5話 絶体絶命
完全無敵に思える『氷の妖精』だけど、一つ、弱点があることを俺は知っていた。
――――――――――
3日後。
魔物の討伐が開始された。
ユースティアナが率いる討伐部隊が、事前に場所を特定しておいた魔物の巣に向かう。
その部隊に俺も含まれている。
他に、一部、新米騎士が混ざっているものの……
適度に緊張しつつ、適度に気を抜いているようだ。
良い状態だ。
これなら十全の力を発揮することができて、問題なく魔物を討伐することができるだろう。
その予想は正しく……
「A班、魔物の掃討を完了しました!」
「同じく、B班、掃討を完了しました!」
「C班も完了です!」
山の麓にある洞窟へ突入。
中にいたゴブリンの群れと、その他、複数の魔物の討伐に成功した。
こちらの被害はゼロ。
怪我人もいない。
多少、武具が損耗しただけで、完璧な勝利だ。
「みなさん、おつかれさまでした。そして、よくやってくれました。文句のつけようのない、完璧な作戦内容だったと思います」
ユースティアナに褒められて、皆は喜びに顔をほころばせる。
「しかし、この後、問題が起きないとも限りません。子供の遠足と同じです。最後まで気を抜くことのないよう、引き続き、気を引き締めて任務に望んでください」
「「「はっ!」」」
褒めた後、気を引き締めさせる。
ユースティアナらしい、うまいやり方だ。
その後、魔物の死体を適切に処理して……
それから、洞窟が再び魔物の巣にならないように、聖水で浄化しておいた。
永遠にというわけにはいかないが、これで、しばらくは魔物が寄りつくことはないだろう。
「ジーク」
作業中、こっそりとユースティアナに声をかけられた。
「なにか違和感はある? 強い魔物の気配とか」
「今のところは……けど」
「けど?」
「……嫌な感じがする。あまり長居はしない方がいいかもしれない」
「了解」
俺の言葉を疑うことなく、すぐに信じて受け入れてくれる。
ありがたい。
「みなさん、作業状況は?」
「魔物の処理、完了しました!」
「洞窟の浄化、完了しました!」
「探索も完了です。特に問題はありません!」
「わかりました。では、村へ帰投します。さきほども言いましたが、各員、くれぐれも油断のないように。油断するような者がいた場合、魔物にやられるよりも先に……私が斬ります」
「「「はっ!!!」」」
ユースティアナの言葉で、騎士達はさらに気合が入ったようだ。
油断なんて欠片も見せず、完璧な陣を組み、周囲を警戒しつつ村への帰路を辿る。
……ただ、それは唐突に、突然に、前触れもなくやってきた。
背中を走る悪寒。
死神に鎌を突きつけられているような恐怖。
それらを感じて、俺は慌てて叫ぶ。
「伏せろっ!!!」
半数ほどの騎士が盾を構えつつ、伏せて……
残り半数は、とにかく、がむしゃらに身を低くした。
直後。
ゴォッ!!!
どこからともなく飛来した爆炎が、俺達の頭上で弾けた。
熱と衝撃が吹き荒れて、近くにいた騎士が吹き飛ばされそうになり、急いで手を伸ばして掴んだ。
「くっ……な、なんだ!? いったい、なにが起きた!?」
「お、おい……あれを……」
一人の騎士が青い顔をして空を指さした。
天空の支配者。
生きる伝説。
全てを破壊する獣。
生態系の頂点に君臨する、最強最悪の魔物……ドラゴンだ。
「なんてこった……どうして、こんなところにドラゴンが……」
「やばい、死んだ……これはもう、死んだ……」
「死んだフリとか通用しないかな……しないよな、ははは……」
騎士達の戦意が一気に落ちる。
それも仕方ない。
ドラゴンといえば、天災級の魔物だ。
討伐するとなれば、第三だけではなくて、ほぼ全ての騎士団を動員しなければいけない。
それだけの相手だ。
騎士達が死を覚悟してしまうのも無理はない。
当たり前のことと言える。
ただ……
「落ち着きなさいっ!!!」
「「「っ!?」」」
ユースティアナの一喝で、騎士達の震えが止まる。
「騎士とあろうものが、この程度のことでうろたえてどうするのですか!? ドラゴン? それがなんだというのですか! 戦場では、ドラゴンよりも厄介で恐ろしい相手がたくさんいるのですよ!」
「そ、それは……」
「……いや、団長の言う通りだ。こんなことで怯むなんて……」
「そうだ、やってやる!」
「よろしい。恐怖で体が動かない、なんて愚か者はいませんね? そのような者がいたら、ドラゴンの餌になる前に、私の剣の錆にしてあげます」
この時ばかりは、その言葉は本気だったかもしれない。
ここで動けなくなれば、死は確定だから。
「私がヤツを引きつけます。その間に、各員、撤退を」
「し、しかし団長……!」
「いくらなんでも団長だけじゃあ……俺達も戦います!」
「足手まといはいりません」
ピシャリと言い放つ。
それに反論できる者はいない。
「早く撤退を」
「で、でも……」
「三度、言わせないでください。私の命令に従えないというのなら、やはり、ドラゴンの餌になるよりも先に斬り捨てますよ?」
「くっ……総員、撤退だ!」
ライラック副団長の代わりを務める上級騎士が号令を出した。
各騎士は迷い、悔しさをにじませつつ……
しかし、この場はそうするしかないと自分を納得させて、撤退を始める。
「ガァアアアアアッ!!!」
逃さないとばかりにドラゴンが急降下してきたが、
「あなたの相手は私です!」
ユースティアナがドラゴンを迎え撃つ。
驚くべきことに、彼女は、攻城兵器に匹敵すると言われているドラゴンの突撃を、剣一本で受け止めてみせた。
そこで終わらず、カウンターを叩き込む。
ドラゴンは大きく吹き飛ばされて、悲鳴を上げて、周囲の木々を巻き込みつつ転がる。
「す、すごい……あのドラゴンを相手に、まったく負けていない」
「むしろ、押しているんじゃないか?」
「さすが団長だ!」
「感心している場合じゃないぞ。団長が時間を稼いでくれているんだ。俺達は、少しでも早く撤退しよう!」
浮足立つ騎士達を、今度は俺が喝を入れた。
騎士達は、ハッとした様子で、表情を引き締める。
「そ、そうだな。俺達がいても足手まといになるだけだ……」
「それよりも、早く村に戻って、副団長に知らせないと!」
「行くぞ!」
今、自分にできことを。
やるべきことを。
それを思い出した騎士達は、急いで撤退を開始した。
ドラゴンの追撃が飛んでくるものの……
「させませんっ!」
ユースティアナが体を張って攻撃を止める。
騎士達はその勇姿に湧くのだけど……
俺は、気が気でない。
……これが彼女の弱点だ。
冷酷に、クールに振る舞っていても、でも、その心はとても優しい。
誰一人、騎士を見捨てるつもりはない。
怪我をさせるつもりもない。
そのためならば、己の体も盾にしてしまう。
優しすぎるんだ、彼女は。
平気で他人のために自分を犠牲にしてしまう。
そのことを知っているからこそ、俺は、焦る。
ドラゴンのような強敵を相手に、背中を気にしつつ戦っていたら……確実に負ける。
「急ごう!」
俺は強い言葉を飛ばして、騎士達を撤退に導いた。
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