26話 ありえない
ソレは、人間から『邪神』と呼ばれていた。
邪なる神。
ずいぶんと大層な名前だ。
曲りなりにも神と名付けてくれたのだから。
ただ、それにふさわしい力を持つ。
一度、顕現すれば大きな被害は免れない。
数々の災厄を振りまいてきた。
単騎で村を、街を滅ぼすことができる。
個体にもよるが、時に、国を滅ぼしたこともある。
神に分類される存在なのだ。
それくらいはやってのけて当然。
正しい神が人間に祝福を与えるのならば、歪んだ神であるソレもまた、人間に祝福を与えよう。
それが神としての務めならば。
しかし、ソレの思考は歪んでいた。
顕現するために、ありとあらゆる負の感情を集められて。
贄などを捧げられて。
そんな歪んだ方法で呼び出されるものだから、当然、存在も歪んでしまう。
人間は生きているだけで苦しみ、嘆き、壊れていく。
なればこそ、死が唯一の救いとなるだろう。
だからこそ歌おう。
救いとなる歌を。
生から解放して、安らぎの死を与えよう。
そのためにソレは、人間に祝福を与える。
……邪神にとって、人間を攻撃することは祝福であり、そこに悪意は欠片もない。
神として正しいことをしていると、存在意義を果たそうと、本気でそう考えている。
もっとも……
いつも中途半端に、適当な方法で召喚されるため、色々と足りていない。
まともにものを考える頭を持たないため、己の矛盾した目的を自覚することはできない。
破壊。
破壊。
破壊。
ただ、それだけを繰り返していく。
神に分類される存在だ。
その力は圧倒的。
普通ならば、中途半端な状態で召喚されても対抗できる存在はいない。
しかし、さきほど戦った少女は、ソレと互角以上の戦いを繰り広げた。
なんていう存在だ。
もしかしたら、伝承にある勇者なのかもしれない。
邪神は本能的に、このままだと負けると悟った。
だから、少女の弱点を突いて、仲間を狙うことにした。
戦闘中、度々、少女が仲間をかばうような仕草を見せていたため、弱点を見抜くことはわりと簡単だった。
作戦は成功。
戦況は一気にソレに傾いたのだけど……
その次は、妙な少年に引きずられ、戦場を移すことになった。
次は、この少年と戦うのだろうか?
ソレは不思議に思いつつ、さっさと終わらせようと、歌を歌う。
それに呼応して炎が舞い上がり、少年を包み込もうとするのだけど……
「!?」
あろうことか、少年は炎を乗り越えてソレに痛烈な一撃を叩き込んだ。
なにが起きた?
ソレの炎は必殺の一撃だ。
防ぐことは叶わず、避けることも不可能。
それなのに……
「悪いが、お前はここで終わりだ」
少年の姿が消えた。
いや、背後に回り込んだのだ。
ただ、それに気づいた時はすでに手遅れ。
「沈め」
「!?!?!?」
頭部を踏みつけられるようにして、ソレは地面に叩きつけられた。
ガンッ! という轟音。
共に地面が砕けて、四方に地割れが広がっていく。
「ラー……♪」
ソレは足蹴にされつつも、反撃のために歌う。
炎が舞い上がり、少年を抱きしめるかのように迫る。
触れれば即死。
回避をしても、余波で重い火傷を負ってしまうだろう。
でも……
「抵抗するな。いい加減、諦めろ」
「!?」
少年は、炎を『殴り』、散らしてみせた。
さきほど戦った少女も剣圧で吹き飛ばしていた。
しかし。
だからといって。
ただの拳で炎を散らすなど、誰が想定できるだろうか?
ありえない。
ありえない。
ありえない。
なんだ、この存在は?
ソレは半ばパニックに陥る。
「お前も、ただ呼び出されただけなのかもしれないが……ユースティアナを傷つけた。それは、絶対に許せない。ここで……死ね」
「!?」
ソレは、ようやく己が震えていることに気づいた?
怯えている?
恐怖している?
神の一端である己が、たかが人間を相手に……?
いや。
あれは人間などではない。
人間という枠に収まらない。
常識を遥かに越えて、規格外の存在だ。
いったい、あれは……
「砕け散れ」
恐ろしい。
恐ろしい。
恐ろしい。
ソレは、人間を相手に恐怖した。
己が恐怖を撒き散らす存在なのに、ただの人間に怯えてしまった。
なんていう……
なんていう化け物なのか?
少年に比べたら、ソレなんて赤子のようなものだ。
いったい、この少年は……
「さようならだ」
「!?!?!?」
少年の拳が直撃して……
ソレは、最後まで事態を、少年を理解できず。
そして、恐怖の中に沈み、その意識を散らしていった。
 




