Chapter14 慢心
特訓を続けて三ヶ月。
いまだにテラは素手だ。
攻撃はかわせない。
毎回、擬似的な死が訪れる。
しかし、レムリアの動きは見違えていた。
何より、自信が違っている。
城の人口は襲撃前を超え、千八百人に達しようとしていた。
万一ドミナスに遭遇しても、なんとかできる。
その自信が自然と勧誘活動の範囲を広げる結果となり、以前より人口増加のペースは上がっていた。
しかし――強さは慢心を生む。
ヴァンとゴルド。二人のレムリア。
布教のために供をするミシェル。
三人はレンヌの南西二十キロ地点まで出ていた。
勧誘活動における移動の基本は、敵と遭遇しないこと。
そして遭遇した場合、退路を確保できることだ。
森や山道、廃墟などは必要な場合以外避ける。
発見される確率が上がることを考慮しても、早期に敵を発見できる見晴らしの良い平原や街道を進むことが推奨されている。
距離は概ねレンヌから直線距離で二十キロまでとされている。
レンヌで監視するテラの視界に、ぎりぎり入る距離だからだ。
三人は捜索圏内のめぼしい場所をいくつか探索したが、生存者を発見するには至っていなかった。
ゴルドが不満げに言う。
「ヴァン、このままじゃ手ぶらだ。」
「しょうがねぇよ。近郊のめぼしい場所はあらかた捜索してるんだ」
「もっと遠くまで足を伸ばすべきではないか」
「これ以上進むとテラの視界から確実に外れる。それに、発見しても長距離を連れ帰ると危険が増えちまう」
「テラか……」
ゴルドは四十歳。
二十三歳のヴァンよりかなり年上だ。
ドワーフのようにずんぐりした体型で、アルグランドに少し似ている。
テラの特訓で向上はしているが、レムリアの中では下から数えた方が早い。
本人もそれを分かっているから、功を立てたい気持ちが逸っていた。
「無事に帰ることが第一だぜ」
ヴァンはそう言った。
ゴルドは頭では理解していた。
しかし――
「そんな悠長なことは言ってられん!
お前たちが来ないなら俺一人でも行く」
ゴルドは街道をさらに南西へ進もうとする。
「ま、まてゴルド!」
やむを得ず追いかける二人。
走る馬の上で声が飛ぶ。
「ゴルド! 引き返せ! 何か起きてからじゃ遅い!」
「聞けヴァン。俺は昔この辺りに住んでいたことがある。
この先の森の奥に小さな遺跡がある。隠れ住むにはちょうど良い場所だ」
「そういうこと言ってんじゃねーよ」
少しの間。
風の音だけが続く。
「ヴァン、お前は若くて強い。ドミナスを倒したこともあるし、皆がお前に期待している」
「何の話だよ」
「だが俺は違う。強さは半端だ。城を背負う男ではない。
だが、それでも俺は男だ。皆の役に立ちたい」
一瞬だけ、声が低くなる。
「だから行かせてくれ。付いてこいとは言わんが、止めるな」
「ゴルド……」
ヴァンは舌打ちした。
「ちっ……今回だけだ。その遺跡まで行ったら戻るからな!」
「感謝する」
三人は馬を進めた。
森の入り口で馬を繋ぎ、森に入る。
しばらく進む。
ゴルドの言うとおり、遺跡らしきものが見えてきた。
遠目から観察する。
「……!」
そこにいたのは難民ではない。
魔物の群れ。
人が暮らしていた痕跡はある。
しかし、すでに占拠され、死体がそこかしこに転がっていた。
「遅かったか……」
ヴァンが低く呟く。
「くっ……」
ゴルドの拳が震える。
三人は諦め、元来た道を静かに戻る。
その時。
森の中で、何かが動いた。
