第7話:決戦のスープ対決
本当に美味しい料理とは、何が決めるのでしょうか?
素材の良さ? 料理人の腕?
いいえ、もっと原始的で、絶対的な調味料があります。
それは「空腹」です。
決戦の日。
農園の中央広場には、長テーブルがずらりと並べられました。
その両端に、ラングレー家の騎士団と、聖教国の騎士団が向かい合って座っています。
「これより、食の御前試合を執り行う!」
審判役のカルロ(私が雇った丸眼鏡の商人)が高らかに宣言しました。
先攻は、バルガス枢機卿です。
彼は恭しく、銀の盆に乗った小さな器を配らせました。
「味わうがいい。これぞ我が国が誇る秘薬『エリクサー』をふんだんに使った、聖なる白粥である!」
器の中には、白くドロリとした液体が入っています。
湯気からは、薬品特有のツンとした匂いが漂いました。
「エリクサーだと!? 一瓶で城が買えるほどの高価な薬だぞ!」
騎士たちがざわめきます。
確かに効能は素晴らしいでしょう。
一口飲めば、古傷も治り、体力も全快するはずです。
「さあ、飲み干せ! 神の恩恵を体感するのだ!」
枢機卿の命令で、聖教国の騎士たちが一斉に匙を口に運びました。
「うっ……!」
「に、苦い……」
あちらこちらで、呻き声が漏れました。
良薬口に苦しとは言いますが、彼らの表情はまるで拷問を受けているようです。
健康にはなるでしょうが、心は全く癒やされていませんわね。
「次! ラングレー公爵夫人、リゼット殿!」
私の番です。
私はクラウス様に目配せをし、広場の中央に設置した巨大な寸胴鍋の蓋を開けました。
パカッ。
「……!」
一瞬で、広場に爆発的な香りが広がりました。
炒めたタマネギの甘い香り。
完熟トマトの酸味を含んだ濃厚な湯気。
そして、何よりも人々の鼻孔をくすぐる、焼けた肉の脂の匂い。
昨日、クラウス様と仕留めた「キング・ボア」のバラ肉を、厚切りにしてカリカリに焼き、スープに投入したのです。
名付けて、『リゼット特製・森の恵みのミネストローネ』。
「な、なんだこの匂いは……!?」
聖教国の騎士たちが、鼻をヒクヒクさせています。
先ほどの苦い薬で萎縮した胃袋が、この暴力的なまでの「旨味の香り」によって強制的に再起動させられていくのがわかります。
「仕上げですわ」
私は指先をパチンと鳴らしました。
土魔法の応用。
空気中の水分を操り、スープの香りを風に乗せて、騎士たちの鼻先へダイレクトに送り込みます。
さらに、彼らの足元の土を微振動させ、空腹感を刺激するツボ(足裏)をこっそりマッサージ。
グゥゥゥゥ……!
数百人の腹の虫が、まるで合唱するかのように一斉に鳴り響きました。
もはや、理性の限界です。
「さあ、召し上がれ。焼きたてのパンもご一緒に」
私がスープを配り終えるか終えないかのうちに、騎士たちがスプーンを鷲掴みにしました。
カチャカチャカチャッ!
食器の音だけが、戦場のような勢いで響きます。
「……う、うまい!」
「肉だ! 肉が溶けるぞ!」
「野菜が甘い! なんだこれは、体がポカポカして力が湧いてくる!」
敵であるはずの聖教国の騎士も、涙を流しながらスープを啜っています。
エリクサー入りの粥など、もう誰も見向きもしません。
「ば、馬鹿な……! 神聖な薬よりも、ただの泥つき野菜の方が美味いだと!?」
バルガス枢機卿が呆然と立ち尽くしています。
彼は理解していません。
人は「栄養」だけで生きているのではない。「幸福」を食べて生きているのだということを。
私は鍋の底をさらいながら、勝利を確信しました。
……おや?
ふと見ると、騎士たちの列の最後尾に、フードを目深に被った小柄な人物が混ざっています。
誰よりも必死に、おかわりを要求しているその姿。
(……エリナ様? ちゃっかり並んでいましたのね)
彼女の器には、特別に大きく切ったお肉を入れてあげましょう。
会場は熱気に包まれ、もはや勝敗を判定するまでもありません。
全員が無言になり、ただひたすらに、鍋が空になるまで貪り続けました。




