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【プロローグ】霧の街

 四月の湿気を含んだ風が、背丈の低いレンガ造りのビル街に吹き付け、エデルはひんやりとした感覚を首筋に感じ、余所行きのコートの襟を立てる。ミストレア王国、その名前の由来は一年中湿潤な気候と、時折山から降りてくる霧から名付けられた。今日もその名に恥じず、見渡すかぎりに曇天、十メートル先も見えない霧が、国名と同じ名前の首都、ミストレアを覆っている。

 道には寒そうにコートの襟を立てる男性以外、歩いている者は見られない。それもその筈、首都ミストレアは台地に造られた城塞であり、上流階級専用の居住区なのである。今となっては古き良き時代の遺物となった馬車が、ここでは見ることが出来る。

 エデルはこの街で生まれ育った魔人種(マギア)。重力に僅かながらも抵抗を見せる逆立った白髪や、軍務を離れた後もトレーニングを欠かさず維持している精悍な肉体は若々しさを感じられるが、覇気の無い濁った灰色の瞳や、人が好かないような刺々しい顔つき。そのせいかは知らないが、彼が表向きの仕事に出る際に、来ていくベージュのコート、それが致命的に似合っていない。


「セクター教授のご子息ですね、いってらっしゃいませ」


 彼の本名はエデル・セクター。ゴーレム研究の第一人者、グラン・セクターの息子、と言うのがこの城塞の中での彼の身分である。


「どうも。また来月顔出すよ」


 先月から配属されたばかりの若い衛兵に通行書を渡し、首都ミストレアを出る。彼は月に一度、父親の研究を手伝うために首都に行く。父親譲りの才能で、魔導学院時代はゴーレム学を専攻し、入学から卒業まで学年首席を守り通していたほどの秀才。


 ミストレアでは魔法産業が盛んで、元々は小さな村だったが、三百年ほど前に魔力を帯びた鉱石、「タールジェム」が発見にされたのをきっかけに小規模ではあるが国と呼べるまでに成長した。

タールジェム、と言うのは、これまで生き物の体内にしか宿らないはずの「魔力」を含んだ鉱石のことである。これにより今まで人の力で行使していた魔法をこれに肩代わりさせることで、機械と言う存在が爆発的に生活に普及した。


 例えば、農業は従来、作業用ゴーレムを召喚して行われており、術者に負担がかかる上、ゴーレムの操作に長けている者しか携われない職業だったが、タールジェムで動く魔導機械の登場で、負担も無くなり、知識さえあれば誰でも農業が出来るようになった。今エデルが揺られている魔導機船もそうだ。


「首都から1時間もかからずアンバーに辿り着ける、良い時代になったもんだな」


 機船の進む川は、彼が居城としている、商業区画アンバーへ流れていく。ミストレア王国最大の都市で、商店は勿論、工場に事務所、港に倉庫、そこで働く人々の居住地などが集まった場所。区画分けされた街並みは、運河と鉄道でどんな場所にでもアクセスできると言われている。

 今日のアンバーは霧が少なく、山の麓に少し見える程度だ。久しぶりの晴れ空を堪能しながら、エデルは、アンバーの中央広場で機船を降りた。


「おうエデル! 今日帰ったのか」

「こいつは肉屋のおっちゃん。月一とは言え、三日間も研究室にこもりっきりはきついぜ」

「そんな時は肉食え肉! 今日はとびきりのヤツが入ったんだよ」

「いいねー、丁度奉公終わりで金もあるし、二日分貰おうか」


 アンバー中央広場から南の道へ出ると、そこは大きな商店街になっている。様々な店が並び立ち、一周すれば今日の朝食から明日の夕飯まで揃うと名高き品揃えで賑わっている。エデルもこの商店街に随分とお世話になっている。声をかけた肉屋も、エデルがよく行く常連の店で、でかい声と明るい笑顔がトレードマークの店主が切り盛りしている。ちなみに、エデルは店主の名前を未だに憶えられていない。


