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Chapter 10 強襲

祝祭の翌日。


街にはまだ昨日の余韻が残っていた。

空になった酒樽が片付けられ、子供たちは飽きもせず祭りの話をしている。笑い声が、石畳の間を軽く跳ねた。


だが、レンヌは前線都市だ。

浮かれた空気が消えるのを待つような余裕はない。緊張は、朝の冷え込みと一緒に戻ってくる。


主塔の上。

テラはいつもの位置に立っていた。


石造りの塔の最上部。周囲を遮るものはなく、街とその外縁が一望できる。

ここが彼女の定位置であり、最も重要な場所だ。


ドミナスや魔物の接近を捉えるためである。


テラの視界は常人のそれではない。

空が澄み、霧が薄い日なら、遥か遠くの動きさえ輪郭を結ぶ。

地形の起伏や森の密度に阻まれることはあっても、それでも人間の目とは比較にならない。


敵が五キロ圏内に入った場合、迎撃はレムリアが担当する。

戦える人間が街の中の防御にあたり、非戦闘員は避難する。

テラ自らが出撃するのは、ドミナスが確認された場合のみだ。


グレインは、この迎撃戦を実戦訓練として利用していた。

模擬戦では得られない緊張感。実際の魔物の動き。生き残るための判断の速さ。

それらを経験させることが、戦力の底上げにつながる——そう考えている。


「殲滅を続ければ、敵を刺激するのでは?」


マルディナが懸念を示したのは、当然だった。


しかし危険地域だと認識させることが守りにつながり、さらに実戦経験も得られる。

メリットの方が大きいとグレインは主張し、テラも同意した。

接近次第、殲滅。方針はそれで固まっていた。


見つかる敵の大半は、目的もなく徘徊する魔物の群れだ。

だが時折、明らかにこちらを観察する動きが混じる。


「カーネリカの残党か、あるいは他拠点の偵察か」


グレインがつぶやく。


「誰の仕業かは分かりませんが、偵察に来るということは、意識はされているということですね」


キレルは悩ましい顔つきで言った。


「千人以上が堂々と住んでいる拠点は他にない。注目は避けられん」


グレインの言うことはもっともだった。


そして、ある日の夜。


夜は人間の見張り能力が落ちる時間帯だ。月明かりくらいしか頼りがない。

塔の上で、テラの視界に動きが入る。


東。距離はまだある。

森の縁が不自然に揺れ、闇の中に黒点が膨らんでいく。数が多い。散開幅も広い。


数は三百近い。


群れの後方に、形の違う影が混じっていた。

指揮官らしきドミナス。


同時に、北西。

森の中を縫うように進んできたのか、発見が遅れた。こちらも群れだが、東ほどではない。百前後。

目立つ指揮官は確認できない。


二つ。時間差。方向違い。

この規模はこれまでと違う。


テラは即座にグレインを呼び、指示を出した。


「グレインはレムリア二十名を連れて北西の一団を叩け。

ヴァンにレムリア五名と戦える人間を付けて街の警備に当たらせろ。

非戦闘員は城の地下へ避難だ。マルディナとキレルに誘導をさせろ。

残りのレムリアは避難民の護衛だ」


命令は明確で、迷いがない。


「東は私が受け持つ」


誰も異論を挟まない。

テラが最大勢力を一人で受け持つのは、これまでの実績から当然視されていた。


出撃直前、テラはグレインに声をかける。


「無理はするな。危険なら戻れ」


優しさではない。

貴重な戦力を無駄にするな、という意味だ。


グレインはすぐ理解して応じたが、内心で一瞬だけ考える。

テラ不在の街に魔物を入れたら被害が増える——


だが疑問はすぐに飲み込んだ。

彼女がそう言うのだ。なら、そうなのだろう。


指示を出したテラは再び塔へ登り、東の群れを改めて捉える。

散開幅が広い。警戒している。距離はあるが、時間は多くない。


彼女はその場を動かない。

ただ、右腕の流体金属が変化を始め、長大な銃身を形成した。

背丈を超える狙撃銃の形状。


目元には計測器が生成される。


テラは塔の上で低くしゃがみこむ。


照準。

銃口に光が収束する。


発射。


重い拳銃弾のような轟音が闇夜に響きわたる。

出撃するグレインはその音に振り返り、主塔から伸びる巨大な光の矢を見た。


「相変わらず規格外な女王だ」


笑いながら、馬を進める。


テラの放った光の矢は一直線に指揮官の位置へ。


「!!」


ドミナスは言葉を発する間もなく、前方を進んでいた魔物の一段ごと消し飛んだ。


群れが乱れる。

しかし退かない。さらに散開し、接近速度を維持する。


「退かない」


指揮官を撃破すれば撤退すると期待したが、外れた。

魔物たちはここへ向かう明確な目的を保っている。


銃口がわずかに動く。

光が再び集まり——


次弾。さらに次弾。


銃撃音が夜に反響する。


照準は正確無比。

弾速は音速を優に越え、闇の中の群れを、一体ずつではなく塊ごと削る。

焼き払われた魔物は形を保てず、灰と断片になって散った。


北西では——


「突撃!」


グレインの号令。

二十騎が隊形を崩さず、魔物の集団へ突進する。


この数ヶ月間、グレインは個々の戦力向上より、集団戦能力を重視してきた。

三人なら三人、五人なら五人、十人なら十人。

人数が変わっても形が崩れない動き方を、何度も何度も叩き込んでいる。


騎馬はまるで一体の生き物のように動き、群れを切り崩す。

低位の魔物は、統率された動きに対応できない。


無理な押し込みはしない。

