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<12・六田。>

「え、なになに?挨拶?」


 きょとんとした顔でそう告げてきたのは、201号室の六田家の住人だった。いかにも陽キャです、といった雰囲気の、明るい茶髪の少年である。年は高校生くらい、だろうか。


「あ、どもこんにちは。俺、六田遥(むたはるか)でっす。この家の次男ってかんじ?」

「あ、そ、そうですか。どうも、303に引っ越してきた四谷由梨です」

「美人さんじゃん!やりー」


 なんだろう、妙にテンションが高い。由梨が困惑していると、後ろからもう一人顔を出した。


「なになに、遥?だれ?」

「あ、兄貴兄貴。303に引っ越してきた人だってー。四谷由梨さんつーらしいよ!」


 アニキ、と呼んでいるからには遥が弟で、後ろの人物が兄なのだろう。恐らく相当年が近いと思われる。彼は目をまんまるにすると、ども、と頭を下げてきた。


「おれは、遥の兄貴の、六田忍(むたしのぶ)です。こんにちは」

「こんにちは。ご兄弟ですか?どっちも高校生?」

「まあ、そんなかんじです。……すんません、うちの弟、元気良すぎで。年子なんスけど」


 ほれ、と忍が、遥の頭を下げさせようとする。遥は手をばたばたさせながら、髪の毛ぐちゃぐちゃになるー!などと騒いでいた。なんというか。にぎやかな兄弟である。今日の出来事の陰鬱とした空気が吹き飛びそうになるくらいには。


「そうなんですね。すみません、昨日も伺ったんですけど、どなたもいらっしゃらなかったので。これ、つまらないものですが」

「あ、クッキーだ!あんがとおねーさん!」


 遥はニコニコしながら紙袋を受け取ってくれる。やや距離が近い気がするが、まあ悪い子たちではないのだろう。


「うち、両親と兄弟で住んでんだけどさ、うちの親共働きで忙しいから、家にいないことも多くて。昨日は、俺と兄貴も深夜まで遊んじゃってたから、帰るの夜遅かったんだよねえ」

「そ、そうなんですか」


 実は結構不良か?と疑ってしまう。どちらも十八歳に届くかは微妙な年に見える。

 由梨が訝し気な顔をしたのがわかったからだろう。遥は慌てた様子で、不良じゃないよー!と声を上げた。


「まあ、ちょっとちゃらけてるかもだけど!友達と夜遅くまでカラオケしたりゲームしたりするくらいが精々だし!この間はそれでちょっと盛り上がっちゃって!お酒飲んだりとか煙草吸ったりとかしてないからぁ!」

「ついでにバイクを乗り回したりもしてないです。そんなことこいつがやろうとしたら殴ってますんで」

「口で言うより先に殴るのがめっちゃ兄貴っぽい!」

「あ、はははははは……」


 とりあえず、仲良しであることは理解した。それに、二人とも酒臭い様子もないしもちろん煙草の臭いもしない。酒はともかく、煙草は吸っていない時でも臭いがついてしまうものだ。喫煙者と非喫煙者の見極めは難しくない。多分、言っていることは本当だろう。

 そもそもヤンキーのイメージが〝煙草と酒とバイク〟くらいしか思いつかないあたりでお察しなのである。今時、そんな昭和平成の世にいたようなヤンキーがどこまで生き残っているのかも定かではないが。


「六田さんご一家は、ここに暮らして長いんですか?」


 彼らは親しみやすそうだし、話を訊くのも難しくなさそうだ。というわけで、それとなく尋ねてみることにする。


「昨日今日で皆さんに挨拶してるんですけど、なんかこのマンション、変な噂があるみたいで」

「あー、あるあるある、子供が走り回ってたとか、そういうのでしょ?」


 由梨の言葉に、あっさり遥は頷いた。


「俺ら子供の頃からこのマンション住んでんですけどね。子供の目撃例が増えたの、四階のじーさんが死んでからが多いかなーとは思います、ハイ」

「403号室の、九崎辰夫さんですよね?」

「そうそ。でも、四階のじーさん、死ぬ前からちょっとおかしくなってたみたい。ていうか、自分には霊感がある、みたいなこと言ってたからそのせいかも?川で子供の死体見つけたーとか騒いでた時もあったみたいだし」


 それは、大家さんや、それから律花からも聞いた話だ。




『かまら川に、子供の死体が流れ着いているのを見たって言った。それもたぶん、男の子と女の子の双子。背中合わせで、紐で括りつけられて、ぼろぼろの布みたいな着物を着せられていたって。でも、慌てて人を近くの交番に駆け込んでもう一度見たら、そんなものはどこにもなくて、おまわりさんにも叱られてしまったって』




 やはり、それが全ての始まりなのだろうか。

 子供の死体が流れ着いてきた。あるいは、それっぽい幻覚を見てしまった。それから九崎辰夫は何かに取り憑かれ、おかしくなった――と。


「まだおれ達は子供だったんですけど」


 眉間に皺を寄せて、忍が続けた。


「部屋にペンキ?みたいなのを運び込んでるのを目撃したことがあります。亡くなる直前です。で、おれが『何してるんですか』って尋ねたら、えらい剣幕で怒鳴られて……」




『馬鹿もんが!早く、あれを封印する儀式をしないとまずいことになっちょろうが!あれを、あれをなんとかせにゃならん、わたし以外にできる人間がいないなら、わたしがやるしかないんだっ!!邪魔をするな、邪魔をするんじゃないぞ!!』




