33話 優先順位
「な、なんだ……!?」
部屋に突入すると、半裸のクライブが慌てていた。
そして、その先に……
ベッドに組み伏せられているユースティアナの姿が。
すっと、心が冷えていく。
「貴様、何者だ!?」
「……ジーク?」
クライブは威嚇するように大きな声をあげて。
ユースティアナは、信じられないという様子で小さく呟いた。
「団長、大丈夫ですか?」
「……ええ、問題ありません」
こんな時まで、ユースティアナは『氷の妖精』としての仮面を被っている。
大したものだ、と心の中で苦笑した。
ただ……
よく見れば、彼女が怯えているのがわかる。
その心が震えているのがわかる。
瞳の奥に恐怖の感情が隠れているのが見て取れた。
だから……
「第四の団長のクライブ殿でしたね? いったい、なにをしているんですか?」
このクズを叩きのめす!
「……見てわかるだろう? 僕と彼女はそういう関係だ。今すぐに失せろ」
「はぁあああ」
俺は、これみよがしにため息をこぼしてみせた。
「あんた、バカか?」
「なに!?」
「この状況を見て、合意の上とか、ありえないだろ。言い訳、子供レベルか」
「この僕が合意と言うのだから、それはもう合意なのだよ。それに、光栄に思うべきなのだ。僕に抱かれるなんて、この上のない幸せなのさ」
「気持ち悪いな、お前」
「きっ……!?」
ここまでストレートな罵声は浴びせられたことがないのだろう。
クライブは絶句した様子で固まる。
「女性に好かれて当たり前とか、うぬぼれがすぎるだろ。ちょっと顔は良いみたいだけど、ちょっとだろ? そのレベルで、よくもまあ、恥ずかしげもなくそこまで言えるな」
「なっ、なっ……」
「ついでに言うと、ヘタクソなんだろ? ちょっと話を聞いたが、お前と関係を持った女性はみんな、苦笑いしていたぞ。ヘタクソだけじゃなくて、めちゃくちゃ早いってな」
「貴様……殺されたいみたいだな」
クライブは怒り心頭といった様子で、ベッドの脇に置いてあった剣を抜いた。
「いや……待て? そういえば、部屋の周りにいた者はどうした? ここには、誰も通さないように命令していたが……」
「全員、気絶しているよ」
「なんだと? 貴様……騎士だというのに、一般人に手をあげたというのか?」
「そうだけど、それがどうかしたか?」
優先順位の問題だ。
ユースティアナが危機的な状態にあり、一般人がそれを邪魔する。
操られていたとしても、それはもう敵だ。
ユースティアナと一般人。
どちらを取るかと問われれば、俺は、迷うことなくユースティアナを選ぶ。
今回は、それを実行したまでのこと。
もちろん、手加減はしておいたから、怪我はさせていない。
ただ気絶させただけだ。
「ははっ、なにをバカな! あの人数を相手に、怪我をさせずに全員を気絶させた? そのようなこと、できるものか。この『氷の妖精』でも不可能だ。どうせ口だけで、怪我をさせたのだろう? 邪魔だと殴り飛ばしたのだろう?」
「必要があれば、そうするな」
「なっ……」
あっさりと言い切られてしまい、クライブが再び絶句した。
「俺は、なににおいても彼女を優先する。それを邪魔するのなら、なんであろうと誰であろうと、全部、叩き潰す」
「貴様というヤツは……なんという愚かな。騎士の風上にも置けないね」
「いや、お前が言うなよ。元を正せば、全部お前のせいだろうが」
「ええいっ、うるさい! いいだろう。こうなれば、僕が直接、相手をしてやろう。殺しはしないが、その他、色々と諦めてもらおうか!」
「奇遇だな」
俺は前に出た。
床を踏み抜くような勢いで蹴り、一瞬でクライブの懐に潜り込む。
「なっ……はや……!?」
「俺も同じことを言おうとしていたんだ」
体勢を低く……そして、拳を下から上に振り上げた。
拳をめり込ませるようにして、クライブの顎を砕いて。
そのまま殴り飛ばして、壁に叩きつけてやる。
「ぐっ、かは!?」
その衝撃で棚に置かれていた鏡が落ちて、クライブの前に転がる。
偶然、自分の顔が映り……
「なっ、あぁ……!?」
顎を砕かれて、鼻血を流して……
馬車にひかれたカエルのような顔になった自分を見て、クライブは絶望の声を上げる。
「ぼ、僕の、僕の美しい顔がぁあああ……!? こ、このっ……ごろしてやるっ!!!」
「安心しろ」
「は……?」
俺は、クライブの隣に移動した。
特殊な歩法を使い、相手の認識を混乱させるというものだ。
クライブからしたら、一瞬で隣に移動されたように見えただろう。
「ど、どうじて……いつの間に……」
「これからは、顔のことなんて気にする必要はない。そんなことを考えられないような体になるんだからな」
「な、なにを……ひぐぅ!?」
顔を殴る。
鼻を潰す。
頬を壊す。
俺の大事なものを傷つけようとしたように……
ヤツが大事にしているものを徹底的に壊してやる。
「これで……」
「あっ、ひ、ひぃ……!? も、もう、やめ……」
「終わりだ!」
最後……
トドメに、爪先で股間を蹴り上げてやる。
「っっっ……!?!?!?!?!?」
声にならない悲鳴。
クライブは白目を向いて、口から泡を吹いて……
そのまま昏倒した。
「本当は殺してやりたいが……まあ、今回は、『男』であることを殺すだけで勘弁してやるよ」
 