「流石はエデル! やっぱり首都帰りのエデルは金払いがいいって噂は本当だったんだな!」

「おう、その噂広めた奴の名前教えやがれ、一発殴ってやる」

「おおっと、怖い怖い。だがこれは商売人の義理だ、教えてやる訳にゃいかねえよ」

「冗談だよ冗談。んじゃまた買いに来るわ」


 「おう!」という店主の返事を背に、エデルは人ごみの中に消えて行った。商店街からさらに南へ行くと、一気に人通りがまばらになる。事務所が立ち並ぶ一番街に出たからだ。昼をとっくに過ぎたこの時間帯は皆仕事をしていて外にはほとんど人が居ない。


「っと、三日ぶりの我が家だ。空き巣に入られてないといいんだが」


 商店街の喧騒が完全に聞こえなくなった辺りでエデルは足を止める。地上二階建て、地下一階。エデルの事務所兼自宅である。彼の仕事は私立探偵。客も実績も余り無い、少し寂しい職場である。


「ただいまー。なんて、帰りを持ってる家族はいないんですが」


 エデルの父親は前述の通り、首都で国に抱えられて学者をやっている。母親は、エデルが十九歳の時に他界した。兄妹はいないし、結婚もしていない。ついでに言うと28歳である。

 エデルは誰も居ない事務所を通り抜けると、キッチンの隅にある冷却器の中に買ったばかりの肉を放り込み、二階へ上がる。二階はエデルの寝室と書斎、そして趣味の部屋があり、エデルは迷うことなく趣味の部屋へ入った。

 彼の趣味は自動人形(オートマタ)劇場の製作。鉄くず、木片、布の切れ端を加工して人形を作り、歯車を組み合わせてそれを動かす芸術。劇場、と言うと、この部屋の中心にある台座がそれである。彼は自動人形専用の小さな劇場から、自作していた。エデルのこだわりは演者だけでなく、舞台装置を操作する裏方の人形まで作ること。学院時代に、ゴーレム学を研究する一環で、自動人形作りを体験したのが始まりで、今となっては自動人形専用の部屋まで用意する熱心さ。

 それだけに、集中力はすさまじく、いつも気が付いたら夜になっている、と言うことが毎日のように起こるらしい。

 今日もその例に漏れず、一心不乱に人形と向き合い続け、街の人々がそれぞれの家に帰り、街灯が完全に消えてからも、彼の趣味の時間は続いた。少しは仕事をしろと言いたい所だが。


「事務所に居ようが居まいが客は来ない。なら別の事やってても一緒じゃないか」


と、言うのが彼の持論である。

 空腹を忘れて作業に没頭するエデル。ついに限界を訴えだした腹の音すら無視したエデルはしかし、次の瞬間に作業から目を切る事となった。

 聴き慣れない音がエデルの耳に入った。


「……来客か? こんな時間に」


 街灯が完全に消えているということは夜も相当遅い筈。エデルはちらと窓の外を見てそう思った。再び呼び鈴が聞こえる。最早疑いようもなく、事務所のドアをノックする音だとエデルは理解した。こんな時間に来る客など、厄介者に決まっている。良くて酔っ払い、悪ければ強盗の類いか。エデルは護身用のナイフを右手に隠して階段を降りていく。その間も呼び鈴は一定間隔で鳴らされ続けられる。


「はーい、どちら様ですか」


 エデルは扉から少し離れて声をかけるが、ノックの主からは何も返ってこなかった。不信感が増すものの、呼び鈴は相変わらず鳴り止まないので応対する他はない。

 エデルは数秒ほど思案した挙句、出ることにした。


「ったく、どちら様です―――か」


 ドアを開けたエデルの目に飛び込んできたのは、夜の街の風景。変わったところと言えば、雨が降っていたくらい。

 なんだ、ただの悪戯か。そう思ったエデルが視線を下に下げた瞬間。


「こんばんは、歪な正義の味方さん?」


 年端もいかない、それも、この街では珍しい黒髪碧眼の少女がずぶ濡れで立っていた。

グライアイの暗殺者リメイクです。

創作のリハビリがてら続けていきます。

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