Chapter 4 誘い
城塞の主塔、最上階の広間。
崩れた天井から差す光が玉座を照らしている。
この城の今の主であるカーネリカは玉座に座っていた。
「ギラードがやられたみたい。レムリアがやったの?」
柱の影に立つモルヴェイルが一礼する。
顔に口はない。だが奥にこもる声が広間に満ちる。
「レムリアも確認されています。しかしギラードを殺したのは別の人間です。報告では異質な強さだったと」
カーネリカは頬杖をついたまま笑う。
細く開いた瞳だけが光を受ける。
「へぇ…すごいんだ」
「いかがいたしますか」
カーネリカは玉座から立ち上がる。
「……自分で見にいこうかな」
⸻
崩れた城壁の外。
瓦礫の隙間から三人が外郭へ入り込む。
背後には廃墟となった街並みが広がっている。
レオが低く言う。
「ここは昔はレンヌって呼ばれてたんだ。今はドミナスの根城になってる」
ヴァンが応じる。
「城の牢に仲間が囚われてる。助け出そうとしたんだけど見つかっちまってさ」
テラは主塔を見上げる。
「ではいきなり城を吹き飛ばすのはまずいわけだな」
ヴァンが振り向く。
「そ、そんなことできんのかよ……」
「人間の保護が目的だ、牢を探す」
三人が外郭の通路へ踏み込んだ直後、奥から小さな子供が現れた。
足元がふらつき、呼吸が荒い。
ヴァンが駆け寄る。
「おい!大丈夫か!」
子供は怯えて声が出せない。
レオがしゃがみ込む。
「大丈夫かい。俺はレオだよ。君は?」
「……アイシャ」
「他のみんなは?」
アイシャは城の内側を指差す。
「私だけ解放されたの。みんなはまだ捕まってる」
ヴァンが眉をひそめる。
「いかにも罠くせぇな」
レオが振り向く。
「だからって無視はできないぜ、テラ?」
テラはアイシャと通路を交互に観察する。
「罠の可能性は高い。しかし目的の達成には最短ルートだ」
レオが頷く。
「案内できる?」
アイシャは小さく頷いた。
⸻
外郭の回廊を進む一行。
アイシャが前を指す。
「このまま進むと中庭に出るの。牢屋は主塔の下…」
一行の足音が石壁に反響する。見張りの気配はない。
「なぁおい……」ヴァンが低く言う。
「敵の根城なのにまるで抵抗がない。こちらへ来いと言わんばかりだ」テラが応じる。
回廊を抜ける。
外光が差し込み、一瞬視界が白く潰れる。
やがて輪郭が戻る。
中庭の中央に、立っている。
三メートル近い細身の体躯。風に揺れる衣の奥の輪郭が定まらない。
顔はあるが口は見当たらない。だが空間そのものが振動するように声が響く。
「待っていたぞ、強き者」
ヴァンが剣を構える。
「どう考えても待ち伏せだろ、こりゃ」
テラが前に出る。
「待っていたとはどういう意味だ」
目の前の影はわずかに首を傾ける。口は動かない。
「私はモルヴェイル。この城の主であるカーネリカ様に仕える身だ」
「待っていたのはお前だ、異星の女よ。ギラードを倒した力は見事だった。お前は人間でもレムリアでもない。我々と共に来ないか」
「私は人間を保護する必要がある。お前達は排除対象だ」
「なぜ人間を保護する」
テラはわずかに間を置く。
「……文化だ」
レオが眉を寄せる。
「文化?」
「戯曲、音楽、絵画などのことだ。人間は文化を創造できる希少な知的生命体だ。安定的な文化の創造のためには保護管理する必要がある」
モルヴェイルの衣がわずかに揺れる。
「理解に苦しむな。絵のために我々に楯突くということか。しかも迷いがない。なかなか狂っているようだな」
衣の奥から刃が伸びる。
「共に来ないのであればお前は我々の脅威だ。ここで殺す」
モルヴェイルの右腕が持つ大型の鎌。
人の胴ほどの長さがあり、細い体躯に対して明らかに過剰な大きさだった。
テラは構えない。
モルヴェイルとヴァンの間から半歩外れ、視線だけをヴァンへ向ける。
「ヴァン」
「あ?」
「こいつはお前が倒せ」
ヴァンが一瞬固まる。
「…な?!いや待てよ!さっきのギラードより明らかに上だぞこいつは!」
「人間は保護すべき対象だが無力な者が優先だ。お前には戦闘適性がある。自分で何とかしてみろ」
テラの声は無感情だが静かな圧が感じられる、目は既に戦闘の観察へ移っている。
ヴァンは言葉を交わすことなく、テラが本気だと認識した。
「なんだってんだよまったく!」
ヴァンは歯を食いしばり自らを奮い立たせるように叫び、剣を構えた。
モルヴェイルの頭部がわずかに傾く。
視線がテラからヴァンへ移る。
対峙対象が完全に切り替わる。
「先にレムリアを出すのか。まぁ構わんが…この私を倒せるような奴には見えんな」
衣が地面を引き、距離が一瞬で縮まる。
縦一閃。
