1話 氷の妖精
再び新作を書いてみました。
いつもの作風です。
「総員、団長の言葉に傾注!」
「「「はっ!!!」」」
副団長の言葉に、俺達、新米騎士はピシリと待機の構えをとる。
そんな俺達の前に、一人の女性が現れた。
「……」
風にサラサラと泳ぐ金髪は、まるで光を束ねたかのよう。
染み一つない白い肌は、まるで陶器のよう。
体のパーツ一つ一つが洗練されていて、その人は、存在そのものが芸術品のようだ。
やや背は低い。
スタイルも起伏に乏しい。
綺麗ではあるものの、少し童顔に見える。
ただ、それらの要素は逆に彼女の魅力を引き立てていた。
男性、女性。
性別を問わず、思わず見惚れてしまう。
「みなさん、こんにちは」
その口からこぼれる声は、鈴を転がしたかのように綺麗なものだった。
彼女が歌を歌えば、その美声に天使がやってくるかもしれない。
ついつい、そんなことを真面目に考えてしまう。
「私達、第三騎士団は、これより、この砦を出立します。目的地は、ここから北に3日ほどのところにある村。目的は、その村に害をなす魔物の討伐です」
淡々と連絡事項を伝えているだけ。
それだけなのに、彼女が言葉を並べると、吟遊詩人の詩のようだ。
妖精のように美しい容姿も重なり、心を奪われてしまう者は多い。
「斥候の報告によると、魔物の大半はゴブリン。他、ウルフやスケルトンがいくらか混ざっている模様です。いずれも低ランクの魔物ですが、しかし、決して油断はしないでください。ゴブリン一匹ならば脅威にならないでしょう。しかし、100匹だとしたら? 塵も積もれば山となる……低ランクと侮ることなく、全力で任務を遂行してください」
「……なぁ」
「……だよな」
団長の話が続く中、一部の者が私語を交わしていた。
見た顔だ。
ついこの前、第三にやってきたばかりの、俺よりも若い新米だ。
二人はだらしのない顔をして、私語を続けて、ちらちらと団長を見ている。
団長の容姿に心を奪われているのだろうが……
やめておけ。
今は、話を聞くことに集中した方がいい。
でないと大変なことに……あ。
「……ふむ」
団長が私語をする騎士達に気づいた。
……あの二人、終わったな。
「あなた達、私の話を聞いていますか?」
「あっ……!?」
「も、もちろんです!」
二人の騎士は慌てて背筋を伸ばした。
ただ、もう遅い。
団長は、睨みつけるかのように目を細くして……いや。
実際に睨みつけているのだろう。
刃のように鋭く。
氷のように冷たく。
刺すような視線。
それを向けられたことで、二人の騎士は、ヘビに睨まれたカエルのように固まってしまう。
「そうですか。私の話をちゃんと聞いていましたか。なるほど。しかし私は、私語をしていたように見えたのですが、それは勘違いだったのでしょうか。あるいは、なにかの間違いだったのでしょうか。それとも、なにかしら事情があったのでしょうか」
「そ、それは……」
「えっと……」
「……了解です。あなた達は、きちんと私の話を聞いていた。作戦内容を完璧に理解している。そういうことで問題ありませんね?」
おい、お前達。
今のうちに、話を聞いていませんでした、と謝罪しろ。
早く。
でないと……
「「はいっ、問題ありません!」」
二人は、嘘を重ねるという最悪の選択肢を取ってしまう。
「そうですか、わかりました」
「「ふぅ……」」
団長の気配が和らいだことで、二人は目に見えて安堵した。
ただ、それは勘違いだ。
この危機を乗り越えたわけではなくて、むしろ、最悪の状況になっただけ。
「あなた達は、ここで待機とします。作戦に連れて行くわけにはいきません」
「「えっ」」
「補給物資の手配。及び、消耗品のチェックをお願いします。その後、待機。なにもせず、なにもすることなく、ただただ待機することを命じます」
「ま、待ってください! それは……」
「魔物の討伐に参加することは許しません」
「それじゃあ、手柄を立てることが……!」
