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【第2章追加!】婚約破棄された悪役令嬢が枯れた大地で掴んだのは最高の安眠でした。  作者: 月雅
第2章

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第3話:迷惑な奇跡


パチパチ、と。

空気が焦げるような、嫌な音が鼓膜を叩きました。


私の目の前には、聖女エリナ様が展開した黄金色の結界「サンクチュアリ・フィールド」が広がっています。

外から見れば、それは神々しく輝く美しい光のドームでしょう。


ですが、中を見てください。

先ほどまで青々と葉を広げていたトマトの苗が、ぐったりと頭を垂れています。

湿り気を帯びていた黒土は、急速に白く乾き始めていました。


「……聞こえますわ」


私は足元の土を見つめ、低い声で呟きました。


「熱い、苦しい、水がない。……私の可愛い微生物たちが、断末魔の悲鳴を上げています」


土の中に住む無数の菌や微生物。

彼らが有機物を分解し、養分に変えることで、この豊かな大地は保たれています。

それを「穢れ」と断じて焼き払うなど、農家として――いいえ、生き物として許せません。


「リゼット様! 見てくださいぃ! 泥の汚れが消えて、真っ白で綺麗な土になりましたよぉ!」


エリナ様は無邪気な笑顔で、両手を広げています。

彼女にとって、黒い土は「汚れたもの」であり、白い乾いた砂こそが「清浄」なのでしょう。

根本的な価値観の相違。

教育的指導が必要です。


「……クラウス様。少し、乱暴なことをしてもよろしくて?」


「構わん。俺も、貴様の悲しむ顔は見たくない」


クラウス様が私の肩に手を置き、無言の許可をくれました。

その一言があれば、十分です。


私は右手に握りしめた「黄金のスコップ」に、ありったけの魔力を込めました。

土属性の魔力が、黄金の輝きとなってスコップの刃を包み込みます。


「そこをどいてくださいませ、聖女様」


「えっ? きゃっ!?」


私はエリナ様を軽く手で押しのけ、結界の基点となっている光の柱へ向かいました。

そして、大きく振りかぶります。


「私の農園サンクチュアリを、消毒するんじゃありませんわーーッ!!」


ドゴォォォォン!!


轟音と共に、黄金のスコップが光の結界を直撃しました。

本来、物理攻撃など通じないはずの魔法障壁。

しかし、私の怒りと土属性の魔力が、「異物」である光の魔力を無理やり相殺し、弾き飛ばしました。


パリン、パリンッ!


ガラスが割れるような音を立てて、黄金のドームが霧散していきます。


「あ、ああっ! 私の結界がぁ……!」


エリナ様がへたり込み、涙目になっています。

ですが、感傷に浸っている時間はありません。

私はすぐに魔法の鞄から、予備の「完熟堆肥(リゼット特製ブレンド)」を取り出しました。


「みんな、ごめんなさいね。今すぐ手当てしますから!」


私はバケツ一杯の堆肥を、白く乾いた地面に撒きました。

そして再びスコップを振るい、空気と水分を混ぜ込むように耕します。

土魔法で地下水脈を刺激し、適度な湿り気を与えます。


すると、どうでしょう。

死にかけていた土が、再び黒々と息を吹き返しました。

ぐったりしていたトマトの葉も、水を吸い上げてピンと背筋を伸ばします。


「ふぅ……。なんとか、間に合いましたわね」


私は額の汗を拭いました。

まだダメージは残っていますが、これなら数日で回復するでしょう。


「き、貴様……っ! 何ということを!」


震える声が聞こえました。

バルガス枢機卿です。

彼は顔を真っ赤にして、私を指差しました。


「聖女様の奇跡を……神の恵みを、薄汚い泥で上書きするとは! これは神への冒涜だ! 異端の所業だぞ!」


「冒涜? 異端? 笑わせないでくださいませ」


私はスコップを杖代わりにして、枢機卿を睨み返しました。


「作物を殺すのが神の意志なら、私は喜んで農民としての意地を貫きますわ。ここは教会ではありません。食料を作る現場です」


「な、なんだその態度は! ラングレー公爵、貴公も何か言ったらどうだ! 妻の暴挙を許すのか!」


矛先を向けられたクラウス様は、氷のような冷ややかな視線を枢機卿に向けました。

そして、腰の剣に親指をかけ、静かに言い放ちます。


「……妻の言葉が全てだ。リゼットの野菜を害する者は、たとえ神でも敵とみなす。それが、俺の領地のルールだ」


「なっ……!」


枢機卿は言葉を詰まらせ、次に私とクラウス様を交互に見ました。

暴力では勝てないし、論理も通じない。

そう悟った彼は、卑劣なカードを切ってきました。


「よ、よかろう……。そこまで言うのなら、覚悟するがいい」


枢機卿は法衣の袖をひるがえしました。


「本日をもって、聖教国ルミナスはラングレー領との一切の交易を停止する! そして、貴様らの作る野菜を『悪魔の果実』として、周辺諸国に通達してやる!」


「貿易停止……ですか」


「そうだ! 我が国の信徒は多いぞ。世界中からボイコットされれば、貴様の農園などすぐに干上がるだろう!」


捨て台詞を残し、枢機卿はエリナ様の手を引いて去っていきました。

エリナ様は何度も振り返り、「でも、トマトはおいしかったのですぅ……」と悲しそうな顔をしていましたが、今はそれどころではありません。


静寂が戻った農園に、風が吹き抜けます。


「……リゼット。すまない。俺がもっと早く止めていれば」


クラウス様が悔しげに拳を握りました。

聖教国の影響力は強大です。

彼らが「悪魔の野菜」と認定すれば、王都の貴族たちも恐れて購入を控えるかもしれません。


ですが。

私は足元の黒い土を踏みしめ、ふふっと笑いました。


「謝らないでください、あなた。むしろ、面白いじゃありませんか」


「面白い?」


「ええ。風評被害? 営業妨害? 上等ですわ。食べていただければ、どちらが正しいか、舌が教えてくれますもの」


私は黄金のスコップを高く掲げました。


「売上が下がるなら、上がるまで売ればいいだけのこと。さあ、忙しくなりますわよ!」


私の安眠を守るための戦いは、どうやら国際的な経済戦争へと発展してしまったようです。

望むところです。

美味しさは、国境も宗教も越える最強の武器だということを、彼らに教えて差し上げましょう。


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