11話 ギャングの復讐
「果し状……ですか?」
第三騎士団の塔にある、ユースティアナの執務室。
副団長のライラックから受けた珍妙な報告に、ユースティアナは、珍しく戸惑い顔を見せた。
「はい。今朝、手紙が届きまして……妙な感じだったので調べたところ、その内容は、団長に対する果し状でした」
「いったい、どこの誰がそのようなものを?」
「そちらも調査済みです。どうやら、ギャングからのようですね。手紙の内容を見る限り、団長に強い恨みを抱いているようですが、最近、なにかありましたか?」
「そうですね……もしかしたら、逆恨みされているのかもしれませんね」
ユースティアナは、つい先日、悪質なナンパを働いた二人組を逮捕したことを思い出した。
タダで済むな、と言っていたが……
これは、そのことなのだろうか?
「場所と時間を教えてくれますか?」
「まさか、応じるつもりですか? 放っておけばいいのでは?」
「第三騎士団、団長は、決闘を恐れて逃げ出した……などと吹聴されても迷惑ですからね」
「それは……」
「それに、放置すれば民に被害が出るかもしれません。そうなる前に、ここで叩いておきましょう。ちょうどいい機会、と考えましょう」
「……わかりました。では、同行する騎士の選出を……」
「必要ありません。私一人で十分です」
「しかし、相手はギャングです。どのような卑怯な手を使うか……」
「卑怯な手くらいで、私を止められると思っていますか?」
「……思いません」
「なら問題ありませんね。吉報を待っていてください」
――――――――――
「……なんてことがあったらしいよ」
午前の仕事が終わり、昼。
塔にある食堂でご飯を食べていると、エルからそんな話を聞いた。
「団長に決闘を申し込むとか、そのギャングは底の知れないアホなのか?」
「あはは、そうだよね。団長のことを少しでも知っているのなら、戦おう、なんてまず思わないからね」
「可愛そうな連中だな……大量の死体袋を発注しておいた方がいいか?」
「さすがにそれは……ううん、ありえるかな?」
ユースティアナの本質は優しい女の子ではあるのだけど……
しかし、氷の妖精と呼ばれるだけのことはあり、非情に徹する時もある。
相手がどうしようもないほどのクズならば、まず、ユースティアナは手加減しないだろう。
「ただ、ちょっと心配なんだよね」
「ギャングが? エルは優しいんだな」
「違うよ、団長だよ」
「おいおい、団長がギャングに負けるわけないだろう? まあ、普通の決闘じゃなくて、どうせなにかしら罠を仕掛けているだろうけど、それでも、そんな罠を全てぶち壊して突き進むのが団長だろ」
「そうなんだけど……ちょっと気になる噂を耳にしたんだ」
「噂?」
「実は……」
――――――――――
数日後の夜。
俺は、一人、河川敷にやってきた。
「えっと……確か、ここが指定の場所だけど」
「なんだ、てめえ?」
暗闇の中から、ぞろぞろと柄の悪そうな、若い男達が現れた。
こいつらが噂のギャングだろう。
「第三騎士団、団長、ユースティアナ・エスト・フローライトの代理で来た」
「おいおいおい、あのクソ女、代わりを出したっていうのか? とんだビビリじゃねえか。くそっ、たっぷりかわいがってやろうと思ってたのによ」
ギャングは……百人ちょい、ってところか?
