4話 癒やしてほしい
村の外に作られた野営地。
騎士団長専用のテント。
そこに、俺とユースティアナ。
副団長のライラック・ハインストの三人がいた。
「……と、いうわけで。ジークが発見した他国の間者と思われる者を二人、捕縛しておきました。一人は、第三の者です」
「やれやれ、頭の痛い話ですねぇ……間者の話は色々と聞いていましたが、まさか、私達の第三にまで潜り込んでいたとは」
「一人一人、入念な調査はしていたと思うのですが……その辺りはどうなっていますか?」
「んー……それでも、無理な時は無理ですねぇ。大抵の間者は、己の過去を完全に消しています。そこから、新しい偽の人生を上書きしている。それを見破ることは、不可能とは言いませんが、相応の時間をかけなければいけません。全ての騎士志望者にそのような調査を行っていたら、入団に数年かかってしまうでしょう」
「実質、不可能ということですか……ふぅ。頭の痛い話ですね」
「本当に」
ユースティアナとライラック副団長が揃ってため息をこぼす。
そして、ライラック副団長は、秘密の会議に同席する俺に視線を移す。
「ジーク、お手柄ですよ。あなたのおかげで、私達、第三の……そして、団長の情報が外に漏れずに済みました。よくやりました」
「はっ、ありがとうございます」
「しかし……キミの勘は本当にすごいですねぇ。これまでに発見した間者は、軽く十を超える。中には、生きる伝説として恐れられている暗殺者も含まれていた。そのような人物を、いったい、どうやって見つけているのですか?」
「どう、と言われても……勘、でしょうか」
その者がまとう雰囲気。
日頃の言動。
視線の動き。
それらを観察していると、たまに、わずかではあるものの違和感を覚える時がある。
そういうヤツは、大抵、他国の間者か暗殺者など、ろくでもない者だ。
俺は、そういう人の暗部を見抜くことに長けている。
一時期、一歩間違えたら命を失うような環境にいて……
そこで生き延びるために、他人の顔色や感情の全てを窺っていて……
それ故に身についた能力だと考えている。
そんな俺の能力は重宝された。
おかげで、ユースティアナと同じ第三に配属されることを許された。
「すさまじい勘ですねぇ。私も、あやかりたいものです」
「マニュアルを作成できればいいんですけどね」
「まあ、難しいでしょうねぇ……ところで、ジークは、対処法などは思い浮かびませんか? こうも間者が潜り込んでいる状況を知ると、なんとかしたいと思うのですが……」
「そう、ですね……スラムなどに行けば、俺のような勘の鋭い者はいると思います。そういった者をスカウトして、各部隊に配属すれば……」
「話は理解できますが、現実的ではありませんねぇ」
「ですよね」
スラムに生きる者は、表社会に適合できず弾かれたからこそ、そこで生きている。
今更、表社会に戻ることは難しいだろう。
「やれやれ。本当に頭が痛い話ですねぇ……」
「ですが、第三に関しては、これで綺麗になりました。ジークのおかげですね」
「確かに、それは喜ぶべきことでしょう。ジーク、間者はあの二人だけなのですね?」
「断言はできませんが、おそらくそうだと思います」
第三に配属されてから今に至るまで、日々、団員の観察を行ってきた。
怪しいと思えたのは、さきほど捕らえた者だけだ。
「作戦前に膿を出すことができた。今は、それでよしとしましょうか」
「そうですね。後々の処理ですが……」
「ええ、私にお任せください、団長」
「はい、お願いします。二度とこのようなことがないように、というのは難しいでしょうが……できる限りの情報を搾り取ってください。一切合切遠慮なく」
「かしこまりました。では、私はさっそく作業に取りかかりますね」
ライラック副団長は一礼してテントを後にした。
瞬間、
「ふにゃあああああーーーーー」
ユースティアナは一気に脱力して、なんだか猫みたいな声をこぼす。
「つーかーれーたーよぉおおおおお……」
「おつかれさん。ほら、あんパン」
「あんパン!!!」
ユースティアナは目をキラキラと輝かせると、さっそくあんパンを食べた。
「ん~~~♪ 美味しい、おいひぃよぉ~~~♪」
「よっぽど疲れていたんだな」
「だってだって、色々と難しいことが起きるんだもん。私、頭を使うこと、苦手なんだよぉ……ジークも、幼馴染なんだから知っているでしょ?」
「ユースティアナのぽんこつっぷりは、よく知っているよ」
「ちょっと。ぽんこつとか言わないで。繊細な乙女心が傷ついちゃうじゃない」
