30話 これは酷い
「……これは酷いな」
数日後。
独自の伝手で第四騎士団、団長のクライブについての調査を行ったのだけど……
その報告書を見て、俺は思わず顔をしかめてしまう。
報告書に書かれていた内容は、あまりにも酷い。
フェルミーから聞いた噂では、何人も泣かされているという話だったが……
そんな噂が軽いとすら思えるほどの内容だ。
彼のせいで人生を狂わされて……
そして、時に死に至る。
そんな女性が何人もいた。
「それと……上層部の調査が入っている、か」
クライブは、その権力を盾にやりすぎた。
騎士団上層部がそのことに気づかないはずもなくて……
今、本格的な調査が入っているらしい。
ただし、本人に気づかれるわけにはいかない。
調査は極秘。
そして、確実な証拠を掴むために、クライブは泳がされているようだ。
「それと……事件にも関わっていたか」
第三が邪教徒の討伐に赴く前……
クライブに不審が動きがある、との報告も添えられていた。
たぶん、クライブは邪教徒と通じていたのだろう。
第三の情報を流して……
結果、俺達は奇襲を受けた。
邪神の召喚も許してしまった。
第三は大きな打撃を受けて……
クライブがそこに付け入る。
そして、ユースティアナに狙いを定めて、言葉巧みに誘い出して……
「……好き勝手してくれるな」
思わず報告書を握りつぶしてしまう。
仲間を傷つけて。
それだけじゃなくて、ユースティアナを狙う。
そんなヤツ、野放しにしておくわけにはいかない。
「さて、どう追いつめていくか……?」
――――――――――
「はぁ……」
その日、ユースティアナは珍しくため息をこぼしていた。
誰にも見られていないことを確認した上ではあるが……
それでも、他者がいる外でため息をつくことは珍しい。
「団のためとはいえ、憂鬱ですね……」
今日は、クライブと過ごす日だ。
結局、彼の申し出を断ることができず……
団のためになるのならばと受け入れることにした。
彼のよくない噂は聞いている。
ただ、同じ階級の者に無茶はしないだろう。
例え無茶をしてきても、その時は遠慮なく撃退すればいい。
帯剣はしていないけれど、短剣は隠し持っている。
それに、無手だとしても、男の一人や二人、投げ飛ばす自信はあった。
「やあ、おまたせ」
「こんにちは」
ほどなくしてクライブが現れた。
近くにいる女性の視線を全て集めるほどに輝いているが、ユースティアナからしたら、『無駄に格好つけている滑ったヤツ』としか見えない。
いつもの無表情で軽く頭を下げた。
「今日は、僕の誘いに応じてくれてありがとう」
「団のためですから」
「それでもいいよ。きっかけは仕事だとしても、その後の関係は、仕事は関係なく、心と心で示していくことになるだろうからね」
「ずいぶんと自信がありますね」
「フローライト嬢はとても魅力的だ。なにがなんでも僕のものにしたい……だから、今日は全力でいかせてもらう。故に、自信は欠かせないのさ」
「その自信も無駄に終わりますけどね」
「さて、どうかな?」
クライブの不敵な笑みは崩れない。
どのような策を持っているのだろうか?
ユースティアナは、警戒だけは怠らないようにしよう、と考えた。
「では、行こうか。今日は、僕がエスコートさせてもらうよ」
「どちらへ?」
「定番だけど、劇を。劇は嫌いかい?」
「いいえ。どちらかというと好きですね」
「それはよかった。さあ、行こうか」
クライブが手を差し出してきて……
「……はい」
ユースティアナは迷った末に、その手を取る。
今、彼の機嫌を損ねるわけにはいかない。
手を繋ぐくらいならば受け入れよう。
内心では、思い切り苦い顔をしつつ……
それでも、ユースティアナはクライブと手を繋いだ。
それが、団のためになると信じて。
自分の身を削ることで状況が改善するのなら、と受け入れて。
……ユースティアナは、そういう人だった。




