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【第2章追加!】婚約破棄された悪役令嬢が枯れた大地で掴んだのは最高の安眠でした。  作者: 月雅
第2章

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第4話:風評被害と売上の低下


バタン、と。

私は革張りの分厚い帳簿を、テーブルの上に乱暴に放り出しました。


「……今月の売上、先月比マイナス三〇パーセント。いえ、キャンセル分を含めれば四〇パーセント減ですわね」


私の言葉に、会議室に集まった騎士たちが沈痛な面持ちでうつむきました。

深夜のラングレー公爵邸。

本来なら、私はふかふかのベッドで夢の中にいるはずの時間です。

しかし現実は、冷めたコーヒーを片手に緊急経営会議の真っ最中。


これが、聖教国ルミナスによる「聖戦」の結果でした。


『リゼット屋の野菜は、土壌の穢れを吸い上げた悪魔の果実である』

『食べれば地獄に落ちる』

『肌が緑色になる』


そんな馬鹿げた噂が、街中に広まっています。

普通の農家なら、泣き寝入りして廃業するところでしょう。


「すまない、リゼット。俺が各国の領主に手紙を書き、安全性を訴えているのだが……。教会の影響力は根深くてな」


クラウス様が、眉間に深いしわを寄せて謝罪しました。

彼の目の下には、少し隈が戻ってきています。

それがいけません。

私の夫を過労に追い込むなど、万死に値します。


「謝罪は不要ですわ、クラウス様。言葉で解決できるなら、戦争なんて起きませんもの」


私は立ち上がり、ホワイトボードに大きく書き殴りました。


『新作投入』


「噂を消すのに、弁明は逆効果です。嘘をついていると思われるだけですから。ならば、その噂すら吹き飛ばすほどの『圧倒的な実物』を突きつけるしかありません」


「実物、か。だが、既存のトマトやキュウリでは……」


「ええ。ですから、この『黄金カボチャ』を使います」


私はテーブルの下から、ゴロンとした大きなカボチャを取り出しました。

皮は深い緑色ですが、切れば中は黄金色。

糖度は果物を超え、加熱すれば栗のようにホクホクになる自信作です。


「これをポタージュにして、街頭で無料配布します。匂いだけで理性を飛ばすような、凶悪なまでの美味しさでね」


「……なるほど。相変わらず、貴様の発想は過激だな」


クラウス様が、ふっと口元を緩めました。

騎士たちも、「リゼット様のカボチャなら勝てる!」と活気づいています。


方針は決まりました。

会議は解散。

私はようやく、愛するベッドへ潜り込める……はずでした。


しかし。

眠る前に畑の見回りをするのが、私のルーティンです。

特に最近は、狂信的な信者が畑に火を放つ可能性もありますから。


私はランタンを片手に、夜の農園へと足を踏み入れました。

月明かりに照らされた畑は静まり返っています。

虫の声だけが響く、平和な夜。


……おや?


「カリッ、ポリッ……」


微かな咀嚼そしゃく音が、キュウリ畑の方から聞こえてきました。

小動物でしょうか。

それとも、噂を信じた村人が嫌がらせに来たのでしょうか。


私はランタンの光を隠し、音のする方へ忍び寄りました。

黄金のスコップを構え、いつでも叩けるように準備します。


「カリッ、サクッ……んん~、おいしいですぅ……」


「……は?」


聞き覚えのある、間延びした声。

そして、月明かりに浮かび上がったシルエット。


そこにいたのは、純白の聖女服を泥だらけにした少女――エリナ様でした。

彼女は畑の真ん中にぺたんと座り込み、もぎたてのキュウリを両手で握りしめ、リスのようにかじっていたのです。


「……あの。何をしてらっしゃいますの?」


私が呆れて声をかけると、彼女は「ひゃっ!」と叫んで飛び上がりました。

手から滑り落ちたキュウリが、コロコロと地面を転がります。


「り、リゼットさん!? ち、違いますぅ! これは、その、浄化のための調査で……!」


「調査? 真夜中に、泥だらけになって、キュウリをかじることがですか?」


私がランタンの光を向けると、彼女の口元には緑色の食べかすがついていました。

言い逃れようのない現行犯です。


エリナ様は真っ赤になって俯き、お腹を「ぐぅ~」と盛大に鳴らしました。

そういえば、彼女は枢機卿に連れられて去る時、悲しそうな顔をしていましたね。


「……お腹が空いてらっしゃいますの?」


「……うぅ。教会の食事は、清貧がモットーで……パンとお水しか出なくて……。リゼットさんのトマトの味が、忘れられなくて……」


彼女は涙目で訴えてきました。

聖女という崇高な立場でありながら、その実態は空腹に耐える育ち盛りの少女。

敵対国の象徴であるはずの彼女が、なんだか急に小さく見えました。


私は溜め息を一つつき、構えていたスコップを下ろしました。

農家には一つの不文律があります。

『腹を空かせた者に、罪はない』。


「……仕方ありませんわね。ついていらっしゃい。ちょうど、試作のカボチャスープが余っていますの」


「えっ? い、いいんですかぁ?」


「誰にも見つからないようにしてくださいね。餌付けしたと知られたら、また枢機卿がうるさいですから」


私は彼女の手を取り、こっそりと裏口の方へ歩き出しました。

どうやら、この厄介な聖女様を攻略する糸口は、意外と身近なところにあったようです。


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