表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第2章追加!】婚約破棄された悪役令嬢が枯れた大地で掴んだのは最高の安眠でした。  作者: 月雅
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/20

第2話:灰色の地、ふかふかになる


「お嬢様、本気でここで降りるのですか?」


御者の男性が、怯えたような声で私に問いかけました。


無理もありません。

馬車の窓から見える景色は、まさに「死の土地」でした。

地面はひび割れ、灰色の砂埃が舞っています。

遠くに見えるのは、不気味にそびえ立つ真っ黒な森だけです。


「ええ、ここで間違いありませんわ。ご苦労様でした」


私はチップとして多めの銀貨を渡し、地面に降りました。

王都で履いていた華やかなパンプスは、すでに昨日の宿で捨てました。

今の私の足元を支えるのは、特注の丈夫な革のブーツです。


馬車が逃げるように去っていく音を聞きながら、私は大きく伸びをしました。


「さあ、始めましょうか」


私は魔法の鞄から、一本のスコップを取り出しました。

公爵家を去る際、唯一持ち出した私物です。

黄金色に輝くそれは、土属性の魔力を数倍に増幅させる伝説の魔導具。

……といっても、王都の連中には「ただの派手な置物」だと思われていましたが。


私はスコップを地面に突き立て、深呼吸をしました。

前世、農業法人の経営者として土を愛し、土に生きた記憶を呼び覚まします。


この土地が「死んでいる」と言われる理由は、魔力が枯渇しているからではありません。

逆です。

深層に魔力が溜まりすぎて、表面の土が「窒息」しているのです。


「根詰まりを起こしているなら、ほぐしてあげるのが礼儀ですわね」


私はスコップに魔力を込めました。

黄金の輝きが地面に吸い込まれていきます。


「耕せ!」


ドォォォォォン!


爆音と共に、灰色の地面が大きく跳ね上がりました。

ひび割れた大地が裏返り、奥底に眠っていた黒々とした土が顔を出します。

同時に、地中に溜まっていた過剰な魔力が、心地よい温かな風となって吹き抜けました。


私の目には見えます。

土の中に含まれる微生物たちが、一斉に目覚めて「ありがとう」と歌っているのが。


「ふふ、いい子たちですわ」


私は魔法の鞄から、さらに「栄養剤」を取り出しました。

王都の薬師たちが「万病に効く高価な薬」として売っている聖水です。

私にとっては、ただの高品質な液体肥料に過ぎません。


それを惜しげもなく、バケツ一杯分、地面に撒きました。

みるみるうちに、灰色の荒野は「ふかふかの黒土」へと姿を変えていきます。

鼻をくすぐる、湿った土の匂い。

これこそが、世界で一番贅沢な香水です。


一時間もすれば、見渡す限りの灰色の地が、美しい黒色のキャンバスに変わりました。

私は満足して、スコップを杖代わりに立ち上がりました。


「さて、次は住居の確保ですわね」


私は鞄から、折り畳み式の「魔導テント」を取り出しました。

広げれば三部屋とキッチンが付いている優れものです。

これを設置しようとした、その時でした。


「……おい。そこで何をしている」


低く、冷ややかな声が背後から響きました。

私は驚いて振り返りました。


そこには、漆黒の毛皮を纏った一人の男性が立っていました。

夜の闇を溶かしたような黒髪。

氷のように鋭い青い瞳。

そして、目の下には隠しきれないほど濃い隈があります。


「……不法侵入か? ここは『黒の森』の隣接地だ」


彼は腰に下げた剣の柄に手をかけています。

ですが、私には剣よりも気になることがありました。


(まあ、なんてひどい顔色。この方、三日は寝ていませんわね?)


前世、徹夜続きだった頃の自分を思い出して、胸が痛みました。

不審者を見る目というよりは、あまりの眠さに理性が限界を迎えている目です。


「怪しい者ではありませんわ。私はリゼット。今日からこの土地のあるじになる者です。……それより貴方、少し休まれた方がよろしいのでは?」


「……主だと? ここは死の土地だ。休む暇など……」


彼は言いかけて、言葉を失いました。

自分の足元。

つい先ほどまで灰色の岩盤だった場所が、今は指が沈み込むほど柔らかい黒土に変わっていることに気づいたからです。


「この土は……なんだ。風が、温かい……?」


「土が呼吸を始めたのです。よろしければ、これでも召し上がりますか?」


私は鞄から、道中で買った干し肉……ではなく。

魔法で鮮度を保っていた、真っ赤な「完熟イチゴ」を一粒、彼に差し出しました。


彼は疑わしそうに私を見ましたが、ふらつく手でイチゴを受け取り、口に運びました。


「…………っ」


彼の瞳が、大きく見開かれました。

甘酸っぱい果汁が、彼の乾いた喉と心を潤していくのがわかります。


「……うまい。こんな味、今まで……」


彼はそのまま、イチゴのヘタを握りしめたまま、カクンと膝をつきました。

そして、ふかふかの黒土の上に倒れ込みます。


「ちょっと! 大丈夫ですの!?」


慌てて駆け寄ると、彼は小さな寝息を立てていました。

土の温もりと、イチゴの糖分。

それが、限界だった彼の緊張を解いたようです。


私は苦笑いしながら、魔導テントの設営を中断しました。

まずは、この行き倒れの公爵様を、柔らかい土の上から寝台へ運んであげなくてはなりません。


「まったく。これでは農作業の前に、介護ライフの始まりですわね」


私は黄金のスコップを地面に刺し、空を仰ぎました。

王都では味わえなかった、澄んだ空気が肺を満たします。


成り上がりへの第一歩は、どうやら不眠症の公爵様を癒やすことから始まるようです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