2話 実は……
作戦遂行に向けて、俺は装備の手入れをしていた。
愛用の剣を磨いて、魔物の血で錆びないように、特殊な薬剤でコーティングする。
場所は、砦から少し離れたところ。
故に、他の騎士はいない。
なぜ、こんなところに一人でいるのか?
それには理由があって……
「あっ、いたいた」
子供のように明るい声。
金色の髪をなびかせつつ駆けてきたのは……
「団長」
我らが第三騎士団、団長……ユースティアナだった。
彼女は俺の呟きに反応して、幼い子供のように、ぷくーっと頬を膨らませる。
「むぅ……そういう他人行儀な呼び方、二人きりの時は止めて、って言っているじゃない」
「ごめん。ただ、習慣みたいなものだから、なかなか……」
「私は傷ついたわ。慰謝料を要求します」
「そう来ると思っていたよ。ほら」
彼女は、俺に幼馴染としての態度を要求する。
ただ、日頃の影響で、俺は、ついつい上官と部下の距離感で接してしまう。
その度に拗ねられていたので、対策はバッチリだ。
あらかじめ用意しておいた、あんパンをポーチから取り出して、ユースティアナに向けてほうり投げた。
「やった、あんパン♪」
「それで許していただけますか、団長?」
「うむ、許す!」
ユースティアナは満足した様子で、さっそくあんパンを口に運ぶ。
「あーん! もぐもぐ……ん~♪ やっぱり、あんパンは美味しいね~♪」
「喜んでもらえたのなら、なにより」
「あんパン、あんパン♪ あんパンは最高の……むっ!?」
突然、ユースティアナが険しい表情になる。
「どうした?」
「これは……」
「まさか、敵が……」
「中央通りに店を構える、老舗パン屋『アトラーゼ』のあんパンだね!? 甘すぎず、しかし、しっかりと存在感を感じられるあんこ! それを優しく、ふわっと包み込むパン! その二つを邪魔しないけれど、しっかりと風味を残してくれる胡麻! それらが一体となり、至高のあんパンに進化している……!!! こんなものを用意してくれていたなんて……ジーク、ナイスだよ!」
「あ、うん。褒めてくれて、ありがとう」
「おいひぃ~♪」
一瞬、緊張した俺がバカみたいだ。
いや。
実際、バカなのだろう。
「……というか」
「なに?」
あんパンを幸せそうに食べつつ、ユースティアナがこてん、と小首を傾げた。
「いつもながら、ユースティアナの変貌っぷりには驚くよ」
そう。
この子は、紛れもなく、ユースティアナ・エスト・フローライトだ。
第三騎士団、団長。
氷の妖精と呼ばれている、最強で最凶の女騎士。
普段は無表情で、クールで、絶対零度の眼差しをして……
例え新米だろうと甘やかすことなく、むしろ、より一層厳しくして……
敬われている反面、恐れられている。
ただ……
俺と二人きりになると、最強で最凶の騎士、という仮面は剥がれる。
どこにでもいるような女の子の姿を見せて。
ただのユースティアナになる。
子供のように無邪気で。
太陽のように明るい笑顔を浮かべて。
さきほどのユースティアナよりも、何倍も何倍も魅力的だ。
こちらが彼女の本当の姿なのだ。
団長という立場故、普段は冷酷な仮面を被っているのだけど……
しかし、俺と二人きりになると笑顔が戻り、タメ口を使う。
どこにでもいるような女の子に戻る。
究極の猫かぶり、とでも言うべきか。
「もう、変貌とか言わないでよ。私、擬態する魔物みたいじゃん」
「それに近いだろ」
「ジークったら、酷いー」
「いや、ごめん。ちょっと言い過ぎた」
別に俺は、彼女の二面性を責めているわけじゃない。
驚いているだけで、ちゃんと理解しているつもりだ。
「好き好んで演じているわけじゃないよ。団長になったんだから、ちゃんと、こう……びしっ! としないとダメだよね?」
「まあ、わかるけどさ」
「こういう私だと、みんな、ついてきてくれないと思うんだ。叱ったりする時も、まるで迫力がないと思うし」
「それも納得。気が引き締まるどころか、ほんわかしちゃうだろうな」
「だよね? だから私は、がんばって『氷の妖精』になっているんだよ。えへんっ」
そこ、誇るところだろうか?
ちなみに、今のユースティアナは『氷の妖精』には程遠くて……
でも、とても綺麗なことには変わりなくて……
さしずめ、『春の妖精』といったところか?
ちなみに、なぜ彼女が俺の前でだけ素を見せるのかというと……
「そこまで思い詰めなくてもいいんじゃないか?」
「色々と考えちゃうよ。団長なんだから」
「まあ……」
「それに、ジークが本当の私のことを理解してくれていれば、知ってくれていればいいんだよ。それだけで、私、がんばれるから!」
「そっか。なら、団長様の負担が少しでも軽減するように、俺もがんばるよ」
「うん、期待しているね。私の大事な幼馴染君♪」
俺は、ユースティアナの幼馴染だ。
家は隣同士。
誕生日も同じ。
両親の職場も同じ。
運命に定められたような環境だ。
俺……ジーク・ストライクスと、彼女……ユースティアナ・エスト・フローライトが仲良くなるのは必然だったといえる。
なんだかんだ、猫をかぶるという行為について、ユースティアナは精神的疲労を覚えているのだろう。
だからこそ、時間を見つけては俺のところにやってきて、素の自分を解放する。
そうしてストレス発散しているのだ。
なら俺は、できる限りのサポートをするだけだ。
そのために、彼女と同じ騎士になり、第三に配属されるように手配した。
ついでに、彼女の大好物であるあんパンもいつも用意している。
ちょっと甘やかしすぎかな? と思わないでもない。
ただ、本当のユースティアナはとても優しい。
さきほど、二人の新米騎士にクビ宣告したことも気にしているだろう。
だからこそ、俺は、もっともっとがんばらないといけない。
彼女を徹底的にサポートしないと。
彼女は、第三騎士団、団長で……
畏れ敬われている『氷の妖精』で……
生まれた時からの幼馴染で……
そして、大事な人なのだから。
「ねえねえ、ジーク」
「うん?」
「呼んでみただけ♪」
「えへへ」と笑顔をこぼしつつ、ユースティアナが隣に移動して、俺の肩に寄りかかる。
「重いぞ」
「あー、酷い。女の子に重いとか、禁句なんだよ?」
「いや、実際、重いから」
「また言う! ……ちょっとダイエットした方がいい?」
「ユースティアナ自身は軽いと思うよ。まったく太っていない。ただ、今は鎧を着ているから」
「あ、なるほど。なーんだ、太っちゃったのかって焦ったじゃん」
「細すぎるから、少しは肉をつけた方がいいと思うが」
「今でもつきすぎなくらいだよ」
わからん。
女の子の体重に関する情熱、意識はまったくわからん。
「むふー、あんパンがおいしい♪」
俺に寄りかかりながら、子供のような笑顔であんパンを食べるユースティアナ。
そんな団長様を見たら、他の騎士はどう思うだろうか?
……考えても意味のないことか。
このユースティアナを他の誰かに見せるつもりはない。
知られたくない。
俺だけでいい、という独占欲をついつい発揮してしまう。
「ところで」
話を切り替える。
「くつろいでいるところ悪いけど、ちょうどいいから仕事の話をしたいんだけど」
「なに? 魔物の討伐について?」
「いや、別の問題が起きている」
ユースティアナが俺のところにやってくるのは、もう一つ、理由がある。
「ネズミが紛れ込んでいるみたいだ」
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