Chapter 6 拠点
静まり返る広場。
テラの放った砲撃の先には、地面から槍のように突き上がる巨大な氷塊が形成されていた。
その最上部、氷に貫かれる形でカーネリカの身体が空中に固定され、完全に動きを失っている。
テラはゆっくりと砲撃態勢を解いた。
右腕の砲身構造は流体のように収縮し、いつの間にか通常の腕部形状へ戻っている。
その顔には、わずかに疲労の気配が浮かんでいた。
レオが駆け寄る。
「テラ!大丈夫!?」
テラの声が一瞬だけ微細に乱れる。
しかし、すぐに通常の平坦なトーンに戻った。
「……ああ、だいぶ消耗したが、この程度なら自動で修復される」
テラの左胸から腕にかけて、機械骨格の上で流体素材が忙しなく移動している。
損傷部位の修復がすでに始まっているのが視認できた。
「なら良かった……俺、負けちゃうんじゃないかと思ったよ」
「実際こいつは強かった。この地球でこれほど苦戦することは私の想定に入っていない」
そこへ、膝を押さえながらヴァンもゆっくり歩み寄ってくる。
「なんにせよ勝てて良かった……。だがまだ敵の根城のど真ん中だ。どうする、一度引き返すか」
テラは視線を周囲へ巡らせる。
「その必要はない。カーネリカがこの城の主であることは間違いないようだ。魔物らしき反応が一斉にこの城から離れている」
レオの表情がぱっと明るくなる。
「ってことは、しばらくここは安全ってこと?」
「私はそう考える」
ヴァンは即座に頷いた。
「なら、今のうちにみんなを探そう。テラはここで休んでな」
「そうさせてもらう」
二人は広場を離れ、崩れた回廊の奥へ消えていく。
テラは一人、巨大な氷像を見上げた。
――やがて。
石床を踏み鳴らす多数の足音が広場へ戻ってくる。
二人が囚われていた人間たちを連れてきたようだ。
その数、五十六人。
ヴァンとレオの仲間に加え、以前から捕獲されていた者も含まれている。
女子供が多く、成人男性は少数。
高齢者はほとんど見当たらなかった。
二人の表情には、明確な達成感が浮かんでいる。
「お待たせテラ!みんなを連れてきたぜ」
レオの声はどこか誇らしげだった。
「ああ、助かる」
テラの声音はいつも通り平坦だが、どこか子供を褒めるような優しい印象が感じられる。
集団の中から中年の女性がテラに近づく。
「ヴァン、このお嬢さんが?」
「ああ、さっき話したテラだ。彼女のおかげでみんなを助けることができた」
女性はテラの外観に一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに事実を受け入れたようだ。
「テラ、この人はマルディナだ。俺たちのリーダーというか、みんなの母さんみたいな感じかな」
「そうか」
テラはマルディナを正面から見据え、短く答えた。
「私達を救ってくれたこと、感謝します。貴女が何者なのか色々聞いてみたいけど、まずは皆の安全の確保が優先です」
レオが横から口を挟む。
「テラが言うには今はここが一番安全らしいぜ」
マルディナは議論をすることなく、自分たちを救ってくれた女性の言葉を信じることにした。
「今は全員が集まれる場所が良いわ。この城にも大広間があるはず、そこに移動しましょう」
ヴァンもレオもその意見に同意した。
ーーー
城の大広間へと一行は移動した。
厚い扉を押し開けると、内部は長く使われていなかったのか、空気がわずかに淀んでいる。
床や壁には埃が積もっているものの、構造自体に大きな破損は見当たらない。
レオが思わず声を漏らす。
「……広っ。ここ全部使っていいのか?」
ヴァンは周囲を一瞥し、短く頷いた。
「問題なさそうだな。ここを使おう」
中央に並んでいた長机は邪魔になる。
ヴァンが一人でそれを押し、壁際へと寄せていく。
重い木製の脚が石床を擦り、鈍い音が広間に響いた。
女たちは手分けして掃除を始める。
布で埃を払い、急ごしらえながらも人が休める空間を整えていく。
一方、レオは数人の若者とともに倉庫区画から布団や毛布を運び込んでいた。
やがて。
大広間の中央には、新たに加わった者たちを含め、五十八人分の簡易寝床が並ぶ。
寄り合い所帯のような、仮の共同生活空間が形になっていった。
マルディナが周囲を見渡し、静かに言う。
「……ひとまず、夜は越せそうね」
ヴァンが腕を組む。
「次は水と食い物だな」
井戸の確認が行われる。
城内の井戸は問題なく機能していた。