気配。
「あぶねぇ!」
飛来する矢。
ミシェルを狙ったその矢を、ヴァンが大剣で弾いた。
矢の飛んできた方向。
樹上に小鬼のような魔物。
邪悪な表情で角笛を吹く。
音が森に響く。
「見つかった! 逃げるぜ!」
三人は森を抜けようと走る。
追いかけてくる魔物たち。
四足歩行の獣の足が速い。
ミシェルは人間だ。ヴァンたちほど速く移動できない。
追いつかれる。
「ゴルド! 交代で打ち払う!」
「分かった!」
ヴァンが振り返り、魔物を一蹴。
すぐに走る。
ゴルドが次に振り返る。
ミシェルの移動に合わせ、二人が交互に殿を担う。
馬まで辿り着けば振り切れる。
その時。
遠方から赤い光弾。
「ゴルド! 危ねぇ!」
振り返るゴルド。
光弾が迫る。
その瞬間、ヴァンは加速を最大に上げ、光弾とゴルドの間に入った。
衝撃。
ゴルドの目の前にヴァンが立っている。
だが、右肩が焼かれていた。
「ヴァン!」
「ぐ……」
三人は足を止める。
森の奥から、ゆったりと近づく影。
「うふふ。若い男の方に当たったみたいね」
妖艶な女の姿。
だが背中には紫の翼、青白い肌、細長い尻尾。
ドミナス。
「よりによってこんな時に……」
ミシェルが震える。
ゴルドは、自分の判断を後悔した。
女のドミナス――マリーゼが笑う。
「お前達……レンヌとかいう城の奴らだろう?
各地で人間を集めてるらしいじゃないか」
一歩、近づく。
「でも残念……ここはもう潰しちゃったのよね」
ゴルドはマリーゼの声を聞きながらも二人を逃すことを考えていた。
「ヴァン……ミシェルを連れて馬まで逃げろ」
「ゴルド……」
「行ってくれ……ここで三人死んだら俺はあの世でも自分を許せそうにない」
「死ぬんじゃねぇぞ……」
やり取りの後、ヴァンはミシェルと共に出口に向かった。
「そうはいかないね……」
マリーゼが光弾を放つ。
ゴルドは剣を構え、エーテルを集中させる。
衝撃。
「ぐおぉ……!」
だが、弾いた。
マリーゼが目を細める。
「へぇ、意外だね。レムリアとかいっても人間と大差ないと思ってたんだけどねぇ」
ゴルドは内心驚いていた。
少し前の自分なら確実に死んでいた。
光弾は強烈だった。
だが。
テラの蹴りほどじゃない。
「や、やれるのか……」
実戦での成果が、胸の奥で熱を生む。
再び剣を構え、マリーゼに斬りかかる。
しかし、マリーゼは不気味な笑みを浮かべたままだった。
――
ヴァンとミシェルは森の出口へ出る。
馬が待っている。
「ゴルドは大丈夫だろうか……」
ヴァンは答えない。
あのドミナスは軽くない。
「ミシェル。悪いが一人で戻れるか。
俺はゴルドが気になる」
「私は構わないが、お前もその怪我だぞ。万一ゴルドがやられていたら、お前も危ない」
「まぁ……そうなんだけどよ。
でも右腕以外は使える。加勢できないわけじゃねぇ」
ミシェルは小さく頷いた。
ヴァンは森へ引き返す。
「ゴルド、持ち堪えろよ」
そう願いながら。
しかし――
視界の先に人影。
立っていたのはマリーゼ。
その細い尻尾が、ゴルドを巻き上げている。
全身に傷。
だが、息はある。
「ゴルド!」
「あら戻ったのね。でもちょっと遅かったみたい。
まぁ、こいつも結構頑張ったけどね」
「てめぇ……」
ヴァンは左腕で大剣を構える。
右肩が痛む。
だが下げない。
「テラの弟子をなめんなよ」
ヴァンは吠えた。
【現在の保護対象:1780人】
【増減:+821人】




