3話 裏切り者
予定通り、第三騎士団は、3時間後に砦を出立した。
目的地は北にある村。
通常なら3日ほどの時間がかかる距離だけど、その間に、新しい被害が出ないとも限らない。
行軍を急いで、2日に短縮することに成功した。
「各員、野営の準備を。10分で終わらせてください。その後、事前に打ち合わせた通り、半数は村人の様子を見つつ、事情聴取を。残り半数は、防衛網の構築をお願いします」
「「「はっ!!!」」」
ユースティアナの的確な指示が下り、俺を含む騎士は、言われた通り、手早く行動に移る。
魔物の情報を集めて。
同時に、怪我をした村人の治療を行う。
一方で、残りの騎士達が村を囲むようにバリケードを構築する。
それと高台を四方に設置。
対魔物用の罠も作っておいた。
魔物の討伐は大事だけど、それ以上に村人の安全確保が最優先だ。
再度の襲撃を防ぐことや怪我人の治療などが、今、やるべきことになる。
「さて」
俺の担当は高台の設置だ。
高台のパーツはあらかじめ砦で作っておいた。
あとは、パズルの要領で組み立てるだけ。
とはいえ、10メートル近い高台になるため、それなりの人手が必要となる。
「おーい、高さはどうだ?」
「ああ、問題ない」
下から問いかけられて、俺は大きな声で返事をした。
俺が高台に登り、その強度や有用性を確認する。
下手したら高台が崩れて大怪我をしてしまうため、誰もやりたがらない作業だ。
……だからこそ都合がいい。
「ただ、強度に不安があるな。少し歩いただけで、けっこう揺れるぞ」
「了解だ、もう少しパーツを寄せてみる」
「頼んだ」
下で作業をしている間、俺は高台から周囲を見回して……
魔物の探索ではなくて、村に駐留する騎士達の様子を見る。
高台にいるから視界は抜群だ。
さすがに、建物の中にいる者は確認できないが……
外で作業をしている者は、その一挙一動がハッキリと見えた。
俺は目が良い。
ついでに勘も良い。
「ふむ」
今のところ問題は……いや。
とある光景を見て、違和感を覚えた。
とある騎士が給水場の設置を行っていた。
魔物の襲撃で井戸が破壊、あるいは汚染されたらしく、臨時で給水場を設置することになったのだ。
彼は手際よく給水場を作り上げていくのだけど……
時折、いらないはずの作業が混じる。
給水場の設置作業の手順は完全に頭に入っているため、その違和感に気づくことができた。
「……なるほど。あいつが違和感の正体か」
――――――――――
夜。
騎士団の四分の一が村の警護、見張りについて、残りは野営地で就寝する。
魔物の討伐は、村の安全を確保してからだ。
たぶん、3日後くらいになるだろう。
「……」
夜の闇に紛れるようにして、一人の騎士が村の外に出た。
月夜に当たることも嫌い、ひたすらに暗い道を進んでいく。
ほどなくして開けた場所に出て……
「遅いぞ」
黒装束の男と合流した。
「すまない。第三は規律が厳しくてな。なかなか抜け出すことができなかった」
「噂の氷の妖精が率いる部隊か……それで、成果は?」
「ああ、これだ」
騎士は、腰のポーチから手の平サイズの水晶玉を取り出した。
任意の光景を記録できるという魔道具だ。
「第三の情報をできる限り集めておいた」
「妖精については?」
「もちろん、それを最優先にした。収められている情報の半分以上は氷の妖精に関するものだ」
「なるほど……うむ、よくやった。これで、第三騎士団を打ち破ることができるかもしれない。お前の働きに感謝しよう」
「なら、もう少し給料を上げてくれるよう、上に掛け合ってくれないか? あの第三の諜報を行うとなると、さすがに寿命が縮む」
「お前がそのような弱音を吐くなんて珍しいな」
「あの団長を見れば、弱音も吐きたくなるさ。一切の容赦なく、自分の部下に殺意を乗せた剣を向けることができるんだぞ? しかも、その技術は超一級。もしもバレたら、って考えると、いつもヒヤヒヤしていたよ」
「……残念ですが、すでにバレていますよ?」
「なっ……!?」
突然のユースティアナの出現。
黒装束の男と騎士があからさまに動揺して……
その隙を狙い、俺はボウガンを構える。
慎重に狙い……
そして、黒装束の男が持つ水晶玉を破壊した。
「くっ、水晶玉が……!?」
「バカな、つけられていただと!? 完璧に姿を消していたというのに……それに、尾行の気配なんてまるでしなかったぞ!」
「完璧? あの程度で? どうやら、あなた達の頭は、だいぶお花畑のようですね。あるいは……私達、第三を甘く見ているか」
