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第四話 死とは


「どうやら、峠は越したようだな」

「思ったよりも早めに熱が引いてよかったぜ」


 傷口の消毒を終えて、間もなくジャックは意識を失った。高熱にうなされ、一晩ほど寝込んだ。

 すぐさま消毒したとはいえ、傷口から細菌が入り込んだのだ。


「やっぱり、回復は早かったな」

「ていうか、お前のゲンコツで気を失っただけなんじゃねえのか?」


 「そうかもな」と肩をすくめて、ウィルはおしぼりを取り換える。一晩経って、熱はすっかり引いていた。


 実際、二人が想像していたよりも症状ははるかに軽かったのだ。


 なにしろ、今まであの部屋でケガをして生き残った者は一人としていなかったのだから。

 すべて、先達の教訓をウィルたちに遺して死んでいった。


「死人から生まれたってのは、なにか特別なご利益でもあったのかね」

「──さてね。たとえご利益があったとしても、試そうって母親はいねえだろうがな」


 免疫という概念すらない時代の話である。二人には及び知るところではないが、死肉の中で産声を上げたジャックには、驚異的な免疫が備わっていたのだ。

 頑強な肉体と相まって、長時間の解体作業でも体調を崩さなかったのは理由があった。


「……兄者。さっき言ってた、生きてる証拠という言葉、あれはどういう意味だ?」

「やれやれ、起きて早々それかよ」


 げんなりとした声で、ウィルは弟を優しく抱き起す。

 ひょっとしたら、自分が気絶していた自覚すらないのかもしれない。


「確かに、今ままで俺が切ってきた身体は、あれだけメスを入れても悲鳴一つ上げなかった。彼らは痛みを感じないのか?」

「「……」」


 ウィルとジェームズは、目を合わせて静かにうつむいた。

 呆れたのではない。そんな基本的なことすら、彼らはジャックに教えてこなかったのだと、自責の念に駆られたのだ。


「ジャック。なあ、実はお前に隠してたことがあるんだ。お前が散々切ってきた奴ら。あれは実は普通の人間じゃねえんだ」

「なんだと?姿かたちは俺たちそっくりじゃないか。たしかに、放っておくとドロドロに溶けるところは俺たちとは違うが……」


「あれはな、死体。つまり、死んだ人間なんだよ。俺たちとは違って、痛みも感じなければこうして会話することもない。もう俺たち生きてる人間の仲間じゃねえんだ」


 ジェームズの説明に、ジャックはしばらくの間黙り込んだ。目をつぶり、必死に何かを考えているようだった。


 無理もないだろう。死という概念は、子供には重すぎる。

 人間が本能的に持つ死への恐怖。たいていの子供は、死について考えるのをやめようとするか、恐怖に押しつぶされて泣き出すかのどちらかだろう。


 やがて、ジャックは目を開けてこう呟いた。


「なあ、兄者。死とはなんだ?」

「「……」」


 切り返された問いに、またも二人は沈黙する。

 人が持つ、根源的な恐怖ですら、ジャックにとっては好奇心の対象でしかなかったらしい。


「死ぬってのは、あいつらの仲間入りをするってことだ」


「じゃあ、どうなったら人は死ぬんだ?」


「怪我したり、病気になったりして、放っておくと死ぬのさ」


 お前も下手すりゃそのルートに乗りかけてたんだぜ、とは口が裂けても言えなかった。

 それこそ、「では試してみよう」などと言いかねなかったからだ。


「それってつまり──」


 しつこく食い下がろうとする弟の頭を優しくかき回し、ウィルは強引に話を終わらせた。

 本人はケロッとしているが、安静にしているべき容体なのは間違いない。


 兄は、いつものようにこう締めくくることにした。


「そいつは、自分で考えるんだな。なにしろ、教材なら山のようにここにある」


 話を遮られた不満ではなく、「確かにそうだな」と得心した様子のジャックの表情に、ウィルは安心すると同時に言いようのない胸のざわめきを感じた。


(こいつは、本当はこんなところにいていいのか……?)


 

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