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<17・真実。>

「……お待ちしてました」


 由梨が301号室を尋ねると、杏奈は力なく笑ってそう言った。今日中に、由梨が尋ねてくるような気がしていた、というのだ。


「色々、わたしからもお話しておきたいことがあったんです。……多分、四谷さんも何かお話したいこともあるんじゃないかと思うんですけど」

「まあ……そうだね。……あ、ごめん、今更だけど丁寧語崩れててごめんなさい……その、苦手で」

「おかまいなく。由梨さんの方が年上ですし」


 そんな会話をしながら、中へと上げて貰う。由梨の部屋はリビングにテーブルが二つあり、小さいほうの丸テーブルに可愛いピンクのノートパソコンが置かれていた。多分、大学の授業で使っているものだろう。電源がつけっぱなしになっている。


「ごめんなさい。お茶、出してはいけないんです。理由はそのうち説明しますが」

「え?別に、いいけど……」


 彼女はそう言って、何も置いていない大きい方のテーブルに由梨を案内する。テーブルには二つしか椅子がなかった。普段からそうそう他人を招き入れるようなことはしていないのだろう。

 壁にかかっているお花の模様のカレンダー。明るい花柄のカーテンに、綺麗に掃除されたキッチン。掃除機は、ルンバとダイソンの両方が置かれているようだった。間違いなく、由梨の部屋より綺麗である。余計なものが一切ないから、というのもあるだろうが。


「……えっと」


 何から話せばいいのか、伝えればいいのか。迷った末、由梨は今日までの間に自分が見たこと、聞いたこと、あらいざらい杏奈に語ることにした。

 信用してほしいなら、まず自分が信用するべき。それが由梨の心情である。

 杏奈もオバケを疑っていたようだし、ありえないような今までの出来事だって頭から否定するようなことはないだろうと思ったのもある。


「……二階堂さんが、やっぱり……」


 杏奈は由梨の話を一通り聞いて、眉間に皺を寄せた。


「まず、わたし……わたしは、四谷さんに謝らないといけないです」

「え、なんで?」

「このマンションには、間違いなくおかしなものがいます。でも、本来その変化は緩やかに起きるものなんです。多分、たった数日で由梨さんが良くないものをたくさん見るようになったのは……わたしと二階堂さんが、命令に逆らったからだと思います」

「命令?」

「はい。……わたし達に、命令を下している存在がこのマンションにはいるんです。名前まではずっと知りませんでしたけど、それが多分二階堂さんがツイートしてた〝まことさま〟っていう双子の兄妹なんだと思います。このマンションを呪いの館にしてしまったのは、その双子なんでしょう。わたしも……もう何回も彼らに出会ってるんです。逆らえる時間が、どんどん短くなっているんです」


 初めて双子に遭遇してしまったのが、夜中のことだった。丁度、河川に関するレポートをまとめていた、その夜のことだったというのだ。

 おかしな物音が聞こえる、程度の異変は今までにもあった。

 でもはっきり姿を見たのは、壊れているはずのインターフォンが鳴り、玄関を訪れた双子を家に招き入れてしまった時のことだったという。

 その能面のような顔を今でも忘れられないのだ、と杏奈は語った。


「四谷さんが調べた話と合わせて、確信しました。……全ての始まりは、かまら川を呪物が流れてきたことだったと。恐らくは鎌口川の方から、双子の死体が流されてきたんです。何らかの儀式の、生贄となった存在が」

「それが、十年前ってこと?」


 十年前。404号室の九崎辰夫が、双子の遺体が川を流れてきたと言って警察に通報した。やはり、そのせいで八幡マンションは呪われたということなのだろうか。いや、しかし。


「違います。九崎辰夫さんは、死体を発見したわけじゃないと思うんです。だって、警察の人はそんなものなかったって言ってたんだから」


 多分、と杏奈は続ける。


「幻を、見たんです。特に、九崎さんは霊感がある人だったんでしょう?昔かまら川を流れてきた双子のビジョンを見て、それで今死体が流れてきたんだと錯覚したんじゃないでしょうか。同時に、それが手に負えないような呪物だった、ってことも」


 恐らくもっと昔に死体は流れ着いてきていて、処理されていたんです――彼女はそう語った。

 そして、彼女はパソコンのブラウザを立ち上げると、サイトに繋げて由梨に見せてきた。それは、とある大型掲示板である。由梨が見た『【東京限定】やべー事件とか都市伝説とかある? part3【いろいろ知りたい】』というスレッドの次スレであるようだった。




47:奈落の底より出でるは名無しさん

これ、本当かどうかは知らないんだけどさ。俺、かまら川近くにひいばーちゃんが住んでるのね。もう百歳近いんだけど、そのばーちゃんに前聞いたことがあるんだよ。

かまら川って、変なものが流れ着くことが多いらしい。ゴミとか、呪物みたいなものとか、死体とか死骸とか。それで、近所の人は掃除が大変だったんだって。

昔は近くに神社があって、やべーものが流れ着いた時は神社の人が掃除してくれたらしい。

でもその神社も跡継ぎがいなくて、ばーちゃんが子供の頃になくなっちゃって。で、それ以来は近所の人が掃除してるらしんだけど……。


まあ、除霊とか、そう言うことができる人がいなくなったわけじゃん?

