Chapter 19 振動のドミナス
テラとダルマシオンは、広間の中央で向かい合っていた。
互いに動かない。
崩れかけた石柱が並ぶ広間には、戦闘の前触れのような静けさが満ちている。遠くで石片が転がる音だけが、かすかに響いていた。
ダルマシオンは杖を床についたまま、細い目でテラを観察している。
テラもまたブレードを構え、静かに相手を見据えていた。
ダルマシオンは内心で考える。
(カーネリカを倒し、レグナートを抜けてきた。弱いとは思えん)
人間の戦士ならまだ分かる。しかし目の前の存在は違う。異質な身体、冷静な視線。
ドミナスがこれまで狩ってきた人間とは、明らかに性質が異なる。
一方でテラも、同じように相手を分析していた。
(ドミナスは個体ごとに戦い方が大きく異なる)
肉体の強さに特化した者。炎を操る者。空間を跳躍する者。
見た目だけでは能力は分からない。
(こいつはどういうタイプだ)
沈黙が数秒続く。
先に動いたのはテラだった。
(まずは一撃を入れて反応を見る)
右手のブレードをわずかに下げ、迷いなく一歩踏み込む。そのまま一直線にダルマシオンへ斬り込んだ。
距離は一瞬で詰まる。
ダルマシオンは即座に反応した。杖をわずかに持ち上げる。
テラの正面の空間が、わずかに歪んだ。
空気が、ゆらりと揺れる。
まるで熱気の上に立ったときのような、視界の歪み。しかしそこには炎も光もない。
何かが来る。しかし形は見えない。歪みだけがこちらへ迫ってくる。
テラは瞬時に横へ跳んだ。
次の瞬間、空気を裂く鋭い音が響いた。
先ほどまでテラが立っていた床が砕ける。
石が内側から割れ、破片が弾け飛び、粉塵が舞い上がった。
テラは着地すると同時にダルマシオンの方を向き直る。
だが今度は、空間の歪みが複数生まれていた。
いくつもの歪みが一直線にこちらへ向かってくる。音もなく、ただ空気の揺らぎだけが迫る。
テラはすぐに回避行動を取った。
石片を踏み、柱の影へ身体を滑らせる。
しかし最後の一つを避けきれない。
ブレードを前に出して受け止めるが、接触と同時にブレードが形を維持できず消失した。
さらに、ブレードの発生器が形を維持できなくなり構造が崩れる。
テラは思わず手を離した。
地面に落ちた発生器は、すぐに流体金属状に戻り、黒い液体のように床へ広がる。
それは沸騰しているようにも見えた。
テラはすぐ距離を取った。そして静かに呟く。
「振動波か」
ダルマシオンが薄く笑う。
「いかにも」
杖を軽く振りながら続けた。
「さすがに気付くのが早いな」
(空間振動)
テラは先ほどの現象を思い返す。
見えない攻撃。速度も速い。
しかし破壊の痕跡は明確だった。石は外から砕かれたのではない。内側から破裂するように割れている。
つまり空間そのものを振動させている。
ダルマシオンが杖を振った。
空間にいくつもの歪みが生まれる。
次の瞬間、それらが一斉に襲いかかってきた。
テラは床を蹴る。
高速移動。
柱を利用しながら回避する。
振動波は壁や柱を避けない。石柱が内側から砕け、太い亀裂が走る。
破片が広間に飛び散り、粉塵が空気を白く濁らせる。
テラはその中を駆け抜けた。
そして再び接近する。
ブレードを失ったため、拳で殴りかかる。
しかし、ダルマシオンの前の空気が震えた。
振動。
透明な壁のようなものが生まれる。
テラの拳がそれに触れた瞬間、衝撃が返ってきた。
鈍い反発。
テラの拳が弾かれる。
空間そのものが防御層になっていた。
ダルマシオンは一歩も動かない。
杖を軽く動かすだけで、周囲の空気を震わせる。
振動波がテラの腕を掠める。
外装が鈍く軋んだ。振動が内部構造まで伝わり、関節部の駆動系が一瞬遅れる。
テラはすぐ距離を取り直した。
ダルマシオンが言う。
「どうした」
杖を肩に担ぐ。
「最初の勢いはどこへ行った」
テラは答えない。
思考を続ける。
振動波。
目に見えない攻撃。だが完全に不可視ではない。
空間が歪む。
つまり――
(波)
振動とは波だ。波ならば、干渉する。
テラは腕を変形させた。
右腕の外装が構成していた流体金属が細く引き伸ばされ、一本の刃の形を作り始めた。
それは先ほど失ったレーザーブレードとはまったく違う武器だった。
レーザーブレードは光を固定して形成する高熱の刃だ。触れれば焼き切る。
しかし、あくまで切断用の兵装であり、衝撃や振動を制御するものではない。
今テラが作った刃は、もっと細い。
幅は指ほど。だが内部には、微細な振動発生構造が並んでいる。
刃そのものが共振装置となり、周囲の空気を細かく震わせる構造だった。
次の瞬間、刃が高速振動を始めた。
