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6話 影の騎士

 俺は、一つ、嘘を吐いている。




――――――――――




 ユースティアナの奮闘のおかげで、騎士達は、この場から撤退することができた。


 獲物を逃がしたことで、ドラゴンは怒りに吠える。

 逆に、ユースティアナは満足そうな顔になる。


「よかった……」


 一つ、頷いた。


「私も撤退したいところだけど……やっぱり、もう少し時間を稼いでおかないと」


 ユースティアナは、改めて剣を構えた。

 そして、ドラゴンと対峙する。


「グルルルゥ……」


 ドラゴンは低く唸る。

 すぐに攻撃に移ることなく、様子をみているようだ。


 ユースティアナのことを強敵と認識したのだろう。

 適当に食らいつくのではなくて、確実に仕留めるための策を考えている。

 それだけドラゴンは知能が高い。


 一方のユースティアナも、戦術を練り上げていた。


 相手はドラゴン。

 普通に考えて、単独で討伐することは不可能だ。

 いくらユースティアナが『氷の妖精』と謳われる強者だとしても、ドラゴンが相手となると強さの次元が違う。


 子犬がライオンに挑むようなもの。

 99パーセントの確率で負けるだろう。


「でも、残り1パーセントを掴んでみせる!」


 ユースティアナは自分を鼓舞するようにそう言って、剣を構えて、ドラゴンに向けて突撃した。




――――――――――




「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 1時間に及ぶ死闘が続いていた。


 ドラゴンの攻撃はすさまじく、一撃を受けただけで即死だろう。

 その恐怖を乗り越えつつ、攻撃を回避して、それだけではなくてカウンターも叩き込む。

 しかし、これといった有効打を与えることはできない。


 常に死と隣り合わせの戦闘が続いて……

 ドラゴンを討伐する未来をまったく思い描くことができず……

 じわじわと追い詰められていく恐怖。


 さすがのユースティアナも、肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていた。

 気力を奮い立たせて、どうにかこうにか持ちこたえているものの、そろそろ限界だ。


「これだけ、時間を稼げば……私も、撤退を……」


 言葉を紡ぐことさえ難しい。

 限界が近い体は、あちらこちらが震えて、力がうまく入らない。


 対するドラゴンは、ほぼほぼ傷を受けていない。

 体力もまだまだ問題がない。


 圧倒的だ。


 これが最強の魔物。

 自分が持つ『最強』の称賛とはまったくレベルが違う。

 ユースティアナは小さく苦笑した。


「さすがに……今回は、まずいかな……?」


 しかし。


「私は……負けないよ!」


 力をかき集めて。

 気力を振り絞り。


「……いくよ」


 地面を蹴る。


 前へ。

 前へ。

 前へ。


「やぁあああああああぁぁぁっーーーーー!!!!!」


 砲弾のような勢いで加速して、音を超えていく。

 そのままの状態でドラゴンに突撃して、渾身の一撃を繰り出した。


 ギィンッ!!!


 ガラスをまとめて百枚、叩き割るような音。

 ……ユースティアナの人を超えた動きに耐えることができず、剣が折れた。


「なっ……!?」


 愕然とするユースティアナ。

 彼女は、これ以上ないほど無防備で……

 その隙を見逃さず、ドラゴンは尻尾を鞭のように扱い、ユースティアナに叩きつけた。


「かはっ……!?」


 直撃。

 避けることも、防ぐこともできず。

 衝撃を和らげることもできず、ユースティアナは大きく吹き飛ばされた。


 そのまま地面に激突……


「ユースティアナ!」


 激突する直前で、どこからともなく現れたジークが彼女をしっかりと受け止めた。




――――――――――




「ユースティアナ!」


 吹き飛ばされた彼女をしっかりと受け止めて、地面に着地した。


「……ぅ……」


 腕の中のユースティアナは、わずかに体を動かしていた。

 死んではいないが、意識は失っている様子だ。


 怪我も酷い。

 このままだと死んでしまう。


「これを」


 ポーションを無理矢理飲ませて……

 それと、傷口に直接かけておいた。

 ただの応急処置だけど、これでしばらくは問題ないだろう。


「ガァッ!」


 邪魔をするな、と言わんばかりにドラゴンが吠えて、前足を叩きつけてきた。


 ユースティアナがいるため、避けることはできない。

 なら、どうすればいい?


