1 出会い
さて、何から話し始めるべきか。本来であれば時系列に沿って語っていく必要があるのだが、事実だけを並べるのであれば物語の始まりとしてあまりに味気ない。
なので簡単に説明を。僕が転校してきたところがこの物語の始まりである。夏休みの終わりとともに僕は巨大なビルが立ち並ぶ都会から父親の仕事の都合という身もふたもない理由でドが付く田舎、三岐島に唯一ある学校への転入が決まった。これが昔ながらのアニメであれば夢の一人暮らし生活が始まるのだが、そんな奇跡は起こらなかった。
三岐島は本州からフェリーで数時間ほどのところに位置する人口は500人にも満たない小さな島である。南北に延びた楕円形のような形をしており、島を囲うように道路が走っている。車を使うことができれば15分もあれば一周できてしまう。ただ車があればの話で港があり平坦な南側に対して、北側は大きく切り立った山地になっている。もともと採石業で栄えた島ということもあり白い岩肌が露出したままになっている。今はといえばほとんどの住民が漁業に関わっており観光地として採石場は残されているものの、地元の人間でもほとんど立ち寄らない場所になっている。そんなはっきり言ってしまえば何もない島に転校することになったのだ。
などとつらつらと話してきたがそろそろ本筋に戻るとしよう。彼女、羽梟さんと出会ったのは寒さが身に沁みるようになってきた12月の末、テスト期間中のこと。
テスト期間中は部活動もなくほとんどの生徒は授業が終わると同時に家路につく。もちろん僕も類にもれずまっすぐ自宅へと向かっていた。ほとんどのクラスメイトが高校卒業と同時に家業を継ぐのだが、本土の大学を受験する僕にとってテストの点一つにおいても重要になってくる。特に前回の中間テストは油断したせいか、赤点ギリギリだったので今回こそはと意気込んでいたのである。
そして目の前の状況に頭を悩ませることになる。うん、人が寝ている。家の前には地域の人が座れるようにといういかにも田舎臭い理由で木製のベンチが置かれていた。その上に無防備に女性が眠っていた。身長は俺よりも少し小さいが、身に着けている黒のロングコートから少し大人びた印象を受けた。顔だちも整っておりかわいいというよりも美人と呼ぶほうがふさわしい、大きなスーツケースを脇に置いて大の字になって眠りこけている。そもそも観光客どころか島に外部の人やってくることはほとんどない。定期便も一週間に一度、そんなわけでベンチで眠る彼女は、正直触れたくない厄ネタであることはわかりきっていた。だというのに僕は思わず彼女を起こしていた。
「あの……何してるんです?」
後で起こられないよなと考えながらも肩を揺すり反応を待つ。たっぷり30秒ほどしてようやく顔に似合わないおっさんみたいな声を上げながら瞳が開いた。
「んっ、なんだよ人がせっかく気持ちよく潮風を感じていたのに……、君誰?」
「ここ、僕のうちなんですけど」
「君の家?ああもしかして君が康介さんの息子さんかな?まったく寄り道なんかしちゃだめだぞ、今テスト期間中だろ?」
ここで一つ補足を康介というのは僕の父親の名前である。
「えっと、父の知合いですか?それにしては年齢が若いような」
「ああ、まだ20歳この前ようやくお酒が飲めるようになったんだ。とりあえず寒いから家に入れてくれないかな?慣れないフェリーで酔ってしまって休んでいたんだがどうもこの椅子は寝るのに合わないみたいで体中痛くてね。」
「たしか、父の年齢は45歳なので……」
この年齢の知り合いがいるとなれば犯罪者にでもなりかねない。父親に限ってそんなことはないと分かっているのだが。
「ん?そうなのか、康介さんかなり若々しいからもっと若いと思っていたが。ああなるほど。私と康介さんの関係を知りたいのかい?ん?今日港に着いたら康介さんに職質を受けてね。人生で生まれて初めてされたよ職質。テレビでしか見たことなかったのだけれど意外と緊張するものだね。それはそれとして私としたことがこの島には泊まれるところがないと知らなくてね。」
話始めると止まらないようで彼女は早口でまくし立てていく。僕はあいまいにうなずきながら話を聞くことしかできなかった。
「康介さんはほんとにいい人だね。部屋なら空いているからといって泊めてくれることになったのさ。うんやっぱり田舎の人はいい人ばっかりだね。」
そして話しながら一言余計なことを言ってしまうのも彼女の性格らしい。
ほらこれ、と言われて手渡されたメモの切れ端には父親の字で「この人の言っていることは本当だ、夕飯までには帰る」と書かれていた。そろそろスマホの扱いにも慣れてほしいのだが昔気質の人で本当に困る。だがこれでこの謎の女性が言っていることは事実であり自宅に泊めなければならないようである。
「分かりました、父のことは本当なんでしょう。それで結局あなたは誰なんですか?」
そう尋ねればこれまで腰かけていたベンチから勢いよく立ち上がればポケットから皮の名刺入れを取り出して僕に差し出した。
「前田羽梟、〇×大学のミステリー研究会の新会長さ」