だが確実に、群れを葬っていく。


その頃、街。


ヴァンは警戒線に立ち、闇を睨んでいた。

耳を澄まし、壁の外を感じ取ろうとする。


「今回は出番なしかな……」


小さく、期待を混ぜてつぶやく。

だが、空気は落ち着かないまま続いた。


地下。


改築された避難所は広い。

老人、女性、子供たちが収容され、灯りが揺れている。


マルディナが声を張る。


「安心して。必ず戦闘は終わるわ」


キレルは落ち着いた声で祈りを唱え、皆を落ち着かせた。


フィオナはルヴィと共に、怯える子供を励ます。


「大丈夫。テラ様もみんなもいる」


住民の多くも無事を信じていた。

これまでも避難は何度かあった。そのたびに日常へ戻れている。今回も大丈夫だ。


誰もが、そう信じていた。

——だが、これまでとはまるで違う数の敵が襲来していることを、まだ知らない。


再び東側。


大方の敵を掃討したテラは主塔から降りていた。

長銃は姿を消している。


外壁の外に出ると、脚部を変化させた。

足の裏が淡く発光し、地面を離れる。

直後、脚の後ろから衝撃が走り、テラは地面を滑るように加速した。


群れへ。


躊躇なく突撃し、光刃が暴れる。穿つ。裂く。

彼女が通った後には、切断され、灰と化した魔物の残骸が残る。


東の敵は沈黙した。


地下避難所。


地上では期待どおり、撃退が進んでいる。

いつもより時間が長い。だが誰も呼びにこないということは、まだ「ここを捨てろ」という合図ではない。


そろそろだろう、という空気が広がる。

子供たちは避難中であることを忘れ、遊び始めていた。


その時。


広間中央の床に、黒い影が浮かぶ。


最初は薄い染みのようだった。

だがそれは徐々に広がり、濃くなり、影そのものが床から迫り上がってくる。


一同は呆然と見つめていた。


影が形を結ぶ。

現れたのは二メートルを超えるドミナス。


全身は漆黒。

目の部分だけが白く光る。


空気が変わる。

人々の喉が鳴り、悲鳴が遅れて爆発した。


キサリアの名を持つドミナスは周囲を見回す。


「うまく地下に出たようだな」


低い声。


「ガルムの反応がない。地上の奴らは辿り着けなかったか。

やはりカーネリカ様を倒した奴らだけのことはある」


一人で語った後、避難民たちに目を向ける。

獲物を狩る目。


その前に、人影が出た。


アルグランドと二名のレムリア。

避難民警護を任されていた者たちだ。


アルグランドが笑うように話しかける。


「ドミナスがこそこそと侵入とはな。主の敵討ちにでも来たのか」


剣を抜く。


キサリアもまた、笑いながら答える。


「敵討ちか。違うな。カーネリカ様は主人ではあったが、敵を討つなどという熱い感情は持ち合わせていない」


白い瞳が揺れもしない。


「だがな、我らにも種としてのプライドがある。

おめおめと城から逃げ出したまま、貴様らに何の痛みも与えていないのでは、自らを許せぬ。」


アルグランドは内心で息を飲む。


(ドミナスにも色々いるようだ。人間臭い動機で動く奴がいるとはな。しかも狙いが避難民とは……)


だが口に出す言葉は鋭くなる。


「プライドが聞いて呆れる。狙いが避難民とは、ますます薄汚い」


キサリアは堂々と返す。


「何を失うことが貴様らの痛みになるかを考えた結果だ。

テラに少しの傷を与えるよりも、死体の山を残してやる方が貴様らにとってよほど辛かろう」


アルグランドの歯が噛み合う。


「ふん……貴様の趣向などどうでも良い。ここで殺すだけだ」


改めて剣を構える。他のレムリアもそれに続く。


三人での戦い方。

何度も訓練を重ねている。


対峙。


最初に動いたのはレムリアたちだった。


アルグランドの両脇を固める二名が同時に踏み出す。

真正面からではない。左右に開き、キサリアを挟む位置を取る。


三人で戦うための型。

繰り返し訓練してきた動きだ。


右のレムリアが先に間合いへ入る。

斬撃は胸元を狙う。


わずかに遅れて、左が踏み込む。

初撃への反応を見て、別角度から刃を通す。


そして最後にアルグランド。

二人が作った隙へ、決定打を入れる。


誰かが防がれても構わない。

三撃目が入ればいい。


――入るはずだった。


キサリアの右腕が伸びる。


速い。

右から迫ったレムリアの胸を、そのまま貫いた。


同時に、左手の指先が白く光る。

放たれた光が、もう一人の体を正面から貫通した。


二人が崩れる。


それでもアルグランドは踏み込む。

躊躇はない。


刃は届く。

だが、止まった。


キサリアの体表に薄い光の膜が浮かび、剣を受け止めている。


衝撃が腕に伝わる。


アルグランドは即座に距離を取った。


目の前には倒れた二人。

一瞬で、形勢が崩れた。

キサリアが冷笑する。


「やはりテラ以外の奴らはこんなものだな」


惨状を見て、避難民から再び悲鳴が上がる。

地下は危険だ——誰もが同じ判断に至った。


キレルとマルディナが号令をかける必要もない。

皆が出口へ向かって走り出す。


しかし——


出入口を、いつのまにか光の膜が覆っている。


「触るな!」


キレルの叫びも虚しく、膜に飛び込んだ女が揺らぎ、消滅した。


出口はない。


地下は巨大な袋小路に変わった。


【現在の保護対象:1009人】

【増減:-3人】

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