「封印の儀式なんて超厨二っぽいじゃん?」


 あはははははは、と遥は腹を抱えて笑った。


「じーさんが何をしようとしたのか知らないけど、結局失敗したから子供の幽霊が歩きまわるようになっちゃったってかんじー?いやほんと、人が死んだのに笑いごとじゃないのわかってるんですけどね。ほんとイタいなーって」

「その子供の幽霊って、何か悪さをするんですか?」

「さあ?俺達はよくわかんないですね。足音聞いたことがあるくらいだもん。でも、別に殺そうとしてくるわけじゃないし、害なんかないんじゃない?って思って放置してます」


 ハイ、と手を合わせる遥。


「時々なんかこう、成仏してくれなむなむーってやっておけばいいかな的な?」

「……すみません、こういう不謹慎な奴で」


 軽すぎる遥の反応をみかねてか、忍が頭を下げてくる。由梨は笑うしかない。まあ、おじいさんが騒いでも結局幽霊っぽいもの?が出ているし、かつ十年間大した被害もないともなればこういう反応になるのも当然だろう。

 しかし、これでなんとなく状況が飲みこめてきたような気がする。

 やはり403号室の九崎辰夫は何かを見つけ、それを自力でなんとかしようとして失敗したのではないか。それで結局自分が祟られて死んでしまったのではないか。


「私、205号室の……二階堂伊織の、恋人なんです」


 由梨はちらり、と彼の部屋がある方へ視線を向けた。


「最近伊織、帰ってきてなくて心配してて。もし見かけたりしたら、教えてくれませんか?」

「わっかりました、任せて!」

「それは心配だな。早く見つかることを祈っています」

「ありがとう」


 じゃあ、と兄弟に手を振って別れる。二人とも、伊織の名前を聞いても特に動揺した様子はなかった。多分本当に何も知ら似あのだろう。

 ただ、新しい情報も得られた。やはり怪異は、403号室の九崎辰夫が幻を見たことから始まっているのではなかろうか。


――でも、何を見かけたかについて……調べる方法、あるのかな。親戚の九崎律花さんも知らなかったっぽいのに……。




 ***




 どうにかすべての部屋に挨拶をすることはできた。しかし、今日はこれ以上の調査や聞き込みは後回しにした方が良さそうである。

 いかんせん、由梨も自分の生活がある。探偵の真似事だけしているわけにはいかない。とりあえず、今日の晩御飯の買い出し、それから洗剤も切れてきたのでそれも購入しにいかねばなるまい。実家にいた時は母に結構まかせっきりだったが、一人暮らしになった以上そういうわけにもいかないのだ。


――さすがに、昼も夜もカップ麺は嫌だしなあ。


 晩御飯を食べたら、風呂に入り、さらに仕事の続きもやらなければ。もちろん、洗濯と掃除も、あまり遅くなりすぎない時間に済ませてしまわなければいけない。今日は朝からその気になれなくて、掃除機をかけることさえ放置してしまっている状態だ。一日かけなかっただけでも部屋の埃は馬鹿にならないのである。

 一度自室に戻ってスマホと財布だけ入れたバッグを持ちだすと、由梨はそのまま近所のスーパーへ足を運んだ。スーパーまでは徒歩十五分で行ける。マンションのエントランスを出て、かまら橋を渡り、左にずーっと歩いていけば問題ない。


「さぁて」


 ご当地スーパー『マコモフード』の前に到着した。実家の近くになかったスーパーである。ネットで見たところ地域の人々に長年親しまれている老舗スーパーであるらしい。新しいスーパーへ行く時は要注意である。なんせ、陳列の場所をまったく把握していないからだ。

 複数のスーパーで買い物をしたことがある人はわかるだろうが、店によって商品の並べ方というのは千差万別なのである。通路が狭かったり、混雑緩和対策が取れていないスーパーで商品を探すのは至難の業だ。幸い、マコモフードは規模は小さいものの、通路の幅が極端に狭いということもなく、カートとカートがすれ違うにも充分であるとは言えた。

 まあ、それよりも。


――人が少ないな。……夕方なのに、大丈夫かな。


 平日の夕方にちょっと人が少なすぎて心配になった。そりゃあ、五時や六時に仕事が終わる多くの会社員はまだスーパーに来られる時間ではないだろうが。


――とりあえず野菜。野菜食べないと。あと明日の朝ごはん用のパン。それから今日の晩御飯用の総菜。お昼ご飯用のカップ麺。えっと、洗剤も忘れないようにしないと。あ、牛乳が残り一本だったからそれも買わなきゃ……。


 気分はすっかり専業主婦。カートにカゴを乗せて、いざ!と出陣する武士の気持ちで出発することに。

 考えるべきことは多いが、今は買い物に集中するべきである。この時間も、一種の気分転換だと割り切って。



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