第10話:実りの結婚式
「本当に、これでよろしいのですか?」
司祭様の困惑した声が、澄み渡る青空に吸い込まれていきました。
私の目の前にあるのは、豪華な大聖堂ではありません。
ふかふかに耕された土の匂いが漂う、私自慢の農園です。
「ええ。ここが私の、世界で一番大切な場所ですから」
私は微笑み、手にした花束を整えました。
それは宝石を散りばめた金細工ではなく、今朝摘んだばかりのハーブと白い花で作ったもの。
ドレスも、豪華な刺繍より動きやすさを重視した、特注のシルク製です。
コルセットも締めず、足元はいつもの丈夫な革のブーツ。
「……リゼット。貴様らしいな」
後ろから、低く心地よい声が響きました。
振り返ると、そこには正装を纏ったクラウス様が立っていました。
かつての鋭すぎる眼光は影を潜め、今は穏やかな慈愛がその瞳に宿っています。
「クラウス様。正装も素敵ですが、やはり少し窮屈そうですわね」
「ああ。早くこれを脱いで、貴様と土をいじりたい」
彼は私の手を取り、指先にそっと唇を寄せました。
氷の公爵と呼ばれた男が、今では私の農園の「一番の理解者」です。
披露宴の席には、隣領の騎士たちや、私の農園を支える村人たちが並びました。
テーブルを彩るのは、私が魔法と愛で育てた野菜たち。
完熟トマトのサラダ、カブのポポタージュ、そして魔法の米で炊いた香ばしいリゾット。
「うまい! こんなに幸せな食事が、この世にあったとは!」
「リゼット様、万歳! ラングレー公爵家、万歳!」
人々の歓声が響く中、私はかつての自分を思い出しました。
王都で「地味な女」と蔑まれ、暗い部屋で書類を片付けていた私。
もしあの時、セドリック様に婚約破棄をされていなければ。
私はこの温かな太陽の下で、こんなに美味しい野菜を食べる喜びを知らなかったでしょう。
(……セドリック様、貴方には感謝していますわ。私を自由にしてくださって)
廃嫡された彼は今、北方の塔で、不味い干し肉と固いパンを食べる毎日だそうです。
でも、それは彼が自分で選んだ結果。
私は私の手で、この幸せを掴み取ったのですから。
宴もたけなわ。
私はクラウス様に連れられ、農園の奥にある小さな丘に登りました。
「……リゼット。俺は、貴様に救われた」
クラウス様が、私を後ろから優しく抱きしめました。
彼の心臓の音が、背中越しにトクトクと伝わってきます。
「眠れなかった夜も、味がしなかった食事も、今はすべてが遠い過去のようだ。貴様がこの地に根を張り、俺を癒やしてくれた」
「あら。私はただ、美味しいものを食べて定時に寝たかっただけですわよ?」
「ふっ。……それでもいい。一生、俺の隣で、そのわがままを突き通してくれ」
彼は私の顎をそっと持ち上げ、深く、甘い口づけを落としました。
それは、どんな魔法の果実よりも甘い、約束の味でした。
「さて、クラウス様。明日の朝は早いですよ? トウモロコシの収穫が待っていますから」
「ああ、わかっている。……愛している、リゼット」
「私もですわ、クラウス様」
夕日に照らされた「ドクロヶ原」は、今や黄金色に輝く奇跡の農園。
私はこれからも、黄金のスコップを相棒に、幸せな「おひとり様(+愛する夫)」ライフを耕し続けていくのでしょう。
私の成り上がりは、まだ始まったばかりなのですから。
(完)
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