 簡単だ。

 防げばいい。


「軽いな」

「ガッ……!?」


 俺は、片手でドラゴンの一撃を受け止めてみせた。

 衝撃と重量で、地面がズンッと沈むものの、それだけ。

 俺が怪我を負うことはない。


 自慢の一撃をあっさりと受け止められて、ドラゴンは動揺しているようだ。

 その間に、ユースティアナの木の幹に寄りかからせた。


『我が一撃を受け止めるとは……貴様、何者だ?』


 ふと、頭の中に声が響いた。


「これは……お前の声か?」

『然り。我のような位の高いドラゴンとなれば、人間の言語を理解する、使いこなすことなんて子供の遊びのようなものよ』

「そうか。それで、今になって話しかけてきたのは、どういうことだ?」

『汝は、それなりに強いな。餌として、興味を抱いた』

「餌として……ねえ」

『命と魂を捧げよ。それは、弱者の務めであり、運命だ。強者である我に従い、全てを差し出すがいい』

「俺が命を捧げたら、ユースティアナは見逃してくれるか?」

『なにをバカな。その女も餌だ。共に、我の血肉になることは運命よ。そうか、貴様はその女の番なのか? ならば先に、女を食らってやろう。目の前で手足を貪り、そして、ゆっくりと命を奪い取ろう。そうして絶望というスパイスを貴様に与えようではないか。くくく……どうだ、なかなか楽しそうだろう?』

「……はぁ」


 思わずため息がこぼれた。


「ドラゴンは高い知能を持つと聞いていたが、それは間違いだな。とんでもないバカじゃないか」

『なに……?』

「見逃してくれる、って言うのなら、手加減はしようと思っていたが……止めだ。ユースティアナをこんなにしておいて、許すとか、ありえないだろ。俺も、大概、バカだな」

『貴様……強者である我を侮辱するか』

「強者? お前が? ……それこそバカな話だ」


 俺は一瞬でドラゴンの背後に回り込み、その尻尾を掴んだ。


 そのまま背負投げ。

 反対側の地面に叩きつける。


『ガァッ……!?』

「この場合、弱者はお前の方なんだよ。このトカゲ野郎」

『ば、バカな!? これだけの体格差がありながら、我を投げ飛ばすだと!? いったい、どれほどの力を有して……いや、力だけではない。我が視認できないほどの速度……貴様、本当に人間か?』