「そんな、どうして……!? 」
「人の話を聞くという、子供でもできるようなことができない。その程度の集中力の持ち主を戦場に連れていけば、死んでしまうでしょう。故に、あなた達はここで待機です。後方支援の任務についてもらいます。それから、国へ戻った後、一から再教育を受けていただきます。もう一度、見習いからやり直してください」
団長は怒るわけでもなく、失望を見せるわけでもなく、あくまでも淡々と話をする。
事務連絡をしているかのようだ。
だからこそ恐ろしい。
事実上、第三騎士団からの追放。
そんなものを顔色一つ変えることなく、なんてことのないように告げられる者なんて、そうそういないだろう。
当然、二人は食い下がる。
「見習いから!? いくらなんでも……!」
「俺達のミスは謝罪します! だから、どうか考え直してくれませんか!?」
「無理ですね」
団長は、二人の懇願をバッサリと切り捨てた。
「私は、このままでは、あなた達は怪我をするか、最悪、死ぬと判断しました。今回の任務を乗り切れたとしても、その後、どこかでミスをするでしょう。命を粗末にしてはいけません。故に、あなた達を連れて行くことはできません」
「そ、そんな……」
「あまり気にしないように。騎士をクビになるのではなくて、一からやり直すだけですから。また1年ほどがんばれば、部隊に配属されるでしょう。その時は、今回のような過ちを繰り返さないように、自分を厳しく律するように」
「くっ……!」
間接的に、「今のあなた達は未熟者だ」と言われてしまい、そして、そのことに気がついて……
二人は屈辱に顔を赤くして、拳を震わせた。
「このっ……!!!」
我慢の限界に達したらしく、一人が前に出ようとした。
同時に、そのまま拳を……
「……」
「ひっ!?」
拳を振り上げるよりも早く。
たったの一歩を踏み出すよりも早く。
団長は、瞬きをする間に剣を抜いて、その刃を眼前に突きつけてきた。
「あ……ぁ……」
あと少し。
ほんの少し力を入れるだけで、刃が突き刺さる。
それを知り、男は体を震わせた。
「己の至らなさを思い知りましたか?」
「ひ……」
「これ以上、愚かな行為を続けるというのならば、容赦はしません。私には、粛清する権利が与えられています。そのことを理解した上で……問います。どうしますか? ここで止めますか?」
「……っ……」
男は震えつつ、何度も頷いた。
もう一人の男も、一切容赦のない団長の行動に顔を青くしていた。
「よろしい」
団長は剣を鞘に戻して、後ろに下がる。
「最後の情けです。今の愚行は見なかったことにしましょう。ただし……二度目はありません。わかりましたか?」
「は、はひっ……!?」
「了解です……!!!」
二人は反射的に、という感じで何度もこくこくと頷いていた。
団長の剣を間近で見て、なにをしようとどうあがこうと、絶対に敵わない相手と認識したらしい。
「では、あなた達は、さきほど言ったように、この砦で待機を命じます。いいですね? その後、見習いからのやり直しとなりますが、不服ではありませんね?」
「「はいっ!!」」
「そして……みなさん。みなさんは、私の話をきちんと聞いていましたね? その上で、魔物の討伐を侮るようなこと、気を抜くようなことはしませんね?」
「「「はっ!!!」」」
俺を含めて、団員は直立不動で答えた。
それ以外の返事なんてない。
彼女に逆らうなんてありえない。
「よろしい。では、3時間後に砦を出発します。各員、それまでに準備をしつつ、作戦に支障がない範囲で休むように。それと……」
第三騎士団、団長。
通称、氷の妖精。
ユースティアナ・エスト・フローライト。
そう。
彼女こそ……
「彼らのように、バカなことを言い出さないように。そのような者が続けて現れるようなら……殺しますよ?」
最強と謳われている最凶の女騎士だ。
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