ブゥン、と低い音が広間に響く。
空気が細かく震える。石の粉が刃の周囲で揺れ、目に見えない振動の層が生まれていた。
ダルマシオンが眉を上げた。
「ほう」
テラは再び踏み込む。
振動刃で斬りかかる。
ダルマシオンが杖を振る。
振動波。
二つの振動が衝突した。
衝撃。
空気が弾ける。
振動波が消える。
ダルマシオンの目が細くなる。
「なるほど。同じ振動で打ち消すか……」
テラは止まらない。
連続攻撃。
振動刃と振動波。広間の空気が激しく震えた。
壁に亀裂が走り、床が割れる。
ダルマシオンは徐々に後退していくが、テラは踏み込みをさらに深くした。
一歩、さらに一歩と間合いを詰める。
今度は振動刃を振るわない。狙うのは一点突破。
テラは刃を真っ直ぐ突き出す。細い振動刃の切っ先が、ダルマシオンの胸へ向かって一直線に伸びる。
ダルマシオンも即座に反応した。杖が動き、その前方の空間が歪む。胸の前に、先ほどまでと同じ振動の防御層が形成される。
本来なら、それで止まるはずだった。
触れた瞬間に相手の武器を崩し、衝撃を弾き返す。ダルマシオンの振動防御とはそういうものだ。
しかし、今回は違った。
テラの振動刃が防御層に触れた瞬間、二つの振動が正面から噛み合う。
テラの刃は、ただ振動しているのではない。ダルマシオンの振動波と同じ性質の揺らぎを、極めて狭い一点に集中させていた。
そのため、防御層の表面で振動同士がぶつかると、壁としての形を保てなくなる。
共振。
防御層を支えていた振動の均衡が乱れた。
見えない壁が、弾くための膜ではなく、行き場を失った振動の塊へと変わる。
テラはそこを押し抜いた。
振動刃の切っ先が防御層を中和し、そのままダルマシオンの胸へ突き刺さる
刃に乗せられていた高密度の振動が、接触点から一気に体内へ流れ込んだ。
鈍い破裂音。
胸部の表面ではなく、内部構造が直接揺さぶられる。筋肉と骨の奥で衝撃が暴れ、ダルマシオンが大きくのけぞった。
そのまま後方へ吹き飛ぶ。
石床を滑り、柱に叩きつけられる。
広間に轟音が響いた。
石柱に大きな亀裂が走る。
ダルマシオンはそのまま片膝をついた。
テラは追撃しない。
静かに構えたまま観察する。
粉塵がゆっくり落ちていく。
やがて。
ダルマシオンが低く笑った。
「小娘にしてはよくやる……」
立ち上がる。
しかし、その声が次の瞬間変わった。
「だが――」
ダルマシオンの身体が震え始める。
最初はわずかな揺れだった。だが震えはすぐに全身へ広がり、強さを増していく。
骨が軋む音が広間に響き、筋肉が膨れ上がり、身体の輪郭が目に見えて変わっていった。
背が伸び、腕が太くなる。
胸板が膨張し、骨格そのものが拡張していく。
服は耐えきれず裂け、破れた布が床へ落ちた。
テラは距離を取る。
変化はまだ止まらない。
ダルマシオンの体躯はさらに大きくなる。
やがてその姿は、テラの倍近い巨躯へと変わっていた。
もはや老人の面影は薄い。
皮膚の色が変わり、表面がゆっくりと硬質化していく。石のような質感が全身を覆い、隆起した筋肉の輪郭がはっきりと浮き出ていた。
巨体が一歩踏み出す。
その足が床へ触れた瞬間、石が砕け、粉塵が舞い上がる。
ダルマシオンはゆっくりと拳を構えた。
「さあ」
広間の灯りが揺れ、巨大な影がテラの足元へ落ちる。
「ここからは」
拳が振り上げられる。
「殴り合いだ」
次の瞬間、巨体が踏み込んだ。
速い。
その体格からは想像できない速度で距離を詰め、拳が振り下ろされる。
空気が裂ける。
テラは横へ跳んだ。
直後、拳が床へ叩き込まれる。
轟音。
石床が大きく抉れ、砕けた石片が広間中へ弾け飛ぶ。柱に当たった破片がさらに砕け、粉塵が舞い上がった。
テラは着地すると同時に踏み込み返す。
振動ならば、硬度は関係ない。
振動刃が低く唸る。
テラはそのまま巨体へ踏み込み、振動刃を突き出した。
狙いは表面ではない。
内部破壊。
刃がダルマシオンの胸へ――
振れたと同時に振動刃が弾け、内部から砕け散るように一瞬で崩壊する。細い金属片が霧のように散り、破片が床へ降り注いだ。
テラは即座に距離を取る。
振動刃が破壊された。干渉されたのではない。
押し返されたのでもない。
触れた瞬間、刃の振動そのものが崩された。
ダルマシオンが笑う。
巨体がゆっくりとこちらへ向き直る。
その身体は、かすかに震えていた。
その瞬間、テラは理解する。
こいつは――
全身が振動している。
テラは構えたまま、巨体を見上げる。
戦いは変わった。
広間の空気が静かに震えていた。
【現在の保護対象:1,948人】
【増減:±0人】




