魔女のかくしごと
「落ち着いて…………魔法は万能、だから落ち着いて私」
魔女は自分に言い聞かせる。魔法は万能と、震える指で魔法陣を描きながら。
「お願いします……神様。どうか、どうかどうか助手を蘇らせてください」
そして震える声で神に祈りを言った。その声は強くたくましい魔女様とは無縁でまるで普通の少女のようであった。
それに本来魔女は神を信じない。信じるのは己の魔法のみ。
「できた…………後は、」
完成した魔法陣の上に魔女の助手であったモノを引きずり乗せると魔女は強くその冷たい肉を抱きしめた。
「絶対に助けるから!だから……目を覚まして」
魔女が魔法陣に魔力を流すと隠れ家内が青白い光に包まれ、ヒビの入った窓ガラスがガタガタと震える。
瞬間目の前に何かが現れた。
「ッ!あっ、アナタはだれ!」
魔女の目の前に全身謎の文字が書かれた男とも女とも言えない中性的な何かが居た。
《私はアナタの魔力、そして世界の魔力。どうしてアナタがこの禁忌魔法を使用出来ているのかは存ぜぬところだけど…………アナタの望みはこの肉をまた動かせればいいのでしょ?》
「ええ、そうよ。だから助手を蘇らせて」
自身を魔力と名乗る存在が少し困ったような顔をする。まるで何かが足りないと言わんばかりに。
《でもね残念足りないね魔力が》
「そんな馬鹿な!」
魔女が理解出来ないと言わんばかりに抗議をした。なにせ魔力が足りないと言われたからだ。
魔女は魔力保有量は並の人間とは桁違いだ。その理由で魔女はよく魔女狩りに襲われる。だから魔女は自身の魔力量には絶対的な自信があった。しかし今回、魔力が足りないと言われた、言われてしまったのだ。
《君は魔女と呼ばれる種族だね、じゃあ最初からわかるでしょ?こんな魔法陣なんかで死んだ生物を蘇らせれないって、そもそもこの魔法陣は多くの命と魔力を犠牲にして初めて発動するものであって君の魔力と君が用意した50人ちょっとの命と魔力じゃ足りないよ》
すると魔女は目の前の存在に涙ながらに土下座をして頼み込んだ。
かの誇り高き魔女がだ。
「お願いします。助手を助けてください、何でもしますから…………」
そう、魔女にとって助手はそれ程までに変え難い存在で話し相手で好きな人だった。
《まぁ魔女がそこまでするんだ。君の言う助手は助けてあげる。でも条件がある》
魔女は顔を上げた。すると存在の身体に書かれた文字のようなモノが動き出して光を放つと四方八方に飛び散った。
《たった今世界に厄災を放った。それをすべて討伐してみせろ。あっ、でもすぐはダメだよ、命と魔力が集まらないからね》
「もしかして…………」
《私が君の代わりに命と魔力を集めるから君はその後始末をしてもらう。別に今から回収は出来るけど君はどうする?》
この魔法陣を作ってから魔女の答えは決まっている。
「やる。だから助手を助けて!」
存在は満面の笑みを浮かべて魔女に手を差し出した。その手を魔女は受け取った。
《契約成立だ魔女よ!助手を蘇らそう》
◆◆◆
「起きて…………助手、起きて、もう朝よ」
いつもみたいな朝日が閉じている瞼の上からでもわかる。それくらい眩しかった。
「ん?、魔女様……なんか痩せました?」
助手が目を開くと少しやつれた魔女が居た。
「あれ…………なんか俺少し身体が冷たい気が……」
「気のせいよどうせ、助手は昨日も夜遅くまで魔法の勉強してたから冷えたのよ」
しかし助手の記憶にはそんな夜遅くまで起きてた記憶は無い。それに昨日の昼からの記憶がかけているような気がする。
「あれ、昨日は確か魔女狩りの襲撃を受けてからの記憶が────」
助手が思い悩むと唇になにか熱いものがくっついた。それが一瞬で冷えた助手の身体を暖める。
「ッ…………ん!」
魔女が助手の唇に接吻を交わしたのだ。
「何するんですか急に!」
助手は顔を真っ赤にして照れたが魔女はなぜか機嫌がよくスキップしながら理由を言わずに朝食のスープ作りに戻って行った。
「ねぇー助手!」
いつもみたく魔女が助手を呼ぶ。
「なんですか魔女様」
それをスープを飲みながら雑に反応する助手。
もう一生できないと思っていたこの会話、日常が今はとても幸せだ。
魔女は当たり前が実は一番当たり前では無いと知った。────だからこれからはこの時間を守ろうと心に強く誓い、離さないと決めた。
大好きな助手、よく学び明るく話しかけてくれる気の利いた助手、一度死んでしまった助手、それでも帰ってきてくれた助手。
もう世界に厄災は放たれて今もどこかで人々の命を刈り取っているのかもしれないけど今はまだ早い。だって対価にはたくさんの命と魔力が要るから。
だから今はきっと魔女と助手のいつもの日常を過ごしても罰なんて当たりはしない。
魔女は厄災のこと、彼が一度死んでしまったことを隠し、助手の顔を見て優しく微笑んだ。
「なんでもない」