上から叩き落とす軌道。
ヴァンは横へ飛ぶ。刃が石畳にめり込み、破片が跳ねる。
「うぉ!」
刃が引き抜かれ、そのまま横薙ぎへ変わる。
ヴァンは後方へ大きく跳び退く。風圧が胸を叩く。
間を置かず次撃。
角度を変えながら連続で振るわれる。
ヴァンは受けず、避け続ける。
「テラ!いくら何でも俺にこいつは無理だ!」
テラは動かない。
視線だけがヴァンに固定される。
声は低く、重い。
「ヴァン、いざとなれば何とかする。死ぬ気で敵の動きをよくみろ」
刃が再び迫る。
「本当だろうな……」
回避の繰り返し。
浅い裂傷が腕、肩、脚に増えていく。
動きの立ち上がりが遅れ始める。
レオがテラを見る。不安げに。
「テラ、大丈夫なのかよ!?」
「命はな、しかし勝敗はあいつ次第だ。」
レオが小さくつぶやく。
「……ヴァン」
刃の軌道を追う視線が安定してくる。
振り上げ前に肩がわずかに沈む。
振り終わりに重心が戻る。
同じ順序で繰り返されていることに気づき始める。
モルヴェイルが間合いを詰める。
「そろそろ死ね」
ヴァンは半歩踏み出す。
モルヴェイルの振り上げの瞬間、刃を持たない側へ体を入れる。
狙いを合わせて横薙ぎを放つ。
大剣が横に走る。
細い胴を捉える――弾かれる。
硬い反発。腕が痺れる。
「…なんだこいつ!ひょろい見た目のくせに!」
刃が通らない。
衝撃が表面で散っているだけだと分かる。
ヴァンが距離を取る。
「くそが!」
モルヴェイルが滑るように接近する。
「終わりだ」
刃が振り下ろされる――
その瞬間、二人の視界の外から衝撃。
テラの蹴りがモルヴェイルの脇腹へ突き刺さる。
衝撃は音より速く、モルヴェイルの体が横へ吹き飛ぶ。
細身の体が宙で回転し、石畳を削りながら十数歩分滑る。
地面が裂け、破片が弧を描く。
それまでの戦闘とは桁の違う力だった。
大きく距離が開く。
戦闘が一度途切れる。
テラがヴァンを見る。
「ヴァン。お前はエネルギーをただ腕力に変換している。それではあいつの防御は突破できない」
「ど、どうすりゃ良い……」
「武器の方にもエネルギーを伝えろ。インパクトの瞬間だけで良い。自分の体ではない分、難しいがな」
「……わかんねえ」
「武器を体の一部だと感じろ」
遠方でモルヴェイルが起き上がる。
「横槍とは無粋だな」
テラは視線を外さないまま言う。
「安心しろ、今のが最後だ」
「そうも言ってられんぞ」
モルヴェイルが再び襲いかかる。
ヴァンは回避する。先ほどより動きが合っている。
軌道を読み、避け、間合いを保つ。
一瞬の隙。
大剣が腕を掠める。
モルヴェイルがわずかに止まる。
ヴァンが息を吐く。
「切れた……これならやれるのか」
モルヴェイルはダメージを感じさせず、再び刃が迫る。
それを確認したヴァンは後退――テラの方向へ。
逃げたのではない。
モルヴェイルにダメージは与えられる。しかし致命の一撃入れるには大きな隙を生み出す必要がある。短い戦闘の中の出来事を思い出し、隙を生み出す可能性はこれしかないと考えた末の行動である。
モルヴェイルが追う。
ヴァンはさらにテラに近づく。
モルヴェイルはヴァンを射程に納めたが、その意識はヴァンよりもテラに向かされていた。
脳裏に浮かぶ先の強烈な一撃。その記憶がモルヴェイルの動きに迷いを生じさせていた。
結果、モルヴェイルは甘い距離で踏み込んでしまう。
その瞬間、ヴァンが跳ぶ。
目の前に立つテラの姿。身長は自身の半分程度。見下ろしているはずなのになぜか見下ろされているような感覚に陥る。
モルヴェイルが混乱するには十分な状況だった。
そこへ――
振り下ろされる大剣。
広場全体に金属が軋むような異音が響く。
モルヴェイルの身体が縦に断たれる。
音が広場を震わせる。
細身の体躯が崩れる。
ヴァンはその場に崩れ落ち、肩で息をする。
倒れたモルヴェイルから掠れた振動音が漏れる。
モルヴェイルの視線が、アイシャへ向く。
「カ、カーネリカさま……」
一同が振り向く。
指された先にアイシャが立っている。
理解が追いつかないまま視線が集まる。
口元が歪む。
「がっかりだよモルヴェイル、ほんとみんなだらしないなぁ」
アイシャの腕がモルヴェイルへ向けられる。
「お前はもういらないよ」
炎が包む。
焼ける音ではない。
耳に残る不快な振動音が広場を満たす。
レオが震える。
「ま、まさかこいつが!?」
衣が変質する。
赤へ染まり、形が変わる。
瞳が赤く光り、肌に赤紫の筋が浮かぶ。
「そう、カーネリカだよ。よろしくね」
邪悪な笑みが広場に広がった。
【現在の保護対象:2人】
【増減:±0人】




