第1話:婚約破棄を承ります
婚約破棄をされることは、三年前からわかっていました。
王城の夜会。
シャンデリアの光がまぶしいホールの中心で。
王太子セドリック様が、高らかに宣言しました。
「リゼット・フォン・ベルモンド! 貴様との婚約を今この場で破棄する!」
彼の隣には、華奢な男爵令嬢が寄り添っています。
周囲の貴族たちが、同情と好奇の視線を私に投げました。
私は手に持っていた冷めたスープを一口飲み、静かに扇を閉じました。
「理由は、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「お前は地味で、情緒がない。僕の愛する彼女をいじめた罪は重いぞ!」
いじめた覚えはありません。
むしろ、彼女が噴水に自ら飛び込んだ時、風邪をひかないようタオルを貸してあげたはずです。
ですが、反論する時間は無駄です。
私はドレスの隠しポケットから、一枚の紙を取り出しました。
この日のために、三年間かけて磨き上げた魔法契約書です。
「承知いたしました、殿下。つきましては、こちらの書類にサインを」
「なんだこれは。……婚約解消合意書?」
セドリック様が眉をひそめます。
私は微笑みを絶やさず、事務的な口調で続けました。
「建国女王の法、第十七条ですわ。一方的な婚約破棄の場合、有責側は個人資産の半分を支払う。そう決まっております」
「半分だと!? 僕は王太子だぞ!」
「王族こそ法の範を垂れるべきかと。それとも、私の実家であるベルモンド公爵家を、敵に回すおつもりですか?」
ベルモンド家は、この国の物流の要です。
私を追い出せば、明日から王城に届く高級なワインも、温かい毛布も止まるでしょう。
セドリック様の顔が、みるみる青ざめていきました。
「わ、わかった! 払えばいいんだろう! その代わり、二度と僕の前に現れるな!」
彼は勢いよくペンを走らせました。
魔法のインクが光り、契約が成立します。
私の手元には、莫大な慰謝料。
そして、王家が所有する「価値のない荒れ地」であるドクロヶ原の譲渡証書が残りました。
「ありがとうございます。では、失礼いたしますわ」
私は優雅に一礼し、足早にホールを去りました。
背後でセドリック様が何か叫んでいますが、もう関係ありません。
(さあ、自由ですわ!)
前世、ブラックな農業法人で馬車馬のように働かされた私。
今世は、この慰謝料と魔法を使って、最高の農園を作ってみせます。
誰にも邪魔されず、定時に寝て、もぎたてのトマトを食べる。
それこそが、私の求めるカタルシスです。
私は夜風に当たりながら、固いコルセットを指で緩めました。
明日からの開拓生活を思い、胸が高鳴ります。
(まずは、あのアスファルトより固い土を、ふかふかに耕しましょう)
私は夜の闇に紛れ、迎えの馬車に飛び乗りました。




