5-7. 人間の時代:教会の発展
共和国にも司教区を持って超国家的組織となった教会ですが、これも時代と共に発展していきました。
特筆すべきは平民のすべてを把握するようになった事です。末端の集落まで教会を設置して司祭を派遣しました。教会として平民を個人単位で把握している訳ではありませんが、司祭が個人的に担当地域の平民を全て認識しました。これは冠婚葬祭の全てに教会が関わっている点が非常に大きい。
そして教会に赴いての懺悔の習慣を作り上げ、これによって人間関係の裏事情まで把握していきました。そのため平民にとって司祭様は何でも見通している頼りになる人物となりました。
教会の建物には分かり易く権威を示す為の建築様式が確立されました。採光を計算したステンドグラスによって荘厳な雰囲気を演出するようになりました。そして彫刻や絵画などの宗教芸術が飾られて、教義等を平民に分かり易く示すと同時に権威を高めるようになりました。
神の指示である禁欲生活を厳密に守る為の場所として修道院が作られました。麦や豆や野菜等を栽培して自給自足の生活を送ります。時間があれば神の教えを振り返ります。
修道院ではドワーフや獣人の奴隷を使います。修道士は元々は奴隷の管理者でした。それが時代の経過と共に少しずつ変化していったのでした。
こう言った事が確立した頃から、教会は集金組織としての性質を帯び始めます。
平民に対して独自の税として「十分の一税」を設定しました。
教会における物流と物品売買の権利をギルドから独立させました。ギルド長は貴族なので、これによって貴族の利権から外れる事になります。
修道院の自給自足の名目で荘園を設置し、税の免除を認めさせました。荘園では薬草や珍しい野菜や果樹などを換金作物として栽培しました。また養蜂を行って蜂蜜と蜜蝋を生産しました。
【メタ註:ヨーロッパには櫨の木が無いので木蝋は存在しません】
修道院では牧畜と羊皮紙も生産しました。これによって市場に影響されずに自前で羊皮紙を調達可能になりました。羊皮紙を使用した聖典の作成と販売も実施しました。聖典は貴族や富裕層に直販しました。
荘園で作る物は教会から指示され、作った物は教会に上納します。修道院では言われた通りに作るだけとなります。このため換金は教会側の仕事となり、換金の実態は修道院には伝わらないのでした。




