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【第2章追加!】婚約破棄された悪役令嬢が枯れた大地で掴んだのは最高の安眠でした。  作者: 月雅
第2章

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第5話:真夜中の女子会


「熱いので、気をつけてくださいませ」


私は湯気が立つマグカップを、テーブルにことりと置きました。

中身は会議のために試作した、黄金カボチャのポタージュです。

濃厚な黄色いスープからは、バターとミルク、そしてカボチャの甘い香りが漂っています。


「あ、ありがとうございますぅ……」


エリナ様は恐縮しながら、カップを両手で包み込みました。

泥だらけの聖女服が少し痛々しいですが、その碧眼はスープに釘付けです。


ここは農園の隅にある、私の休憩用魔導テント。

外は真夜中の静寂に包まれていますが、中は魔導具の暖房でポカポカです。


「いただきますぅ」


彼女はふーふーと息を吹きかけ、慎重に一口啜すすりました。


「…………っ!」


エリナ様の目がぱちくりと見開かれました。

そして、ほうっと白いため息を漏らします。


「あ、甘いですぅ……。お砂糖が入っているのですか?」


「いいえ。それはカボチャ本来の甘みですわ。じっくりと加熱して、素材の力を引き出しただけです」


「信じられません……。教会の食堂で出る野菜は、いつも青臭くて、苦くて……。私、本当は野菜が大嫌いだったんですぅ」


エリナ様は恥ずかしそうに俯きました。

聖女が野菜嫌いとは、なかなかのスキャンダルです。

ですが、彼女はカップの中身を愛おしそうに見つめ、また一口。


「でも、リゼットさんの野菜は違います。苦くない。むしろ、体が喜んでいるのがわかりますぅ」


「それは貴女が、ずっと無理をしてきたからでしょうね」


私は彼女の向かいに座り、自分用のコーヒーを飲みました。


「聖女という役割を演じるために、清貧を強いられ、好き嫌いも許されず、常に笑顔でいる。……お腹が空くのも当然ですわ」


「うぅ……。わかってくださるのですかぁ?」


エリナ様の目から、ぽろりと涙がこぼれました。

彼女はまだ十六歳。

普通の少女なら、恋やオシャレに夢中になる年頃です。

それを、あの爬虫類のような枢機卿に管理され、奇跡の道具として扱われている。


同情はしません。

ですが、共感はできます。

私もかつては、ブラックな環境で心をすり減らしていましたから。


「……あのね、リゼットさん。私、本当は『光魔法』なんて使えないのかもしれません」


スープを飲み干したエリナ様が、ぽつりと呟きました。


「え?」


「私の力を使うと、植物は元気になりますけど、いつも少し変なんです。教会の人たちは『奇跡の光だ』って喜びますけど……私には、植物の声が聞こえるような気がして」


植物の声。

私はハッとしました。

先日の騒動で、彼女が展開した結界。

あれは私の土壌菌を殺しかけましたが、一方でトマトの成長自体は促進させていました。


もしや、彼女の魔力の本質は「浄化」ではなく――。


「エリナ様。少し、失礼します」


私はテーブル越しに、彼女の手を取りました。

そして、そっと魔力を流して共鳴を試みます。


「あ、温かい……」


私の土属性の魔力が、彼女の魔力と触れ合った瞬間。

バチッ、と弾けるような感覚ではなく、すっと溶け合うような親和性を感じました。

まるで、土が種を受け入れるような。


(……やはり。彼女の適性は『光』ではありませんわ。『生命操作』……いいえ、もっと原始的な『育成』の魔力です)


教会は彼女の力を「光」と誤認し、派手な演出のために使わせている。

ですが、彼女の本当の才能は、農業にこそ活かされるべきものです。

例えば、日照不足を補う「人工太陽」として。


(……使える)


私の脳内で、そろばんを弾く音が鳴り響きました。

この少女を教会の呪縛から解き放ち、私の農園に取り込むことができれば。

最強の生産体制が整うではありませんか。


「リゼットさん? どうして悪い顔をして笑っているのですかぁ?」


「い、いえ。なんでもありませんわ」


私は慌てて真顔に戻り、空になった彼女のカップにおかわりを注ぎました。


「エリナ様。もし、お腹が空いたらまたいらっしゃい。ここには、教会の規則も枢機卿の目もありませんから」


「……はい! また来てもいいのですかぁ!?」


「ええ。その代わり、食べた分だけ『お手伝い』をしていただきますけれど」


「もちろんですぅ! 私、食べるためなら何でもします!」


単純で、素直で、良い子です。

これなら、すぐにこちらの陣営に引き込めるでしょう。


私たちは秘密の同盟を結び、彼女を裏口から逃しました。


しかし。

翌朝、事態は私の計算よりも早く、最悪の方向へと動き出しました。


「ラングレー公爵家に告ぐ!!」


農園の外から、拡声魔法を使った大音声が響き渡りました。

私とクラウス様が飛び出すと、そこには武装した聖教国の騎士団がずらりと並んでいました。

そして、その先頭にはバルガス枢機卿の姿。


「我が国の聖女エリナ様が、昨夜より行方不明である! 貴様らが拉致したことは明白だ! 直ちに返還せよ、さもなくば武力行使も辞さない!」


「……は?」


私は隣のクラウス様と顔を見合わせました。

昨夜、確かに彼女を帰しました。

まさか、帰り道で迷子になったのでしょうか。

それとも、教会の食事を嫌がって逃げ出したのか。


どちらにせよ、これはただの言いがかりです。

ですが、枢機卿の目は本気でした。

どうやら彼らは、これを口実に「聖戦」を始めるつもりなのです。


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