掃除した結果、掃除した人が祟られたっぽい死に方することも結構あったって……




55:奈落の底より出でるは名無しさん

これも、ばーちゃんが言ってた話なんだけど。

昔、除染?除霊?みたいなことをしてくれてた神社のおじーちゃん神主さんと話したことがあるんだってさ。

で、ばーちゃん訊いたんだって。こういう呪いの人形とかはどこから流れてくるんですかって。すると、言ってたらしいんだよ。


「鎌口川の方から流れてくる。それも、何か妙な儀式をやっている村があるらしくてだな。……人形や札の呪物には、みーんな同じ印が刻まれとるんだ」


って。

多分こんなことをしてたらその村も長くはもたないだろうな、みたいなことも……。




「これ……!」


 由梨は目を見開く。


「昔から、この川には死体とか流れついてきていた。でも、一時期を境に……呪物とか流れてきても、処理できる人がいなくなったってこと?」

「みたいです。この書き込みが本当なら、ですけど」


 頷く杏奈。


「恐らく、神社がなくなってしまった後……なんだと思います。百歳近いひいおばあさん、が子供の頃ということは……九十年とか、それくらい昔なのかもしれません。それくらい昔の頃から、この場所には悪いものが流れついても浄化できなくなってしまって、どんどん溜まるようになってしまった。多分それ以降に、双子の死体が流れ着く、なんて事態になってしまったんだと思います」

「それが、鎌口川流域の、どこかの村の儀式の犠牲者だった、と」

「はい。……その死体が今どこにあるのか、近隣の方がどのように処理されたかまではわかりません。でも少なくとも、それだけならまだ深刻な事態を引き起こすほどの祟りは起きていなかったんだと思います。それまではこのマンションに普通に人が住んでいただけだったんだと」


 嫌な想像をしてしまった。彼女が何を言わんとしているのか、理解できてしまったからだ。


「……ひょっとしてさ。十年前、九崎さんがなんかやらかした?」


 伊織の呟きに書かれていた情報が、これだ。




●いおりん @ioriori_origo

 返信先: @ioriori_origoさん

やがて、403号室の人は何かに怯えるようになり、同じ階の住人にも当たり散らすようになってしまったそうです。

やばいものが流れ着いてきてしまった、封印の儀式をしなければ誰も助からない、この土地全てが汚染されて飲み込まれてしまう、みたいなことを言っていたと。

やがてゴミ屋敷を作って、老衰して死んでしまったと




 九崎辰夫には、霊感的なものがあった。それゆえ、このマンションの付近に恐ろしいものが溜まりつつあること、かつて呪物となった双子の死体が流れ着いたことが見えてしまった。それで焦って、独学で除霊とか封印とかをしようとしたのではないだろうか。

 しかし最終的に彼は、明らかに呪われたとしか思えない死に方をしている。真っ当な人が怒りっぽくなるほど追い詰められ、ゴミ屋敷を作るほどすさんだ生活をし、最後は魔法陣のようなものを作ってその上で死んでいたというではないか。

 つまり、下手に封印しようと刺激したことで、まことさまを怒らせてしまった。そして返り討ちに遭ったと、そういうことではなかろうか。


「亡くなった人を悪く言いたくはないんですけど、その可能性が高いと思います」


 しょんぼりと杏奈は肩を落とした。


「これ、前に友達から聞いた話なんですが。オバケ屋敷的なところに、霊能力者が除霊しにいくでしょう?でも、何も起きない……みたいなこと珍しくないらしいんです。それは、オバケが除霊できる人が来たことを察して一時的になりをひそめるからなんですって。逆に、強い怪異だと前より大きな反応を示すんだそうです。花瓶が倒れる程度のポルターガイストだったのが、机ごとひっくり返すようになったり、とか」

「幽霊は、そういう人に反発するってことだね。つまり、生半可な除霊はかえって怒らせて、祟りを大きくすることがある、と」

「はい。……多分、九崎さんが亡くなる前にマンションから去った人は間に合ったんです。でもその時まだマンションに留まっていた人と、後から引っ越してきた人は……」

「あー……」


 つまり。

 表向きは、人が一人ゴミ屋敷を作って死んだだけ、だった。でも実際はそれくらいの時期を境に、八幡マンションが本格的なホーンテッドマンションになってしまっていた、と。


「伊織がさ、201号室に住んでる百ナントカさんの紹介でこのマンションを見つけて住むことにした、みたいなこと書いてたわけだよ。でも、実際住んでるのは六田さん一家で、しかも長いこと住んでるっていうじゃない?これ、どういうこと?」

「…………」


 由梨の言葉に、杏奈は悔し気に唇を噛みしめた。そして。


「このマンションは……普通の人には、見つけられないんです。このマンションに関わって呼ばれた人だけが、辿り着ける。多分、そういう風に空間が歪んでる。だから、ただ近隣の物件を探しただけの人には見つけられない。その代わり……このマンションの〝住人〟になってしまった人は、次々新しい住人を呼び込んでしまうんだと思います」


 ゆっくりと、杏奈が顔を上げる。その顔色は死人のように真っ白だった。


「このマンションには、実際はもっともっともっと、目に見えないところまでたくさん人が住んでる。時々、表に出てくる人……〝何号室に今住んでるひと〟が入れ替わる。入れ替わったことにも気づいてない。裏に隠れた人はその自覚もない」

「そ、それは一体……」

「多分、百ナントカさんもかつてこのマンションに住んでいて、そして死んでしまったんだと思います。生きていた時に二階堂さんの大学の先輩だったのか、大学の卒業生に擬態していたのかはわかりませんが、とにかく親しくなった二階堂さんを呼んでしまったんでしょう。そして、あなたも」


 きっと無意識なんです、と彼女は続けた。


「無意識に、二階堂さんが……あなたをここに、次の住人として呼び寄せてしまった。それが、まことさま、から下された絶対の命令。外から人を呼んで、その人を新しい住人にすること。……二階堂さんは逆らえず、でも全部従いたくないから抗ってるんだと思います」



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