針を打ち出したの」
空気がわずかに重くなる。
マルディナの声は落ち着いている。
「女として、それは受け入れられなかった。
同じ考えの者も多かった。それで我々はグレインの元を離れたわ。
今のメンバーに女が多いのはそういう理由よ」
短い沈黙。
彼女は続ける。
「ただ――」
わずかに間。
「彼が歪んだのは、仲間を多く失った絶望感と、責任感の強さゆえだと私は思ってる。
本質的には善良な人よ」
テラが結論を出す。
「私が同行しよう」
レオがすぐ反応する。
「テラがいなくなって大丈夫なの?」
「問題ない」
続けて、
「万一を想定してヴァンは残す。
昨日の魔物の逃走状況から見て、短期的な再侵攻の確率は低い」
そして広場の方へ視線を向ける。
「加えて――カーネリカの氷像はドミナスへの心理的抑止として機能していると思う」
レオが苦笑する。
「……魔除けのオブジェってことね」
レオが手を挙げる。
「俺も行く」
マルディナは即座に頷いた。
「いいでしょう、来てもらうわ」
こうして――
マルディナ、テラ、レオの三名による交渉行が決定した。
会議の結論が出ると、三人はすぐに準備へ移った。
ヴァンは城外へ出て、使えそうな馬の確保に向かう。
レオは倉庫区画を回り、旅用の水袋、保存食、外套類を手際よく選別していく。
拠点はまだ仮設段階だが、動きには無駄がなかった。
その最中、マルディナがテラを呼び止めた。
気のせいか、先ほどの会議よりも真面目な顔をしている。
「……テラ。ひとつ言っていいかしら」
テラは視線だけで応じる。
マルディナは一歩近づき、テラの全身を遠慮なく見回した。
「会った時から気になってたんだけど――その服、少し目立ちすぎるわ。
この国で、そんなに体の線がはっきり出る服を着る女はいないの。
はっきり言うけど――かなり下品だわ」
テラは即答する。
「私は女ではない」
だが、マルディナはまったく引かなかった。
「ええ、分かってる」
一拍。
「でも、女の外見を選んだのはあなたでしょう」
テラの視線が、わずかにだけ揺れる。
「……機能性を優先した結果だ」
マルディナは腕を組み、きっぱり続けた。
「機能性の問題じゃないの」
テラの思考が一瞬だけ停止する。
マルディナは、ずい、と距離を詰める。
「女の姿をしてる以上、最低限の身だしなみは整えなさい」
マルディナは背後の荷から一着のローブを取り出した。
落ち着いたオリーブ色の外套。
「これ、あなた用に見繕っておいたの」
テラは受け取る。
マルディナがさらに一押し。
「戦闘のときは好きになさい。
でも普段の生活では、これを着ること。いいわね?」
視線が圧をかけてくる。
テラの内部判断が、わずかに遅れた。
「……了解した」
マルディナは満足げに頷いた。
――やがて準備は整う。
城門前。
ヴァンが三頭の馬を引いて戻ってきた。
「足は悪くねぇ」
レオが荷を括り直す。
「水と食料も最低限は積んだ。
あとは走りながら考えようぜ」
出発の時。
ヴァンとフィオナが城門まで見送りに出ていた。
フィオナはまだ少し緊張した面持ちだが、視線はしっかりしている。
ヴァンが片手を上げる。
「無茶すんなよ」
レオが笑う。
短いやり取り。
三人は馬に跨った。
城門が静かに開く。
秋の空気の中へ、三騎は進み出た。
目的地はグレインの拠点。
馬の状態を見ながら速度を調整しつつ、
一行は可能な限り急いだ。
2日後、山岳地帯。
細い山道へと進路が変わる。
木々の密度が増し、視界が絞られていく。
自然の地形を利用した、典型的な隠匿型集落圏だった。
マルディナが小さく言う。
「……この先よ」
さらに進む。
やがて。
山道を外れ、獣道に近い斜面へ入る。
数分後。
前方の木立の間に――
見張りの影が現れた。
見張りは即座に槍を構える。
だが。
マルディナの姿を認識した瞬間、明確に緊張が解けた。
「……マルディナ様?」
マルディナが馬上から問いかける。
「あの人はいる?」
見張りは背筋を伸ばした。
「はっ。ご在中です」
声色には、はっきりとした敬意が残っていた。
袂を分かった後も、
彼女の存在感が強く残っていることが分かる。
簡素な木柵の門が開かれる。
三人はそのまま集落内部へ通された。
内部は機能優先の構造。
粗いが整然としている。
男手主体の集落特有の空気があった。