「ただの騎士だ」


 さらなる追撃。

 倒れたドラゴンの上に乗り、拳を叩きつけた。


 通常、ドラゴンは、鉄よりも硬いと言われている鱗に体を覆われているのだけど……

 俺の拳は、その守りを突破して、ドラゴンの肉体に深々と突き刺さる。

 肉の繊維を壊して、骨を砕く感触が伝わってきた。


『な、なんだ、この力は……!? 弱者であるはずの人間が、強者の我をこのように扱うなど……ありえないっ、ありえないぞっ!?』

「うるさい。少し黙れ」

『ギャッ……グッ、アアアアア!?』


 拳撃の乱打を見舞う。

 一発一発に魔力を込めているため、ドラゴンの鱗の装甲も突き抜けることができた。


『ば、バカな……!? この膨大な魔力は……な、なんなんだ!? 脆弱な人間が得られるものではないぞ!!!』

「だから黙れ」

『ガアアアアアァッ!?』


 再び連打。

 拳を雨のように降らせてやる。


 頭。

 肩。

 腕。

 胸。

 腹。

 脚。


 全身に拳を叩きつけて、各部の骨を砕いて……

 徹底的に叩きのめしてやる。


『ガッ……グァ……なぜ、それほどの力を……人間ごときが……』

「物心ついた時から鍛錬を重ねているからな……こういう時のために」


 ユースティアナは騎士団の団長というだけではなくて、公爵令嬢でもある。

 故に、色々な問題、事件に巻き込まれることが多い。


 ある日、金目的で誘拐されたことがある。

 その時、俺は子供で、なにもできず……

 大人に頼ることしかできなくて……

 自分の無力さを痛感したことがある。


 あんな想いは二度とごめんだ。

 ユースティアナになにかあった時は、誰かに頼るのではなくて、俺が助け出したい。

 助けてみせる。

 そう決意した俺は、血反吐を吐くような鍛錬を重ねて……

 一歩間違えたら死ぬような訓練を積んで……

 そして、今に至る力を得た。

 勘が鋭いのは、その訓練で得た、ただのおまけだ。


 この力は、ユースティアナのために。

 このことは彼女も知らない。

 誰も知らない。


 ユースティアナが仮面を被るように、俺も仮面をつけている。

 嘘を吐いている。


 ただの勘が鋭い、ネズミ狩りの騎士ではない。

 そう、俺は……


「ユースティアナのための、影の騎士だ」


 この力は、全て彼女のためだけに。


「さて」


 ドラゴンの頭を蹴り上げつつ、睨みつけた。


「終わりにしようか」

『ま、待て! やめろ! ドラゴンである我を手にかけるなど、そのような愚行を犯すつもりか……!? 考え直せ。人間は我を恐れ敬うべきで、このような真似をするべきではないのだ……!』

「はぁ……お前、やっぱりバカなんだな。それも、とびきりのバカだ」

『なっ……!?』

「今、この場の支配権を握っているのは、どこからどう見ても俺だろう? それなのに、未だ上から目線で命令口調……死にたいのか?』

『ひっ……!? わ、我の命を脅かすなど……しかも、人間ごときが……な、なぜだ? なぜこのような理不尽が通る!? ありえない、ありえないぞ!?』

「……ダメだな、お前。話がまったく通じない」


 もしも、自分の非を素直に認めて謝罪するというのなら、ここで終わりにしてもいいと考えていた。


 でも、こいつはまるで反省していない。

 己が支配者であることが当然と考えていて、立場を変えることを知らない。

 知ろうとも、理解しようともしていない。


「さようならだ。今のうちに天に行けるように祈っているんだな」

『待て待て待てぇ!? やめろっ! 脆弱な人間ごときが、我のような高貴な命を奪うなど、どうしようもないほどの愚行なのだぞ!? 自然の摂理に逆らうことと同じ、そう、世界の理を壊すも同然のことなのだ!』

「ごちゃごちゃうるさいな」

『や、やめろっ!? その拳を元に戻せ! 我はドラゴンなのだ! 矮小な人間とは違う、圧倒的に優れた存在なのだ! その我を殺すなど、あってはならないこと。世界にとっての損失であり……』

「俺にとって、お前が生きている方が損失だよ」

『まっ……!!!?』


 拳を振り下ろした。


 ゴガァッ!!!


 骨を砕いて、その奥にある脳を破壊する感触。

 ドラゴンは白目を剥いて、泡を吹いて……

 何度か痙攣した後、動かなくなった。


 そんなヤツの死体を冷たく見下ろしつつ、言い放つ。


「ユースティアナを傷つけたヤツを許すとか、ありえないだろう」

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[良い点] ドラゴンは完全に相手の力量を図り損ねた。そして、主人公の大切な人を傷つけた怒りも…
[一言] しゃべれる知能はあっても相手のレベルを見極める知能は無かったですね!w
[一言] 波動昇龍拳‼️
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