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【第2章追加!】婚約破棄された悪役令嬢が枯れた大地で掴んだのは最高の安眠でした。  作者: 月雅
第2章

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第6話:農具を手に取れ


戦争にかかる経費を、計算したことはありまして?


騎士一人が動くだけで、食費、人件費、装備のメンテナンス費がかかります。

ましてや国境を越えた遠征ともなれば、その額は天文学的数字。

そんな無駄金があるなら、私は最新式の自動収穫機を買いますわ。


「全軍、構え! 異教徒の農園を焼き払え!」


バルガス枢機卿の号令で、聖教国の騎士たちが剣を抜きました。

対するラングレー公爵家の騎士たちも、殺気立って槍を構えます。


一触即発。

誰かが石ころ一つ投げれば、血みどろの殺し合いが始まる状況です。


「……リゼット。俺の後ろにいろ」


クラウス様が剣を抜き、私をかばうように立ちました。

その背中は頼もしいですが、私は首を横に振りました。


ここで戦争になれば、私の可愛い野菜たちが踏み荒らされてしまいます。

血で汚れた土など、農家としては御免です。


「お待ちになって! 野蛮な真似はおよしなさい!」


私はクラウス様の背中から飛び出し、黄金のスコップを高く掲げました。

朝日を反射して輝くその姿に、聖教国の騎士たちが一瞬怯みます。


「往生際の悪い! 聖女様を隠していることはわかっているのだぞ!」


「隠してなどいませんわ。昨夜、お腹いっぱい食べて帰られましたもの。……恐らく、教会の食事が不味すぎて、帰りたくなくてどこかで昼寝でもしているのではなくて?」


「き、貴様……っ! 神聖な教会を愚弄するか!」


枢機卿が顔を真っ赤にして怒鳴ります。

図星のようですわね。


「バルガス枢機卿。貴方の目的は、この『豊穣の土地』でしょう? ならば、戦争で焦土にするのは得策ではありませんわ」


「……なんだと?」


「提案がございます。血を流す野蛮な戦争ではなく、もっと平和的で、かつ残酷な方法で決着をつけましょう」


私はニヤリと笑い、人差し指を立てました。


「『食の御前試合』です」


戦場に、どよめきが走りました。

クラウス様も目を丸くして私を見ています。


「聖教国は『癒やし』を司る国。ならば、その食事もまた、人々を癒やす最高のものであるはず。……違いますか?」


「と、当然だ! 我が国の聖水と祝福されたパンは、万病を治す!」


「ならば、証明していただきましょう。私の作る『泥つき野菜の料理』と、貴国の『聖なる食事』。どちらが本当に人を癒やし、幸福にするか。……審査員は、この場にいる騎士全員です」


私は両軍の兵士たちを見渡しました。

聖教国の騎士たちは、粗食に耐えて痩せこけています。

一方、ラングレー家の騎士たちは、私の野菜を食べて肌艶はだつやが良い。


勝負は見えています。


「もし私が負けたら、この農園も、私の身柄も、全て教会に差し上げますわ」


「リゼット!?」


クラウス様が驚いて声を上げますが、私は手で制しました。

そして、枢機卿を挑発するように見据えます。


「ですが、もし私が勝ったら……。今後一切の干渉をやめ、二度と私の農園に近づかないと誓っていただきます。……まさか、神の加護を持つ枢機卿が、ただの農家に負けるのが怖くて逃げるわけではありませんわよね?」


「……愚かな。後悔するぞ、小娘」


枢機卿の目が、ギラリと光りました。

プライドの高い彼が、この挑発に乗らないはずがありません。


「よかろう! その勝負、受けて立つ! 三日後、この場所で、神の威光を見せつけてやる!」


「成立ですわね。契約書を用意しますから、サインをお願いします」


私は手早く魔法契約書を作成し、彼に署名させました。

これで、戦争は回避されました。


枢機卿は「聖女様を捜索する!」と言い残し、兵を引いていきました。

(恐らく、エリナ様は私の農園のトマト倉庫あたりで寝ていると思いますが、黙っておきましょう)


嵐が去り、静寂が戻った農園。

クラウス様が、大きなため息をついて剣を収めました。


「……リゼット。貴様というやつは。また無茶な賭けを」


「勝算はありますわ。それに、貴方には手伝っていただきますよ?」


「手伝い? 料理の審査か?」


「いいえ。……食材の調達です」


私は農園の奥、深く暗い「黒の森」を指差しました。

枢機卿はおそらく、国宝級の回復薬ポーションや秘薬を使ってくるでしょう。

それに対抗するには、ただの野菜だけではパンチが足りません。


「クラウス様。森の奥に住むという、最高に脂の乗った『キング・ボア』を狩りに行きますわよ」


「……またピクニックか。やれやれ、退屈しない妻だ」


クラウス様は呆れたように笑いましたが、その手はしっかりと私の手を握っていました。


さあ、農具スコップを武器(包丁)に持ち替える時です。

私の安眠と農園の平和を守るため、最高の一皿で聖教国を黙らせてやりましょう。


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