28話 第四騎士団
その日、ユースティアナは第三騎士団の塔の執務室で、書類作業に励んでいた。
邪教徒、及び邪神についての報告書をまとめているのだけど……
やるべきことは山積みだ。
しばらくは書類作業だけで1日が潰れてしまうだろう。
「どうぞ」
ノックの音が響いて、ユースティアナはそちらを見ることなく、声だけで返した。
たぶん、ライラックだろう。
あるいはジークか。
そんなことを考えていたのだけど……
「やぁ、フローライト嬢」
聞こえてきたのはまったく予想外の声だった。
ため息一つ。
ペンを走らせる手を止めて、来訪者にジト目を向ける。
「おひさしぶりですね、クライブ・アーネスト様」
女性のように中性的で、しかし、男性としての凛々しさも兼ね備えている。
優れた容姿を持つその男性は、クライブ・アーネスト。
第四騎士団、団長だ。
女性ならば、彼の芸術品のような顔を見て心を奪われてしまうのだけど……
ユースティアナは頬を染めるようなことは欠片もない。
いつも通りの……むしろ、いつもより冷たい絶対零度の眼差しを向ける。
「忙しそうだね、邪魔をしたかい?」
「そうですね、邪魔ですね」
ばっさりと切り捨てる。
ただ、クライブは不愉快にならず、むしろ楽しそうに笑う。
「はははっ、さすがはフローライト嬢だ。キミだけは、他の女性と違う反応を示してくれる。まったく、本当に面白い方だ」
「用件はなんでしょうか?」
「そんなに焦らなくてもいいんじゃないかな? 僕とおしゃべりができるなんて、なかなかない機会だよ? 僕のところの団員は、なにかと理由をつけて会いに来てくれてね。まったく、可愛いものさ」
「用件がないのならお引き取りを」
「つれないね。でも、そこがいい」
クライブは不敵に笑い、好色な視線をユースティアナに向けた。
女性を虜にする彼にそんなことをされれば、大抵の者は心を奪われてしまうのだけど……
ユースティアナは表情を崩さない。
いつものように無表情を貫いて、それがどうした? というように淡々と書類作業を続けていた。
「つまらない雑談をしたいのなら、その可愛い団員とどうぞ。私は、そのような無駄な時間はありません」
「む、無駄……」
はっきりと言われてしまい、さすがのクライブも頬を引きつらせた。
ただ、それで折れるようならユースティアナに声をかけていない。
すぐに調子を取り戻して、笑みと共に語りかける。
「その書類、邪教徒に関するものかい?」
「……どうして、あなたがそれを?」
「邪神が現れたらしいじゃないか。それほどの話、箝口令を敷いたとしても、団長クラスなら自然と耳に入るよ」
「……それで、なにか?」
「いや、なに。少しキミのことが心配になってね。邪教徒と邪神を相手にした。どちらも撃破したものの、部隊の被害は大きい。いつも完璧に任務を成し遂げている、あの『氷の妖精』が、危うく失敗しそうになった。心配になるだろう?」
「……」
ユースティアナは表情を変えない。
ただ、心の中で警戒度を引き上げていた。
回りくどく、遠回しな物言い。
クライブが求めるものは……
「どうだろう? 僕の第四が、キミの第三を支援しようじゃないか」
「支援ですか?」
「打撃を受けた第三は、今、大変な状況だろう? 人手不足で、団員の治療も重ねていかないといけない。また、練度も足りていない。そこで、僕達、第四が赴いて、色々と力になってあげようじゃないか」
「親切ですね。ですが、必要ありません」
「断っていいのかい? 大変な状況なのは事実だろう?」
「……」
ユースティアナは表に出さず、内心で苦い顔をした。
確かに、クライブの言う通り、第三は今、厳しい状況だ。
邪教徒の討伐で、思っていた以上の被害が出てしまった。
ユースティアナが書類作業に埋もれているように、団員達もキャパシティオーバーの仕事を抱えている。
騎士団総長は理解を示してくれて、第三の仕事量を減らしてくれているが……
それでも、なかなか厳しいところがある。
「なにを欲しているのですか?」
「どういうことだい?」
「タダで、というわけではないのでしょう? 援助をする代わりに……と、考えているのでは?」
「正解だ。さすが、フローライト嬢は話が早いね」
クライブはニヤリと笑う。
それから、そっとユースティアナの頬に手を伸ばした。
ユースティアナは、嫌悪で表情が歪みそうになる。
反射的に、その手を払い除けたくなる。
ただ、鋼鉄の精神でぐっと我慢した。
「僕とデートをしてくれないかな?」
「デートですか?」
「そう。僕は、前々からフローライト嬢のことが気になっていてね。ぜひ、親密な仲になりたいと思っていたんだよ」
「そのような私的な理由のために、第三、第四を勝手に?」
「それくらいはいいだろう? 僕は団長なのだから」
「……」
ユースティアナは、やはり、内心で表情を歪ませた。
私欲のために部隊を動かす。
もっとも嫌うタイプの人間だ。
「それと……もしも断られたら、僕はショックのあまり、なにをしてしまうかわからない。第三の者に激しい稽古をつけてしまうかもしれない」
「あなたは……」
「それで……返事はどうかな?」