皆、武装している。
「おい、てめえのような下っ端に用はねえ。とっとと団長様を呼んできな。でないと……」
「あっ!? 待ってください、ボス。こいつです、こいつ。あのブスと一緒にいた騎士は、こいつなんですよ!」
よく見ると、この前のチンピラがいた。
悪質なナンパと公務執行妨害だけだったから、すぐに釈放されたんだよな。
「俺等のことを舐めてくれて……ボス! まずは、こいつをやっちまいましょう!」
「そうだな……舐められた、っていうなら話は別だ。それに、良い餌になるかもしれないな。やるか」
ギャング達はこれみよがしに武器を見せつけてきて、ゆっくりと俺を包囲する。
この程度の質、数の敵は問題ない。
ユースティアナであっても、瞬殺レベルだろう。
ただ……
「おっと、下手に抵抗するな? これを見ろ」
「た、助けて……」
ギャングのボスの合図で、奥から女性が連れてこられた。
人質として誘拐されたのだろう。
「騎士様なら、人質を無視するなんてこと、できねえよなぁ? ははは!」
「……」
「それと、コイツをつけてもらおうか」
「拘束用の魔道具か……どこで手に入れた?」
「素直に答えるわけねえだろ、ばーか。それよりも、さっさとつけろ。でないと……」
「ひっ!?」
女性の顔にナイフが突きつけられた。
……はあ、仕方ないか。
「これでいいか?」
言われるまま、俺は魔道具を自分でつけた。
両手の自由が奪われると同時に、軽い倦怠感に襲われる。
魔力を封じられたせいだろう。
「よーし。これで、こいつは肉の木人になったわけだ。おまえら、適当に遊んでいいぞ。ただ、殺すなよ? こいつも、あのクソメス用の人質として使うからな」
「へへ、この前の借りをたっぷりと返してやるぜ」
「騎士は偉そうにしてて、いちいちむかついてたからな。良いストレス発散になりそうだ」
ギャング達がニヤニヤと笑いつつ、ゆっくりと包囲網を狭めてきた。
そうすることで恐怖とストレスを与えようという作戦なのだろうが……
俺から言わせると、バカでしかない。
相手の自由を奪い、力も奪った。
なら、問題が起きないうちに、すぐ叩くべきなのだ。
……油断すると、こんなことになる。
「よい……しょ」
「は?」
大地を蹴り、風のように駆けて、ギャングの壁を越えた。
あらかじめ観察する時間があったので、包囲網の穴を抜くことは簡単だ。
それから女性を捕まえるギャングを、わりと全力で蹴り飛ばす。
「へぶぁ!?」
妙な悲鳴を上げつつ、十メートルくらい吹き飛んで……
手足を妙な方向に曲げつつ、昏倒した。
「大丈夫ですか?」
「は、はいっ……で、でも……」
女性は怯えた様子で周囲を見る。
恐怖するのも無理はない。
まだ、百人以上のギャングが残っている。
そして俺は、魔道具をつけられた状態だ。
ただ……
「かかってこい。これくらい、ちょうどいいハンデだ」
拘束された両手で、くいくいとギャング達を挑発した。
「このっ、クソ野郎が……!!!」
「「「ぶっ殺す!!!」」」
ギャングの群れが津波のように押し寄せてきて……
――――――――――
「あ……がっ……」
「な、んで……こんな……」
「ば、化け物……だ……」
10分後。
全てのギャングが地に伏していた。
「もう少し、根性があると思ったが……まあ、ギャングなんてこんなものか。準備運動にもならなかったな」
「て、てめぇ……いったい……」
「少し待っててくださいね」
人質となっていた女性に言って、ボスのところに向かう。
「てめぇは……ゆるさ、ねぇ……絶対に、殺して……やるからな」
「ここまで派手にやられておいて、それだけの口を叩けるのは立派だ。ただ……」
俺は両手に力を込めて……
そのまま魔道具を、ただの腕力だけで破壊した。
「は?」
「いつでもこうすることができた。それだけ、加減をしていた、っていうことだ」
「ば、ばかな……」
「さて」
ボスの髪を掴んで、無理矢理顔を上げさせた。
「今日は見逃してやる。ただ、このまま解散して、ニ度とばかな真似はするな。また、俺の前に顔を見せるようなことをすれば……一切の遠慮なく、容赦なく、全力で次は叩き潰すぞ?」
「……ぁ……ぅ……」
本当の恐怖に縛られた時は、なかなか言葉が出てこないものだ。
ボスは顔を蒼白にして、コクコクと何度も頷いた。
これでよし。
後は、人質の女性を家に返して終わりだ。
「しかし……ちょっと危なかったかもしれないな」
もしも、ユースティアナが決闘に来たら?
彼女なら、ギャングが100人いても瞬殺できるだろうが……
しかし、人質がいたら別だ。
優しいから、極小の確率ではあるものの、ギャングの目論見通りになっていたかもしれない。
事前に知り、潰すことができてよかった。
――――――――――
「……遅いですね」
1時間後。
決闘の場所にやってきたユースティアナは、律儀に相手を待ち続けるのだけど、待てど待てどギャングは姿を見せない。
結局、3時間ほど待ち、帰ることにした。
この話は、どこからか第三に流れて……
ユースティアナは、『ギャングにドタキャンされた女性』として、名誉なのか不名誉なのか、よくわからない称号を得ることになった。
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