第7話:月夜の収穫祭と初恋の味
月がこれほどまでに、美しいと知っていましたか?
王都にいた頃の私は、深夜まで続く書類仕事に追われていました。
窓の外を見る余裕すらなく、ただ冷めたお茶を啜る毎日。
ですが、今の私の頭上には、吸い込まれそうなほど深い紺色の空が広がっています。
今日は収穫祭です。
といっても、私とクラウス様、それに騎士団の数人だけの小さな集まり。
私はこの日のために、大切に育てた「魔法の米」を収穫しました。
「リゼット、これは何を作っているのだ?」
クラウス様が、不思議そうに私の手元を覗き込みます。
私は蒸し上げたばかりの白い餅を、魔法で丁寧にこねていました。
「前世……いえ、私の秘蔵のレシピですわ。名は『イチゴ大福』と申します」
「イチゴダイフク……?」
私は昨日摘んだ甘いイチゴを、甘く煮た豆のペーストで包みました。
それをさらに、柔らかな餅で包み込みます。
白くて丸い、まるで今夜の満月のようなお菓子の完成です。
「さあ、召し上がれ。少し、頬張るのが大変かもしれませんけれど」
クラウス様はおずおずと、白い塊を口に運びました。
そして、一気に噛み締めます。
「…………っ!」
彼は目を見開き、口元を押さえました。
餅の柔らかさ、豆の甘み、そしてイチゴの鮮烈な酸味。
それらが口の中で完璧なハーモニーを奏でたのでしょう。
「……信じられない。この世にこれほど優しい食べ物があるとは」
「ふふ、お気に召して良かったですわ」
「リゼット、貴様は魔法使いか? 俺の荒んでいた心が、この甘みで溶かされていくようだ」
クラウス様の氷のような瞳が、熱を帯びて私を射抜きました。
月明かりに照らされた彼の顔は、いつにも増して端正で。
不意に彼の手が私の頬に伸び、餅の粉をそっと拭いました。
「……粉がついているぞ」
「あ、ありがとうございます……」
彼の指先が触れた場所が、熱を帯びていくのがわかります。
静かな夜の空気。
虫の声と、隣にいる彼の体温。
これこそが、私が求めていた本当の「癒やし」なのかもしれません。
……しかし。
そんな幸福な時間は、一通の羽虫のような魔導通信によって破られました。
「リゼット、大変だ。王都から緊急の通達が届いた」
騎士の一人が、青ざめた顔で駆け寄ってきました。
彼の手にあるのは、王太子の判が押された公式な文書。
『ドクロヶ原における農産物の王都輸出に関し、本日より関税一〇〇パーセントを課す。また、全収穫量の半分を王家へ無償提供せよ』
あまりの理不尽な内容に、私の頭は一瞬で冷えました。
「……関税一〇〇パーセント? 収穫の半分を無償提供?」
「セドリックの奴、なりふり構わず嫌がらせをしてきたか」
クラウス様が低く唸り、文書を握りつぶしました。
王太子は、私が兵糧攻めをすれば泣いて戻るとでも思っているのでしょう。
ですが、彼は大きな間違いをしています。
私は農家である前に、一人の計算高い経営者なのですから。
「クラウス様、少し早いですが、おひとり様農園の『経営拡大』の時が来たようですわ」
私は冷ややかな笑みを浮かべ、黄金のスコップを握り直しました。
嫌がらせには、それ以上の規模の「逆転」でお返しするのが私の流儀です。




