Chapter 2 初陣 ―― 介入
彼女はレンヌの街付近に着地した。
街を見下ろせる高所を探し、崩れかけた石造りの監視塔の上で視線をゆっくりと巡らせる。
(街全体が死んでいるな)
石壁に囲まれた中規模の城塞都市。
中央には広場と井戸、周囲には二階建ての石造家屋が密集している。
木骨組みの張り出し窓、急勾配の屋根、煙突。
だが煙は無く、扉も閉じられたまま。
通りには荷車が倒れ、布が風に擦れている。
放棄された時間が長いわけではない。
生活の形が崩れたまま止まっていた。
彼女はしばらく動かなかった。
視線が遠方で止まる。
(人間か?)
石畳の大通り。走る二つの影。
彼女は塔の縁から踏み出した。
落下。
音もなく地面へ着地し、そのまま駆け出す。
風だけが遅れて流れた。
⸻
静まり返った大通りを、二人が走る。
背に大剣を背負った青年と、小柄な少年。
「レオ!止まるな!」
「止まってないって! でも後ろ――!」
振り返らなくても分かる距離だった。
迫るそれらは獣の形をしていた。
汚れた黒い体毛に鋭い牙と爪。
ドミナス配下の魔物だ。
青年は足を止める。逃げきれない距離だった。
大剣を抜く。
「下がれ!」
少年はすぐ脇へ退く。
影が跳ぶ。
青年が踏み込み、横薙ぎに払う。
重い斬撃が魔物を叩き落とす。
一体、二体。止まらない。
呼吸は乱れない。
常人ではあり得ない動きだった。
その瞬間、空気が変わる。
――来る。
通りの奥に、立っていた。
全身を覆う硬質の装甲。
そして長い大刀。
ギラード。
その名を持つドミナスの視線が、剣を構える青年で止まり、蠢くような声が漏れる。
「……レムリア」
青年は剣を構える。
「来いよ」
ギラードが踏み込む。
大刀が振り下ろされる。
受ける。
重い衝撃。腕が沈む。
だが折れない。踏み止まる。
押し返し、反撃の斬撃を叩き込む。
――止まった。
刃は鎧に当たっている。
だが、食い込まない。
「硬っ……!」
ギラードは間を置かず横薙ぎへ移る。
回避が間に合わない距離だった。
その瞬間――
音が止まった。
上空から叩き落とされた衝撃が地面を震わせ、石片と砂塵が大きく巻き上がる。
刃が届くはずだった軌道は遮られ、ギラードの身体が後ろへ大きくのけぞった。
二人の前に、女が立っていた。
戦闘の只中にいるとは思えないほど静かな佇まい。
その場に「割り込んだ」のではなく、最初から「そこに在った」ような存在感だった。
女はまず、剣を構えた青年へ視線を向ける。
「ようやく人間を見つけたぞ」
青年は息を呑む。
助かったという安堵と、敵味方も分からない異質な存在への警戒が、同時に胸を走る。
背後で砂塵を払ったギラードが、ようやく状況を認識する。
のけぞった体勢を立て直し、女を睨みつけた。
「何者だ」
女はわずかに間を置いてギラードへ向き直る。
「名前か……考えてなかった。
この星にちなんで、TERRAとする」
ギラードは鼻で笑う。
「名に興味はない。人間は殺すか捕らえるかだけだ。貴様もレムリアだな? なら大人しく殺されよ」
テラは青年と、その背後にいる少年の二人を確認する。
(やっと見つけた人間だ。失うわけにはいかない)
次にギラードへ視線を戻した。
(こいつは一体何だ……データにない生物。見た目は明らかに戦闘型だ)
「私は人間に用がある。邪魔をするなら殲滅する」
硬質に見えるテラの右腕の表面が、わずかに波打った。
黒い外装が液体のように流れ、形を変えていく。
手のひらの中央へ金属が集まり、剣の柄に似た形状が生成される。
次の瞬間、そこから白い光刃が伸びた。
一拍の静止。
テラは右手を持ち上げ、構える。
それを見たギラードが、獰猛に口角を吊り上げる。
「やろうというのだな。面白いぞ相手になってやる」
大刀を構え――
「死ねぃ!!」
大通りを踏み砕く勢いで突進した。
遅れて、テラが踏み込む。
その踏み込みの加速は、明らかにギラードより速い。
「はえぇ!」
青年の声が漏れる。
交錯。
テラはギラードの身体を駆け抜け、そのまま大きく後方で静止した。
勢いを殺した足元で、砂が遅れて滑る。
背後でギラードが震える。
「な、なんだと……」
次の瞬間、胴が横一文字に裂けたことが、はっきりと分かった。
ギラードの身体は崩れ、形を保てず、灰のように崩落していく。
静寂。
気づけば白い光刃は収められていた。
テラはゆっくりと歩き、灰のそばまで近づく。
立ち止まり、見下ろす。
「人間は野蛮だとは聞いていたが、思った以上に好戦的だな。あ……こいつは人間ではないか」
青年は座り込んだまま。
安堵と、目の前の女が何者なのか分からない不気味さが混ざり、表情が固い。
「……何なんだこの女」
その後ろで、少年だけが違った。
緊張を含む青年とは対照的に、
突如目の前に現れた強く美しい存在に、ただ見惚れている。
「す、すげぇ……!!」




