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第二十一話 美鬼と妖孤


「ちょっと花音!! どういうことなのっ?!」


 午後。

 華月堂に戻ってきた花音がどんよりと配架をしていると、伯言が血相変えて詰め寄ってきた。


「爽夏殿から遣いが来て、明日からあんたは爽夏殿に来なくていいって!」

「ええ、そうでしょうね……」

「そうでしょうね、じゃないわよっ!」

 伯言は扇子を折らんばかりに両手で握りしめる。

「代わりに範礼部次官が引き続き選書をしますから、ってどういうことっ?! なんであの女狐が爽夏殿にいるのよっ!!」

「あ……言ってませんでしたっけ」

 すっかり伯言への報告が抜けてしまっていたが、そういえば範麗耀も伯言を知っているようだった。

「選書は、あたしと範次官でやってたんです」

「はあ?! なんであの女狐がしゃしゃり出てくるのよっ!!」


「女狐って誰のことですかしら」


 背後の声に、花音はぎょっとした。伯言は扇子で口元を隠してゆっくりと振り返る。


「……これはこれは範次官。皇城勤めの貴殿がなぜこちらへ?」

 一瞬で普通の男声に変わった伯言も怖いが、にたりと笑んだ範麗耀も怖い。


「相変わらず閑古鳥の鳴いている華月堂の視察に。ここは礼部の資料保管庫として最適な場所ですもの」


 え、と花音は息を呑む。しかし伯言は動じることなく微笑んだ。


「御冗談は顔だけにしてくださいね?」

「あーら、冗談ではなく近い将来の事実ですわ。貴方こそ、いいかげん悪あがきはおやめになったら?」


 花音を挟んで微笑み合う二人は大蛇と女郎蜘蛛、美鬼びき妖狐ようこだ。


(こ、怖い……)

 花音はそうっと、その場から離れようとした。が。


「花音っ」「白司書!」


(ひえええ!!)

 同時に呼び止められ、もう生きた心地がしない。


 範麗耀がにたりと笑って花音を睥睨へいげいする。


「あたくし、確認にきたんですのよ。貴女、解雇されたって本当かしら?」

「は、はい、本当……です」

 おーほほほほほ、というわざとらしい高笑いが響く。

「ならば賭けはあたくしの勝ち。あの蔵書部屋の本は全部、あたくしがいただきますわね?」


 何? と鋭い視線で伯言が応じる。


「失礼ですが範次官。あの蔵書部屋の本は華月堂にお譲りいただけると、尚玲殿が仰っていましてな」

「失礼ですけど鳳長官。とっくに話が変わっていますのよ。あたくしと白司書が選書をして、夏妃様が選ばれた方が本をいただけることになっていましたの」


 伯言が扇子の下からじっとりと花音を睨みつける。


「……そうなのか?」

(ひええええ! 普通な男の人みたいで怖さが倍増してるっ!!)


「は、はい……そのようになっておりました……」

「なぜ報告しなかった?」

 地獄の底から湧いてくるような声で問われ、花音は豆粒くらいに小さくなった心地がする。


 再び範麗耀の高笑いが響いた。


「報告・連絡・相談は官吏の基本のキ。蔵書を増やす前に新人教育に力をお入れになってはいかがかしら。そういうわけで、爽夏殿の素晴らしい蔵書はあたくしがいただくということで、悪しからず」


 わざとらしいほど優雅に会釈をして、範麗耀は去っていった。


「……花音」

「いえっ、あのっ、いろいろとほんとうにすみませんっ」


 ひたすら謝るしかない花音に、伯言が言った。


「本を奪い返してくるのよっ」

「え?」

「あれはあたしが最初に目を付けた蔵書なのっ。尚玲ちゃんにも許可取ってたんだからっ。よりによってあんな女狐に横から持ってかれてたまるもんですかっ」

「奪い返すって、でも……あたし、解雇されたんですよね?」

「策を考えるわ。ていうか、なんで解雇されたわけ? 心あたりは?」


 問われて、花音はうなだれる。


「わからないんです……」

「はあっ?! どういうことよっ」

「それが……」


 花音は午前中のことを話した。


 理杏から、別室の蔵書のことを聞いたこと。

 その蔵書を探すため理杏に教えてもらった通りに歩いたはずが、なぜか夏妃の私室の棟に迷いこんでしまったこと。尚玲に見つかりそうになったこと。


「なによあんた、まんまとハメられてんじゃないっ」

「え、そうなんですか??」

 はあっ、と伯言は溜息をつく。

「そこに気付かないあたりが甘ちゃんなのよ、あんたは。で、尚玲ちゃんに見つかって禁を破ったと怒らせたわけね」

「あ、いえ、そうじゃなくて……その場はなんとか切り抜けたんですけど」


 紅のことは黙っていた。

 伯言は帝の――つまり紅の父帝の側近らしく、その伯言を紅は苦手としている。

 だから言わない方がいいと思った。


(そ、それに)

 なんとなく、恥ずかしかった。

 紅と二人きりだったあの時間のことを伯言に知られるのが。



「は? じゃあなんで解雇って話になるのよ」

「大広間に戻った後、夏妃様に本を献上したんです。たまたま、迷い込んだ夏妃様の御部屋にその……人形がたくさんあるのを見かけたので、人形の挿絵がたくさん入った美術系の冊子と巻子を」


 無邪気に巻子を広げた夏妃のうれしそうな姿が脳裏に浮かぶ。

 何て書いてあるのか教えてくれ、と言った、幼子のような表情も。


「なるほどね」

 話を聞いた伯言は唸った。

「貴妃なのに字が読めない……あんたの思い違いなら、確かに不敬罪に問われかねない発言だし、本当だとしたら宋家としては絶対に知られたくない醜聞ね」


「あたしがいけなかったんです」


 夏妃が字が読めないのだとしても、あの場でそれを言ってはいけなかったのだ。


「司書として、もっと別の方法で本を楽しめるってことを、もっと上手に伝えなくてはいけなかったんです」


 伯言は灰色の瞳で花音をじっと見た。


「そうね。尚玲ちゃんの願いは、夏妃に教養をたしなんでいただくこと。七夕の宴で皇子殿下方とそつなく会話できるようにね。花音の提案がそれ願いを叶えるなら、尚玲ちゃんの怒りも解けるでしょうね」

「できますかね?」



 半分は伯言に、半分は自分に問う。



 空色の扇子が、ぺしりと額を打った。灰色の双眸がずい、と迫ってくる。


「できますかね、じゃなくて、やるのよ。爽夏殿の蔵書を範麗耀なんかに渡さないわ。何が何でも爽夏殿の蔵書を華月堂に持ってくるのよ!」






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