Chapter 1 導入 ―― 空から来るもの
十四世紀の欧州。
世界はすでに、人間のものではなかった。
十年前、突如現れた“魔族”によって、地上の秩序は一夜で終わった。
やがて人々は、彼らをドミナスと呼ぶようになった。
王国も軍も宗教も、抵抗らしい抵抗をする前に崩壊した。
人々は都市を追われ、森の奥、洞窟、地下の遺跡などで、火を隠し、音を殺して生きている。
見つかれば終わるからだ。
ドミナスは人間を支配しなかった。
家畜にも、奴隷にも、研究対象にも――しなかった。
ただ、興味を持たなかった。
野良犬をいちいち絶滅させようとは思わない。
だから人は生き残った。
見逃されることでしか、生き延びられなかった。
だが――変化が起きる。
ある時から、生き延びた人間の中に、
異常な生命力を持つ者が現れ始めた。
彼らは後に「レムリア」と呼ばれる。
異様な回復力。人間離れした身体能力。
そして、ドミナスに似た“力”の行使。
それは奇跡ではなく、変質だった。
人間の体が、ドミナスの力に適応してしまったのだ。
この事実を知った時、
ドミナスは初めて人間に明確な行動を起こす。
――絶滅。
放置から、駆除へ。
人類は、ようやく敵として認識された。
そして今。
夜空を裂く光が、音もなく落ちていく。
誰にも見られることなく、雲を貫き、ただ真っ直ぐ――地上へ向かっていた。
やがて光は森の奥へ消える。
衝撃は、大地を揺らさず、ただ、地面が静かに抉れただけだった。
そこには物体があった。
巨大な金属の塊。
舟のようにも、殻のようにも見える構造物が、半ば地面に沈んでいる。
表面には焼けた跡すらない。
まるで最初からそこに存在していたかのように、静かだった。
やがて側面が開く。
内部の闇の中から、足音が響く。
――金属音。
現れたのは人ではない。
骨格の露出した機械。
関節ごとに分割された金属の肢体。
それが地面へ降り立つ。
数秒、停止。
次の瞬間、変化が始まる。
全身の隙間から黒い流動金属が溢れ出し、外骨格を覆う。
表面を滑り、収束し、形を整えていく。
肩の輪郭が変わり、腕の太さが均一化される。
脚部が細く再構成され、足裏が地面へ最適化される。
最後に、頭部が覆われ、顔が形成される。
数秒後、そこに立っていたのは人型だった。
人の輪郭をしている。
だが衣服という概念が存在しない。
全身は一体の黒い外殻で構成され、布の縫い目も装甲の継ぎ目もない。
それでいて胸部や腹部には、まるで衣装の裁断のようなラインが走り、青白い光が細く脈動していた。
脚はすらりと伸び、完成された姿勢を保っている。
肌は存在しない。
だが顔だけは人間と見分けがつかない。
白銀の髪。
感情のない整いすぎた輪郭。
そして、緑に発光する瞳。
生体の気配が一切ないまま、そこに“人の形”だけが成立していた。
それは初めて、周囲を見た。
位置 フランス・レンヌ近郊
気温 二十三度
大気 正常
人類の反応数 極少。
(事前情報と一致しないな。絶滅寸前…隕石でも落ちたか。いや、大気は正常だ)
(人間がいないのは困る。すぐに見つけねば。まずはレンヌに行くのが正解だな)
彼女はレンヌの方角を確認すると、脚部にエネルギーを集約させた。表面の青いラインが脚部のみ強く光っている。
彼女は大きくしゃがみ込み、地面を強く踏みつける。
そして――跳躍。
彼女は弾丸の如く、空に飛び立った。