案内役の兵が、さらに奥へと三人を導く。
「グレイン様へお取り次ぎします。
こちらで少々お待ちください」
兵は一度建物の中へ入った。
待ち時間は、ほとんどなかった。
すぐに扉が開く。
「お通りください」
三人は顔を見合わせ、グレインの家へ足を踏み入れた。
入口は、そのまま広間へ繋がっていた。
中央には大きな円卓。
そして――
その奥に、一人の男が立っている。
190センチはあろうかという体躯。
白髪に染まりかけた髭をたくわえた傷だらけの顔は、歴戦の戦士であることを感じさせた。
グレインの視線は真っ直ぐマルディナを射抜いていた。
「……しばらくだな、マルディナ」
低く、よく通る声。
マルディナも視線を逸らさない。
「あなたも変わりないようね、グレイン」
わずかな間。
グレインの視線が横へ流れる。
「レオもいるのか」
レオがにやりと笑う。
「へへ。久しぶりだなおっちゃん」
さらに視線がもう一人へ。
テラ。
無言の観察。
「……三人目は知らん顔だな」
マルディナが短く告げる。
「テラよ」
グレインは数秒だけ黙り込んだあと、顎で席を示した。
「……まぁ座れ」
四人が円卓を挟んで向かい合う。
空気が静かに張る。
先に口を開いたのはグレインだった。
「で、なんの用だ」
一拍。
「戻ってくる気になったのか」
マルディナはわずかに肩をすくめる。
「半分そうで、半分違うわね」
回りくどい言い方。
グレインの片眉がわずかに上がる。
マルディナは続けた。
「あなたの女の扱いについては、今でも認めてないわ」
空気が一瞬だけ硬くなる。
だがマルディナは止まらない。
「……でもね。それをしなくても、人間が昔みたいに暮らせる光を見つけたの」
視線をまっすぐ向ける。
「その話をしに来たわ。あなたにも協力してほしいの」
グレインは腕を組んだ。
「……話が見えんな」
マルディナは一呼吸置く。
「私たち、レンヌの城に拠点を作ったの」
その瞬間。
グレインの目つきが明確に変わった。
空気の密度が一段落ちる。
マルディナは続ける。
「ここにいるテラとレオ、そしてヴァンが、レンヌの主を討伐して城を解放したわ」
レオがすぐに口を挟む。
「今、城は完全にもぬけの殻だ。俺たちしかいない」
沈黙。
グレインの思考が高速で回っているのが見て取れる。
やがて、低く言った。
「……昨日、レンヌから魔物どもが大きく動いた報告は受けている」
視線が細くなる。
「だが――」
ヴァンの名を出す。
「あの小僧が、レンヌの主を殺ったというのか。信じ難いな」
マルディナは首を振る。
「倒したのはテラよ」
あっさり言う。
「まぁ、私は直接見てませんけどね」
レオが即座に補足。
「本当だよ。すごい戦いだったんだ」
グレインの視線が、改めてテラに固定される。
「……この女が?」
一拍。
「レムリアか」
テラは即答した。
「違う。私はレムリアではない」
わずかな間。
「人間保護のために派遣された自律型戦術ユニットだ」
――完全に意味不明。
グレインの顔に、珍しく露骨な困惑が浮かぶ。
レオが肩をすくめた。
「まぁ、そういう反応になるよな」
レオはこれまでの経緯をかいつまんで説明し始めた。
――話を聞き終え。
グレインは低く唸った。
「……要するに」
少しだけ皮肉を混ぜる。
「神が遣わせた戦士という理解でいいのか」
レオが苦笑する。
「多分そういう感じで合ってるよ」
グレインは腕を組み直した。
「ふむ……」
一拍。
「で。我々に何を求める」
視線が鋭くなる。
「神の戦士がいるから、お前たちの配下に加われと?」
ここでマルディナが静かに首を振る。
「そういうつもりはないわ」
一拍置く。
「これから私たちがやろうとしているのは――いわば国づくりよ」
円卓の空気がわずかに変わる。
「人間がまた群れて、暮らして、次の世代に繋げる場所を作る。そのために、あなたの力を貸してほしいの」
グレインは黙って聞いている。
視線だけが鋭い。
「……国、か」
低く呟く。
「国には王が必要だ。誰がやる」
間髪入れずマルディナが答える。
「誰がやっても揉めるわ。だから当面の王はテラにやってもらう。
城を落としたのはテラよ、文句はないでしょう」
グレインは腕を組み、しばし考え込んだ。
テラを見る。
神の戦士……なるほど、確かに人ではない。