ユースティアナが剣を抜いた。
いつもの無表情。
氷のような冷たさと鋭さ。
その白色に、黒装束と裏切り者の騎士はたじろぐ。
そんな二人を威圧するかのように、ユースティアナは圧をかける。
ゴゥッ! と音がするかのようなプレッシャー。
殺意が質量を持ったかのように、二人に叩きつけられる。
「おとなしく投降するのなら、最低限、命の保証はしましょう。さらに、協力的な態度を示していただけるのなら、拷問や苛烈な尋問も回避することを約束しましょう。ですが……」
ユースティアナは剣を構えた。
「抵抗するのならば、一切の容赦はしません。ネズミは叩き潰します」
「我らをネズミと愚弄するかっ、小娘!」
敵国の間者に情報を渡していた、裏切り者の騎士が突撃した。
風のような速度でユースティアナに迫り、流れるような、一切の無駄のない動作で剣を振る。
強い。
おそらく、副団長に匹敵する実力者だろう。
今までは実力を隠していた、というわけだ。
でも……
「その程度ですか?」
「なっ……!?」
ユースティアナは、剣を避けるのではなくて、あえて前に出た。
体を斜めに傾けて、上半身を低く。
ミリ単位で斬撃を正確に読み、避けて、裏切り者の騎士の懐に潜り込む。
剣を横にして……
刃の腹でヤツの胸を叩く。
「がぁっ……!?」
裏切り者の騎士は、嵐に巻き込まれたかのように大きく吹き飛ばされて、木の幹に叩きつけられた。
鎧が粉々に砕けて、血を吐く。
一応、手加減はしているようだ。
死んでいないことがその証拠。
まあ、見た感じ、あの怪我だと再起不能だろうが……それは知ったこっちゃない。
「……一撃か。大した威力だな。氷の妖精に恥じない実力だ、本当にすさまじい」
「逃げないのですか?」
「逃がしてくれるのか?」
「無理な相談ですね。ここで捕らえるか、あるいは、殺します」
「なら、やるしかないだろう」
黒装束の男は、両手に短剣を持つ。
双剣が彼の戦闘スタイルなのだろう。
「痛い誤算だ。まさか、氷の妖精がこれほどとはな。戦闘に長けているだけではなくて、我ら間者を見つける能力にも秀でているとは」
「それに関しては誤解ですね」
「なに?」
「あなた達を見つけたのは、私ではありません」
「なんだと……? なら、いったい誰が……」
「これ以上、教える必要はありませんね。では……終わりにしましょうか」
「終わるのは貴様だ、死ねぇ!」
黒装束の男は、突然、ふっと消えた。
暗殺者が使うような特殊な歩法。
それを利用すれば、幻覚のように相手の視界を惑わすことができると聞く。
離れているところで待機する俺も、黒装束の男が消えたと思うくらいだ。
直接、対峙するユースティアナは、彼の姿が見えていないだろう。
おそらく、黒装束の男は勝利を確信しただろう。
真正面から戦う必要はない。
敵を殺せばそれでいい。
その事実を作るために、音よりも速く双剣を振るうものの……
「遅いですね」
「なっ……!?」
ユースティアナは、黒装束の男の必殺を難なく受け止めていた。
黒装束の男の動きは目で追えるものではない。
ただ、殺意を感じ取ることはできる。
空気の流れも感じ取ることができる。
それらを得て、ユースティアナは、的確に黒装束の男の居場所を特定した。
そして攻撃を読み、完璧に防いでみせた。
「がはっ!?」
ユースティアナのカウンターが炸裂して、黒装束の男はその場に膝をついた。
一撃を受けた腹部を手で押さえつつ、吐血する。
「な、なんて威力だ……しかも、俺の必殺の一撃を、あんなにも簡単に防ぐなんて……」
「あれが必殺……ですか? 正直、生ぬるいという感想しか出てきませんね。精進が足りないのでは?」
「バカを、言うな……貴様が異常すぎるのだ」
「そういえば……肋骨をまとめて砕いたはずですが、まだ意識を保っていられるんですね。あなたも十分、異常ですよ」
「くっ……バカな、この俺がこのようなところで……」
「おとなしく投降してください。それとも、ここで死にますか? あるいは、自決しますか? どれを選んでも構いませんよ。死体からも情報を取ることはできますからね。それにまだ、もう一人、残っていますから。安心してください。彼は殺すことなく、じっくりと話を伺う予定なので」
「……投降する」
「賢明な判断です」
そう言って、ユースティアナは剣の腹で黒装束の男の首を叩いて、意識を刈り取るのだった。
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