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【第2章追加!】婚約破棄された悪役令嬢が枯れた大地で掴んだのは最高の安眠でした。  作者: 月雅
第2章

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第8話:胃袋は嘘をつかない


「勝負あり! ……判定、全員一致でリゼット・フォン・ベルモンド!!」


審判役のカルロが大声を張り上げると同時に、割れんばかりの拍手が巻き起こりました。


それは、ラングレー家の騎士たちだけではありません。

聖教国の騎士たちまでもが、空っぽになった器を掲げ、スタンディングオベーションを送っています。

彼らの顔には、満腹の幸福感と、美味しいものを食べた後の恍惚こうこつとした表情が浮かんでいました。


「そんな……馬鹿な……」


バルガス枢機卿だけが、青ざめた顔で立ち尽くしています。

彼の足元には、誰にも手を付けられなかった「聖なる白粥」が寂しく残されていました。


「不正だ! これは不正だ!」


枢機卿が金切り声を上げ、私を指差しました。


「貴様、スープの中に何か薬を入れたな!? 幻覚剤か、あるいは洗脳魔法か! でなければ、誇り高き聖教騎士団が、こんな泥臭い煮込みに屈するはずがない!」


見苦しい言い訳です。

私はお玉を置き、腕組みをして彼を見下ろしました。


「薬など不要ですわ。入っているのは、新鮮な野菜と、良質な肉、そして適度な塩分。……人間が生きるために必要なものだけです」


「黙れ! 異端の魔女め! この勝負は無効だ! 全軍、この女を捕らえろ!」


枢機卿が命令を下しましたが、騎士たちは困ったように顔を見合わせるだけです。

満腹で動けないのと、美味しいスープをくれた料理人に剣を向ける気になれないのでしょう。


「……バルガス枢機卿。もう、おやめください」


凛とした声が響きました。

騎士たちの列から、一人の少女が進み出ます。

フードを脱ぎ捨てると、そこには口元にスープの染みをつけた聖女エリナ様の姿がありました。


「せ、聖女様!? 探しておりましたぞ! まさか人質に……!」


「人質ではありません。私は自分の意志で、このスープを並んで食べました」


エリナ様は私の方を向き、にっこりと微笑みました。

そして、枢機卿に向き直ると、毅然とした態度で告げました。


「バルガス様。貴方はいつも『奇跡』と言いますが、本当の奇跡とは何でしょう? ……空腹を満たし、冷えた体を温め、明日への活力を与える。リゼットさんのスープには、それが全て詰まっていました」


「なっ……!?」


「私の『光』では、お腹は膨れません。でも、このスープは私を救ってくれました。……これが、本物の奇跡ですぅ!」


最後だけいつもの口調に戻ってしまいましたが、彼女の言葉は決定打となりました。

聖教国の象徴である聖女が、私の勝利を認めたのです。

もはや、枢機卿に勝ち目はありません。


「くっ……おのれ、エリナ……! 教会を裏切るつもりか!」


枢機卿はギリギリと歯を鳴らし、後ずさりました。

完全に孤立無援。

ここで引き下がるのが、賢い大人の選択というものです。


「……勝負はつきましたわね、枢機卿」


私は魔法の鞄から、プラスチック製の保存容器タッパーを取り出しました。

そして、鍋底に残っていたスープを詰め込みます。


「約束通り、軍を引いていただきましょう。ああ、それとこれ。お土産ですわ」


私はタッパーを彼に差し出しました。


「な、なんだこれは……」


「余り物ですけれど、味は保証します。貴方、さっきからお腹が鳴っていますもの。……帰り道で召し上がれ」


「き、貴様ぁぁぁ!!」


枢機卿は屈辱に顔を歪めながらも、ひったくるようにタッパーを受け取りました。

やはり、お腹は空いていたようです。


「覚えていろ……! この地はただの農園ではない! 古代の契約によって、いずれ必ず『あの方』のものとなるのだ! その時になって泣いても遅いぞ!」


枢機卿は不穏な捨て台詞を残し、逃げるように馬車へ乗り込みました。

騎士たちも、私とエリナ様に一礼してから、慌ててその後を追っていきます。


嵐が去り、広場には平和な満腹感が残されました。


「やれやれ。ようやく静かになりましたな」


クラウス様が私の隣に来て、肩を抱きました。

勝利の余韻に浸りたいところですが、一つだけ問題が残っています。


「あの……リゼットさん」


エリナ様が、もじもじしながら私の袖を引きました。


「枢機卿たちは帰ってしまいましたけれど……私、置いてけぼりですぅ」


「……あら」


そういえば、彼女は帰りの馬車に乗っていませんでした。

いえ、正確には、乗ろうともしていませんでしたね。


「私、国には帰りません! リゼットさんのところで働かせてください! お給料はトマトでいいですぅ!」


エリナ様はキラキラした目で懇願してきました。

聖女を農作業員として雇う。

国際的には大問題ですが、労働力不足の我が農園としては、喉から手が出るほど欲しい人材です。


「……ふふ。よろしいですわ。ちょうど、ビニールハウスの『照明係』が欲しかったところですもの」


「照明係……? よくわかりませんが、頑張りますぅ!」


こうして、聖教国との戦争は、私の完全勝利で幕を閉じました。

しかし、枢機卿が残した「古代の契約」という言葉。

それが何を意味するのか、この時の私はまだ知る由もありませんでした。


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