マルディナの傀儡とは思えない。
かといって気まぐれで動くようにも見えない。
人は集まった方が良い。
分散は、内外の原因でいずれ限界が来る。
だからこの提案に悪いところはない。
――ただ一点を除いて。
それはグレインが王ではなくなるということだ。
今の立場を捨てる必要がある。
権力そのものに興味はない。
しかし、誤った判断を止めるのも、最良だと思う判断をするにも、権力は必要だ。
このテラに皆の命を託して良いのか……
グレインはゆっくりと口を開いた。
「……話が本当なら、悪い案ではない」
レオが少しだけ身を乗り出す。
グレインは続けた。
「疑っているわけでもない」
一拍。
「だが――条件がある」
空気が、わずかに張る。
グレインの視線がテラに固定された。
「手合わせ願いたい」
静かな声。
しかし意志は明確だった。
「女王として戴く存在だ。力で得た身分なら――本当にその力があるのか、この身で確かめたい」
レオの口元がわずかに上がる。
マルディナは、やはり来たか、という顔をした。
視線がテラへ向く。
「テラ、どう?」
テラは一切迷わなかった。
「問題ない」
即答。
そのあまりの即断に、グレインは小さく苦笑する。
マルディナは内心、この展開を確信していた。
夫の性格。
合理性。
責任感。
だからこそ、テラを連れてきたのだ。
レオが軽口を叩く。
「おっちゃん。後悔するぜ?」
グレインが鼻で笑う。
「生意気なガキが」
だが口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
――分かっている。
この勝負、自分は負ける。
それでも。
この身で確かめねばならない。
戦士として、リーダーとして、未来を託すに足る相手かどうかを。
四人は建物の外へ出る。
集落の中央の開けた空間。
自然と人垣ができ始めていた。
グレインとテラが向かい合う。
グレインの右手には、反りの強い大刀。
握った瞬間、空気がわずかに重くなる。
圧。
グレインの全身と武器にエーテルが伝わる。
明らかにヴァンを上回る。
テラの内部で瞬時に評価が走る。
グレインが低く言う。
「……殺す気でいくぞ」
「ああ、構わない」
テラは構えない。
武器も出さない。
それを見て、さすがにグレインは問いかけた。
「武器はどうした」
テラは平然と答える。
「お前を殺すつもりはない。制圧するだけなら武器は不要だ」
空気が一瞬凍る。
グレインの口元が吊り上がる。
「……なめおって」
足が沈む。
「本当に死んでも知らんぞ」
テラは短く言った。
「来い」
次の瞬間。
グレインが踏み込む。
地面がめり込む。
渾身の一刀が、上段からテラへ振り下ろされた。
――轟音。
レオの目が見開く。
マルディナも息を止める。
一瞬の静寂。
止まっている。
自分の大刀が。
テラの――
右手一本で。
直に受け止められていた。
「……なに……」
声が漏れる。
さらに。
テラの指先が、ゆっくりと太刀に食い込む。
金属を割るような音。
指が、大刀の刃を貫通する。
そのまま。
テラが腕を振った。
横薙ぎ。
暴風。
グレインの巨体が、地面を抉りながら三十メートル近く吹き飛ぶ。
地面を転がり、ようやく止まる。
沈黙。
レオが呆然と呟く。
「……うわ」
マルディナも、さすがに言葉を失っていた。
――だが。
遠くで、砂煙が動く。
グレインが、ゆっくりと立ち上がった。
体は痛んでいる。
だが。
顔には――
明確な高揚。
今まで見てきたどのドミナス族よりも、遥かに上。
胸の奥に、久しく感じていなかった感情が満ちる。
希望。
安堵。
そして。
圧倒的な納得。
ゆっくりと歩き。
テラの前に近づく。
そして。
静かに、片膝をついた。
「……あなたと民のため」
頭を垂れる。
「この生命と魂を捧げることを誓います……」
テラはいつもの調子で答えた。
「ああ。よろしく頼む」
その瞬間。
この集落は、正式に合流した。
レオがすぐ茶々を入れる。
「おっちゃん、テラはそんな堅苦しいのは大丈夫だぜ」
グレインは顔を上げ、わずかに笑う。
「そうだろうな」
一拍。
「だがこれは、元騎士として省略できん」
マルディナは静かに、満足げに頷いた。
【現在の保護対象:160人】
【増減:+102人】