水質も目視の範囲では大きな異常はない。
レオが桶を覗き込みながら言う。
「水は大丈夫そうだ!」
酒蔵も見つかった。
大量の樽が保管されているが、封の状態から品質の保証は難しい。
ヴァンが鼻を鳴らす。
「酒は……まぁ、後回しだな」
続いて食料。
ドミナスが人間用に保存していた備蓄がいくらか見つかる。
量を概算すると、およそ十日分。
ヴァンの表情が少しだけ引き締まる。
「……長居するなら、すぐ次を考えねぇとな」
空気がわずかに現実へ引き戻される。
次に医薬品の確認。
しかし――
マルディナが首を横に振った。
「……医薬品は見当たらないね。包帯程度だ」
集団の中には、明らかに負傷者や体調を崩している者が混じっている。
レオが不安げにテラを見る。
「テラ……なんとかならない?」
テラは短く状況を観察し、答える。
「私が生成可能な範囲の薬品であれば対応できる」
ヴァンが小さく息を吐く。
「相変わらず規格外だな……」
早速、テラはレオと回診を開始する。
負傷した男の足を確認し、損傷部へ処置。
続いて高熱に苦しむ女性へ安定化措置を施す。
処置は正確で、無駄がない。
三人目。
十六歳の少女。
右手に軽い裂傷がある。
テラの指先から生成された医療素材が、少女の傷口を覆っていく。
少女は処置の最中、ほとんど瞬きを忘れたようにテラを見つめていた。
処置完了。
レオが次の患者へ案内しようとした――そのとき。
テラの動きが止まる。
周囲の負傷者の数。
自分の稼働余力。
今後の戦闘発生確率。
一瞬の演算ののち、テラは結論を出した。
右手の装甲が静かに展開する。
内部から流体素材が滲み出し、空中で膨張を始める。
それはやがてテラ本体から分離し、床へ落ちた。
――ぼとり。
両手で持つボールのような大きさの球体。
直後、表面が波打ち、前面に二つの大きな目が発光している。
さらに左右と下部から、短い手足が直接形成された。
球体は小さく身体を揺らし、
きゅい、と電子音のような声を発する。
レオが目を丸くした。
「……なんだこれ」
テラは淡々と答える。
「独立治療ユニットだ。私と同レベルの医療処置を実行することができる」
「こいつ一人で治療できるってことか」
「そうだ。最低限の医療体制は常に維持する必要がある。皆にも慣れてもらった方が良い」
レオは腕を組み、少しだけ眉を寄せる。
「うーん、分かるんだけどさ……」
大きく光る眼を持つ球体を見下ろし、苦笑する。
「……いきなりこいつだけに任せるのは、みんな心理的にキツいと思うぜ」
テラはわずかに視線を動かす。
レオは肩を回した。
「しゃーねぇ、俺が横についとくよ。
説明役くらいなら――」
「わ、私にやらせてください」
二人の会話に、控えめだがはっきりした声が割り込んだ。
振り向く。
先ほど治療を受けた少女が、少し緊張した様子で立っている。
両手を胸元で握りしめ、続けた。
「私……テラさんに治療してもらいました。
だから、その……どういうものか、私から説明できます」
レオが目を瞬かせる。
少女は言葉を選びながら続ける。
「いきなりこの子だけだと、みんな驚くと思うから……
私が一緒にいれば、安心してもらえると思います」
数秒の間。
テラの視線が少女を静かに観察する。
「良い提案だ」
短くそう言った。
レオもにやりと笑う。
「決まりだな。助かるぜ」
少女の表情がぱっと明るくなる。
「わ、私はフィオナです。よろしくお願いします」
大きな目をした治療ユニットが、
ぴこ、と小さく身体を揺らした。
――
その後も、城内の簡易補修と安全確認が続く。
破損扉の固定。
通路の封鎖。
見張り位置の選定。
気づけば、外はすでに夜の色へ沈み始めていた。
本来なら、解放の祝宴でも開きたいところだが――
誰もが限界まで消耗している。
簡素な食事を終えると、広間には自然と静寂が落ちていった。
ヴァンが小さく呟く。
「……今日は、さすがに疲れたな」
誰も否定しなかった。
一人、また一人と横になる。
やがて広間には、寝息だけが静かに重なっていく。
テラは本来、睡眠を必要としない。
だが――
本日の戦闘と連続稼働により、内部負荷は臨界近くまで上昇していた。
大広間の一角。
壁にもたれるように座ったまま、テラの視界がゆっくりと暗くなっていく。
その姿はまるで人間が眠りに落ちたかのようだった。
【現在の保護対象:58人】
【増減:+56人】