「繊細な乙女? ははは、冗談がうまいな」
「怒るよ?」
「あんパンのおかわり、いる?」
「いるー!」
ちょろい。
「でも、本当に面倒なことが増えたよね。団員の管理とか、他国の間者に注意するとか……はぁあああ。騎士団って面倒だよぉ……」
「なら、辞めるか?」
「ううん、辞めないよ」
迷いのない即答だ。
「だって私は、ジークと一緒に正義の味方になるんだからね!」
「また、恥ずかしいことを……」
「昔、約束したじゃない。私達で悪をやっつけて、世界を平和にしようね、って」
「子供の頃の夢物語だろう」
「それでも、私は本気だよ」
ユースティアナはにっこりと笑う。
その笑顔からは、俺に対する絶対の自信が窺えた。
「ジークと一緒なら、なんでもできるような気がするんだ」
「……ユースティアナ……」
「だから、一緒にがんばろうね! えへへ♪」
「……了解。どこまでもついていくよ、団長様」
これだから、ユースティアナには敵わない。
ちょろいのは俺の方な気がした。
「ねえねえ、ジーク」
「うん?」
「疲れたから膝枕をしてほしいな♪」
「なにか関係あるのか、それ?」
「私が癒やされる」
「アロマオイルでも炊けばいいんじゃないか?」
「そんなもの持ってきてないよ。作戦に関係ないもん」
「だからって、膝枕なんて……」
「……ダメ?」
捨てられた子犬が雨に打たれているような目は止めろ。
どうしようもない罪悪感に襲われてしまうじゃないか。
「……ちょっとだけだからな」
「わーい♪」
ユースティアナは子供のように喜んで、さっそく、俺の膝に頭を乗せてきた。
「ん~♪ ジークの膝枕、もふもふぅ」
「いや、硬いと思うが」
「そんなことないよ? 私にとって、すごく幸せな枕だよ」
「そうか?」
「……こうしていると、昔を思い出すね」
「……そうだな」
昔はよく、ユースティアナに膝枕をしてやったものだ。
しっかりしているようで、でも、どこか抜けていて……
そして、甘えん坊。
忙しい両親に代わり、俺がユースティアナを甘やかしていた。
だから今も、こうして甘えてくるのだろう。
「はふぅ……癒やされるぅ」
「男の膝枕なのに?」
「ジークの膝枕だからだよぉ」
そう言うユースティアナは、恍惚とした表情さえ浮かべていた。
俺、妙な魔力でも放出しているのかな……?
「すみません、団長。聞き忘れていたのですが……」
「はい、なんでしょうか?」
刹那の早業。
ライラック副団長が戻ってくると、ユースティアナは一瞬で俺から離れて、感情を窺わせない無表情を作ってみせた。
……猫かぶりが神業の域に達しているな。
ここまでくると逆に感心する。
「と、いうか……報告は漏れがないように、といつも言っていましたが?」
「申しわけありません。猛省いたします」
リラックスタイムを邪魔されたらせいか、ユースティアナはぷちご機嫌斜めだ。
「魔物の討伐の件ですが、討伐と村の防衛で、部隊は二つに分けると考えてよろしいですか? 団長は魔物の討伐、私が村の防衛という形で」
「はい、その予定ですが……なにか問題が?」
「いえ、問題ということではなくて……ジークは防衛側に回る予定だったと思いますが、討伐隊に組み込んでいただけませんか?」
「ジークを?」
なぜ? という感じでユースティアナは小首を傾げた。
彼女は冷酷に見えて、実は優しい。
人間らしいところもあり、贔屓もする。
幼馴染の俺を前線に連れて行くことに抵抗があるのだろう。
「村人が言うには、少し森が騒がしいようです。こういう時は予想外の魔物の襲撃があるかもしれず……」
「……不意打ちの襲撃を避けるために、ジークの鋭い勘に期待する、ということですか」
迷うような沈黙。
ややあって、ユースティアナはこちらを見た。
「ジーク、すみませんが、お願いできますか?」
「はい、問題ありません」
「団長もジークも理解いただき、ありがとうございます。では、私はこれで」
にっこりと笑い、ライラックは、今度こそテントを後にした。
「……ふぅううう、バレるかと思ったよ」
「いっそのこと、バラしてもいいんじゃないか? 誰もユースティアナのこと、変に思わないと思うが」
「そういう問題じゃないの。今の私を知っているのは、ジークだけでいいの」
「意味がわからないが……?」
「ばかっ」
なぜか拗ねられてしまうのだった。
いや。
本当になぜだ……?
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