第6話:農具を手に取れ
戦争にかかる経費を、計算したことはありまして?
騎士一人が動くだけで、食費、人件費、装備のメンテナンス費がかかります。
ましてや国境を越えた遠征ともなれば、その額は天文学的数字。
そんな無駄金があるなら、私は最新式の自動収穫機を買いますわ。
「全軍、構え! 異教徒の農園を焼き払え!」
バルガス枢機卿の号令で、聖教国の騎士たちが剣を抜きました。
対するラングレー公爵家の騎士たちも、殺気立って槍を構えます。
一触即発。
誰かが石ころ一つ投げれば、血みどろの殺し合いが始まる状況です。
「……リゼット。俺の後ろにいろ」
クラウス様が剣を抜き、私を庇うように立ちました。
その背中は頼もしいですが、私は首を横に振りました。
ここで戦争になれば、私の可愛い野菜たちが踏み荒らされてしまいます。
血で汚れた土など、農家としては御免です。
「お待ちになって! 野蛮な真似はおよしなさい!」
私はクラウス様の背中から飛び出し、黄金のスコップを高く掲げました。
朝日を反射して輝くその姿に、聖教国の騎士たちが一瞬怯みます。
「往生際の悪い! 聖女様を隠していることはわかっているのだぞ!」
「隠してなどいませんわ。昨夜、お腹いっぱい食べて帰られましたもの。……恐らく、教会の食事が不味すぎて、帰りたくなくてどこかで昼寝でもしているのではなくて?」
「き、貴様……っ! 神聖な教会を愚弄するか!」
枢機卿が顔を真っ赤にして怒鳴ります。
図星のようですわね。
「バルガス枢機卿。貴方の目的は、この『豊穣の土地』でしょう? ならば、戦争で焦土にするのは得策ではありませんわ」
「……なんだと?」
「提案がございます。血を流す野蛮な戦争ではなく、もっと平和的で、かつ残酷な方法で決着をつけましょう」
私はニヤリと笑い、人差し指を立てました。
「『食の御前試合』です」
戦場に、どよめきが走りました。
クラウス様も目を丸くして私を見ています。
「聖教国は『癒やし』を司る国。ならば、その食事もまた、人々を癒やす最高のものであるはず。……違いますか?」
「と、当然だ! 我が国の聖水と祝福されたパンは、万病を治す!」
「ならば、証明していただきましょう。私の作る『泥つき野菜の料理』と、貴国の『聖なる食事』。どちらが本当に人を癒やし、幸福にするか。……審査員は、この場にいる騎士全員です」
私は両軍の兵士たちを見渡しました。
聖教国の騎士たちは、粗食に耐えて痩せこけています。
一方、ラングレー家の騎士たちは、私の野菜を食べて肌艶が良い。
勝負は見えています。
「もし私が負けたら、この農園も、私の身柄も、全て教会に差し上げますわ」
「リゼット!?」
クラウス様が驚いて声を上げますが、私は手で制しました。
そして、枢機卿を挑発するように見据えます。
「ですが、もし私が勝ったら……。今後一切の干渉をやめ、二度と私の農園に近づかないと誓っていただきます。……まさか、神の加護を持つ枢機卿が、ただの農家に負けるのが怖くて逃げるわけではありませんわよね?」
「……愚かな。後悔するぞ、小娘」
枢機卿の目が、ギラリと光りました。
プライドの高い彼が、この挑発に乗らないはずがありません。
「よかろう! その勝負、受けて立つ! 三日後、この場所で、神の威光を見せつけてやる!」
「成立ですわね。契約書を用意しますから、サインをお願いします」
私は手早く魔法契約書を作成し、彼に署名させました。
これで、戦争は回避されました。
枢機卿は「聖女様を捜索する!」と言い残し、兵を引いていきました。
(恐らく、エリナ様は私の農園のトマト倉庫あたりで寝ていると思いますが、黙っておきましょう)
嵐が去り、静寂が戻った農園。
クラウス様が、大きなため息をついて剣を収めました。
「……リゼット。貴様というやつは。また無茶な賭けを」
「勝算はありますわ。それに、貴方には手伝っていただきますよ?」
「手伝い? 料理の審査か?」
「いいえ。……食材の調達です」
私は農園の奥、深く暗い「黒の森」を指差しました。
枢機卿はおそらく、国宝級の回復薬や秘薬を使ってくるでしょう。
それに対抗するには、ただの野菜だけではパンチが足りません。
「クラウス様。森の奥に住むという、最高に脂の乗った『キング・ボア』を狩りに行きますわよ」
「……またピクニックか。やれやれ、退屈しない妻だ」
クラウス様は呆れたように笑いましたが、その手はしっかりと私の手を握っていました。
さあ、農具を武器(包丁)に持ち替える時です。
私の安眠と農園の平和を守るため、最高の一皿で聖教国を黙らせてやりましょう。




