31話 想定外であり、予想を越えた……
ユースティアナとクライブは、まず最初に劇を鑑賞した。
それから、あらかじめクライブが予約しておいたレストランで昼食を食べて……
同じく、予約しておいた会場でコンサートを聴いた。
陽が暮れ始めた頃、綺麗な花が咲いている公園を二人で散歩する。
「どうかな? 今日は楽しんでいただけただろうか?」
「そうですね、それなりに」
「やれやれ、つれない反応だ。でも、それがいい」
ユースティアナは、表情には出さないものの、背筋がゾクリと震えるのを感じた。
クライブの目が狩りをする獣のように感じた。
ねっとりとまとわりつくようで……
ただただ不快でしかない。
でも、今は我慢するしかない。
第三を守るため。
団員のため。
そして……大事な幼馴染のために。
「こんな時間だ。夕食にしないかい?」
「すでに予約を?」
「フローライト嬢が嫌だというのなら、無理にとは言わないけどね」
「……わかりました、行きましょう」
「ありがとう、嬉しいよ」
――――――――――
クライブが予約したというレストランは、当然というべきか、大衆向けではない。
きらびやかな調度品で飾られた店内。
店の角で奏者が生の演奏を披露している。
そして、メニューに書かれている料理の値段は、通常の店より桁が一つ二つ違う。
「このようなところ、大丈夫なのですか?」
「問題ないよ。僕ら団長クラスは、それなりの給料をもらっているじゃないか」
「だとしても、派手に使いますね」
「他ならぬフローライト嬢との食事だからね。キミのために、全力で張り切らせてもらうさ」
「そうですか」
「ふむ。今の台詞で、大体の子は顔を赤くするのだけど、フローライト嬢はまったくの無表情。さすがだ」
「それ、褒めているんですか?」
「もちろんだとも」
男の見栄というやつだろうか。
それとも、クライブ独自のものだろうか。
例えば……
ここにいる相手が幼馴染だとしたら?
選ぶ場所を間違えた、と後悔するか。
半分出してくれないか? と頼んでくるか、そのどちらかだろう。
その光景を鮮明に想像することができて、ユースティアナは心の中で笑う。
「今日1日、僕に付き合ってくれてありがとう」
「そうするしかありませんでしたからね」
「強引だったことは謝るよ。でも、こうでもしないと、フローライト嬢はデートなんてしてくれないと思ったからね」
「そうですね」
「僕という人間を知ってほしかった。そのためのきっかけがどうしても欲しかったんだ。今日1日、どう思ったかな?」
「良くも悪くも普通ですね」
「それなら良かった。マイナスでないというのなら、これからプラスに転じるかもしれない。それがわかっただけでも、今日は、とてもいい収穫を得ることができた」
「プラスに転じる可能性はゼロだと思いますけどね」
「……いいや。これからプラスに転じるのさ」
クライブは自信に満ち溢れた表情で笑う。
どうして、そこまで強気でいられるのか?
ユースティアナは不思議に思うものの、すぐにその理由を知る。
「これは……」
周囲の席の人々が立ち、距離を詰めてきた。
一人、二人、三人……
店の奥から店員達もやってきて、包囲するように人の壁を形成していく。
人々の目の焦点がおかしい。
どこを見ているのかわからない表情で……
ゆらゆらと動くところは、まるでゾンビのようだ。
「……あなたの仕業ですか?」
「さて、なんのことかな?」
「とぼけないでください。この人達に、いったいなにを?」
「なに、心配する必要はないさ。ちょっとした薬を使用して、僕に忠実な人形になってもらっただけさ。あぁ、後遺症はないし、このこともまったく記憶に残らないから安心するといい」
「騎士がそのようなことを……」
「僕はね、欲しいと思ったものは必ず手に入れるのさ。そうでないと気が済まない」
クライブは笑い、ヘビのようにねちっこい視線をユースティアナに向ける。
「キミが悪いのさ。色々と手を尽くしたというのに、まるで僕のことを見ようとしない。そんな冷たい反応をされたら、なにがなんでも、どんなことをしても手に入れたくなるよね?」
「そのためなら、守るべきはずの人々も利用すると?」
「その通り」
なんら恥じることなく。
欠片も悪びれることなく。
クライブは、正しいのは自分だと言うかのように、即座に頷いてみせた。
「あぁ……この時をどれだけ待ち望んだことか。キミという、素晴らしい花を手に入れることができる。愛でることができる。僕の色に染めることができる。ふふ……たまらないね。ゾクゾクするよ」
「……」
「さて……実は、店の奥に特別な部屋を用意していてね。ついてきてくれるかい?」
「断れば?」
「人形達が大変なことになるかもしれないね」
「……」
ユースティアナは、改めて、周囲の人々を見る。
なにをするわけでもなく、その場に立ち、壁を作っている。
もしも、一斉に襲いかかってきたとしても撃退できるが……
しかし、彼らは一般人なのだ。
操られているだけで罪はない。
数人なら怪我をさせることなく無力化することが可能だ。
ただ、十数人となると……
「……わかりました」
どうしようもない。
ユースティアナは打つ手がないことを悟り、静かに頷いた。




