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【第2章追加!】婚約破棄された悪役令嬢が枯れた大地で掴んだのは最高の安眠でした。  作者: 月雅
第2章

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第9話:聖女の就職活動


私は、ごわごわとした厚手の作業着オーバーオールを、聖女エリナ様に突きつけました。


「採用です。ただし、試用期間中はトマト現物支給のみ。それでもよろしくて?」


「はいっ! ありがとうございますぅ! 一生ついていきます、リゼット姉様!」


「……姉様はやめてくださいな」


私の魔導テントの前で、即席の就職面接が行われました。

エリナ様は、私が渡した作業着を宝物のように抱きしめています。

純白の聖女服しか着たことがない彼女にとって、泥汚れに強いデニム生地は新鮮に映るようです。


「さて、貴女の仕事ですが……。畑を耕すのではありません」


「えっ? 違うのですかぁ? 私、スコップなら自信がありますぅ(物理攻撃的な意味で)」


「いいえ。貴女には、もっと重要な『設備』になっていただきます」


私は彼女を連れて、農園の奥に設置したガラス張りの温室へと向かいました。

ここは、季節外れの野菜や、繊細なハーブを育てるための特別区画です。

しかし、冬場はどうしても日照時間が足りず、成長が遅れるのが悩みでした。


「エリナ様。貴女の魔法を、この温室の中で全力で放ってください」


「ここで、ですか? でも、また枯らせてしまうかも……」


「大丈夫です。貴女の魔力は『浄化』ではありません。……『育成』と『光合成促進』ですもの」


私は確信を持って言いました。

先日のスープ対決の夜、彼女の魔力を分析してわかりました。

教会は彼女の力を派手な演出(発光現象)に使わせていましたが、それはエネルギーの無駄遣いです。

彼女の本質は、植物に生命力を注ぎ込む「太陽」そのもの。


「さあ、イメージして。貴女は太陽。野菜たちに『美味しくなあれ』と語りかけるのです」


「美味しくなあれ……。美味しくなあれ……」


エリナ様がおずおずと両手を掲げました。

ふわり、と。

彼女の体から、以前のような攻撃的な閃光ではなく、柔らかく温かい金色の光が溢れ出しました。

それは春の日差しのように優しく、温室全体を満たしていきます。


ボッ、ボッ、ボッ。


目に見えて変化が起きました。

青かったトマトの実が、みるみるうちに赤く色づいていきます。

しおれかけていたハーブが、背筋を伸ばして緑を濃くしました。


「す、すごいですぅ! 私の魔法で、野菜たちが笑っていますぅ!」


「ええ、完璧ですわ。今日から貴女の役職は『人間照明係グロウ・ライト』です」


「人間照明……? よくわかりませんが、かっこいい響きですぅ!」


単純で助かります。

これで、冬場の生産効率は三倍、暖房費も削減できます。

聖女を農業用資材として活用する。

罰当たりかもしれませんが、彼女自身が楽しそうなので良しとしましょう。


「リゼット。……こき使うのもいいが、ほどほどにな」


様子を見に来たクラウス様が、苦笑しながら声をかけてきました。

その手には、差し入れの冷たい果実水が握られています。


「あら、人聞きが悪いですわ。これは適材適所というものです」


私たちは温室を出て、一休みすることにしました。

エリナ様は作業着に着替え、泥だらけになりながらも、幸せそうにトマトを収穫しています。

平和な光景です。

枢機卿が去り、厄介な聖女も味方につけ、私の農園は盤石な体制となりました。


しかし。


「……ん?」


エリナ様が不意に動きを止め、農園のさらに奥――「黒の森」の方角を見つめました。


「どうしましたの?」


「……今、何か聞こえました。遠くの方で、誰かが私を呼んでいるような……」


彼女の碧眼へきがんが、うつろに揺らぎました。

同時に、地面が微かに、本当に微かに振動したのを私は感じ取りました。

私の「土感知」能力だけが捉えられる、深く低い地鳴り。


ズズズ……。


「……リゼット。今の揺れはなんだ」


クラウス様も剣の柄に手をかけ、鋭い視線を森へ向けました。


「地震……ではありませんわね。もっと規則的な、機械が動くような振動でした」


私の脳裏に、先日森で見つけた「謎の遺跡」がよぎりました。

植物と歯車の紋章。

そして、エリナ様の魔力に反応して光った入り口。


まさかとは思いますが。

私の「人間照明係」が放った強烈な魔力が、森の奥で眠っていた「何か」を目覚めさせてしまったのでしょうか。


「……気のせいだといいのですけれど」


私は胸騒ぎを覚えながら、楽しそうに笑うエリナ様を見つめました。

彼女の無自覚な魔力は、野菜だけでなく、もっと厄介なものまで育ててしまうのかもしれません。


空には、まだ昼の月が白く浮かんでいました。

平和な就職初日。

ですが、足元の土の底では、既に新しい物語の歯車が回り始めていたのです。


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