第9話:法廷での完全勝利
私は、黄金のスコップを地面から引き抜きました。
農園の入り口には、数百人の王宮騎士団が隊列を組んでいます。
その中心で、セドリック様が勝ち誇ったような笑みを浮かべていました。
「リゼット! 貴様の勝手もここまでだ。この農園は国家の重要拠点として、本日をもって王家が強制収用する!」
重々しく読み上げられた布告。
周囲で見守っていた隣領の騎士たちが、殺気立って剣を抜きかけます。
ですが、私は片手を挙げてそれを制しました。
「殿下。それは、現国王陛下のご意志ということでよろしいでしょうか?」
「当たり前だ! 飢えに苦しむ民を救うため、僕が直々に進言したのだ」
「あら、それは奇遇ですわね」
私は魔法の鞄から、一通の古い羊皮紙を取り出しました。
それは、第一話でセドリック様にサインさせた「婚約解消合意書」。
そして、その裏に隠されていたもう一つの効力です。
「建国女王の法、第十九条。――『慰謝料として譲渡された土地および財産は、有責側がこれを取り消すことを禁じ、もし不当に奪おうとした場合は、その地位を永久に剥奪する』」
「な……!? 何を言っている!」
セドリック様の顔が、一瞬で土気色に変わりました。
私は一歩、前へ踏み出しました。
「この合意書には、魔法のインクで殿下の署名がございます。私がこの農園を譲り受けたのは、正当な慰謝料として。それを強制収用することは、建国女王の法への反逆。つまり、王位継承権の放棄を意味しますわ」
「う、嘘だ! そんな法、聞いたこともない!」
「地味な事務作業を私に押し付けて、法典を一度も読まなかった殿下の落ち度ですわね」
その時、騎士団の背後から重厚な鐘の音が響きました。
現れたのは、隣国へ向かったはずのクラウス様。
そして、その隣には、厳しい表情をした国王陛下の姿がありました。
「……セドリック。リゼット殿の言う通りだ」
「父上!? なぜ、ここに……!」
「クラウス公爵から、お前の愚行の数々を報告された。関税の不正操作、そして建国の法への挑戦。……もはや、お前を王太子としておくわけにはいかぬ」
国王陛下の宣告に、セドリック様はその場に膝をつきました。
彼はそのまま、近衛騎士たちによって連行されていきました。
かつて私を「地味」だと笑った男の、あまりに惨めな結末でした。
「……終わりましたわね」
私は深く息を吐き、黄金のスコップを杖にしました。
肩の荷が、すとんと落ちたような感覚です。
「リゼット。よくやったな」
クラウス様が歩み寄り、私の手を包み込むように握りました。
大勢の騎士や国王様が見ている前で、彼は私の指先にそっと唇を寄せました。
「これで、誰にも邪魔されずに野菜を作れるな。……俺との、結婚の準備も。いいだろう?」
「……あら、それはまた別の契約が必要ですわよ」
私は顔が熱くなるのを隠すように、ふいっと空を見上げました。
空はどこまでも高く、澄み渡っています。
不当な婚約破棄から始まった私の逆転劇。
それは、世界一の富と、そして隣にいる騎士様の心を手に入れるという、予想以上の結果をもたらしたのでした。




