エルファーレ・番外編 (5代目/泉)
『──……を……たすけて………』
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西暦21xx年。
人類が科学を進化させてエアカーが当たり前に空を走る時代。
次元の研究も盛んに行われていて時空移動や時間移動は夢ではなくなるのではないか、と世界と人類を賑わせている。
【case.izumi】
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『では次は最新の話題をお伝えします。次元学で最近賑わいを見せております土田博士が新たな発見をしたと今朝発表があり───』
プツンっと女が嬉しそうに話す映像が切れる。
気だる気にテレビのリモコンをソファに放り投げて、私は小さく言葉を漏らした。
「異次元なんてばっかみたい」
(大体にして『それは次元だ』や『新発見だ』といちいち騒ぎ立てるマスコミもそれに踊らされてる人々にも腹が立つ)
そして何よりも───そんなモノに命さえ捧げてる研究者が嫌いだった。
そして朝食用に用意したパンとコーヒーを胃に入れてから鞄を持つと、返事の返って来ない静かな空間に向けて「いってきます」と呟く。
オートロックの扉を閉めれば次に自分が開けるまで無人の空間。
(寂しくは……ない)
ただ
虚しかった。
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キーンコーン カーンコーン…
私はチャイムの音にゆっくりと目を閉じる。今のは就業の合図だが、この音は昔から変わらないらしい。
(昔から変わらないモノ達。それらはそこにあるだけで私を安心させてくれる。古いモノはそれだけで美しく感じるんだよね。誰かの歴史がそこに残っている様な気がするから)
本日最後のチャイムの音にゆったりと微睡んでいる私をイヤミな声が邪魔をした。
「泉、明日の事だけど」
とてつもなく無視をしたかったけれど内容が『明日の事』と言うので仕方なく目を開ける。
声の主は予想通りに紛れもなく土田一石だった。声だけじゃなくて顔や表情もイヤミな感じで出来れば関わり合いたくない人物の1人。
「なに?明日の事なら分かっているけど、変更でもあるの?」
この人と目を合わせたくなくてフイっと横の窓を見つめた。
(あぁ…雨、降りそう)
「変更点は特にないけれど、キミの事だからね」
「逃げない様に釘を差しに来たんだ」そう彼が言うや否や私はガタッと立ち上がり、スクールバックを片手にヒラリと横をすり抜けた。
「わざわざ逃げたりなんかしないわよ?貴方こそいつまでもレールの上で大変ね。御愁傷様」
そう捨て置いて私は振り向かず教室を後にした。
(早く帰らないと雨が───)
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ポツポツっ
ザー
結局、家に辿り着く前に雨は降ってきた。
走って帰ればなんとかなる距離だけれど何故かそんな気にはならなくて、私の足は通い慣れたアンティークショップへと向かっていた。
チャプ………
店内に入る前に濡れてしまった衣類や持ち物を少しでも何とかしようと、拭ける物を探していたら「はい、どうぞ」と可愛らしい声がしてハンカチを差し出す小さな手があった。
「え…」
見れば私よりも小さい、小学生くらいの女の子が軒下で雨宿りしている。
「急に降ってきてビックリしたね?あ、ワタシは濡れてないからどうぞ、お姉さんが使って」
ニコッとした笑顔で渡されてしまったので咄嗟に断る事が出来ずに躊躇していると、強めに渡されてしまい、結局受け取る事になっていた。
「あ、……ありがとう」
「いえいえー。お姉さんはこのお店に来たの?」
「そう、そのつもりだけど………」
(人懐っこい子だわ。明るくて屈託のない笑顔を向けられると、何だか無性に居たれなくなる。そんな私の心情なんかお構い無しに話は進む様だったけれど)
「そうなんだー!ワタシもだよ!ちょーっと………ううんかなり、お店に入り辛くって困ってたけど」
この少女が言うには店の前で中々入れずに躊躇していたら雨が降り出して私が来たらしい。
「それから……私と一緒に入る?」
いつまでも小雨の中で軒先にいる訳にもいかないし、ハンカチのお礼もしたかったので、何気なく誘ってみると「うんっ!」とそれはそれは嬉しそうに微笑まれた。
(ま、眩しい……)
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カランカラン………
そうしてお店の中に二人で入った。ここは、アンティークを主に扱っているお店で店主のおじいさんが一人で経営している。おじいさんが穏やかな声で「いらっしゃいませ」と言ってくれ、私を確認して薄く微笑んでくれた。
中に入ったら流石に少女とは離れたけれど、店が小ぢんまりしているから辛うじて手元が見えない程度でお互いの存在は見える範囲だった。
「お姉さん、どうもありがとう!」
少女はどうやらお目当ての品も買えた様でご満悦だった。綺麗に包まれている商品を大事に抱える姿に癒される。
「雨で濡れてしまわない様にね?色々と気を付けて帰るのよ?」
「うん!親切にありがとう!」
「あと、これ濡れちゃったんだけど…」
借りっぱなしだったウサギ模様のハンカチを差し出しながらそう言うと少女は慌てて顔の前で両手を振った。
「あ、良いの良いの!返さないで?また濡れるだろうからお姉さんにあげるよ!」
「え…貴女もこれから濡れるでしょう?」
「うち、ここから近いから大丈夫だよー」
そう言ってハンカチを差し出している私の手を軽く押す彼女。なんだか小学生の子を相手している感覚がしない。
(いや、他に小学生?この位の子の知り合いなんていないけれど………最近の子ってこんなにしっかりしてるもんなの?)
「今日の思い出にもなるしね!」
「えーと、じゃあコレ貰ってくれる?」
ラッピングされた小さな箱を彼女に渡す。本当はハンカチを買って贈りたかったんだけど、あいにくアンティークショップにはハンカチは置いていなかったのだ。
「え、なんでなんで!良いの!?」
「ふふ、だって『今日の思い出』なんでしょ?私ばっかりこれを見て思い出すの嫌だもん」
そう言えば彼女は素直に受け取ってくれた。
「重ね重ねありがとうございます!そもそもお姉さんのお蔭でお店にも入れたのに………ワタシ、これ大事にするね!」
「うん。私も大切にするからね」
そうして小雨にはなったがまだ降ってる中で元気に大きく手を振りながら彼女は去って行った。それに小さく答えて私も自宅へと歩み始めた。
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「あ、名前聞くの忘れた」
結局、自宅に着く頃には冷えていた身体をシャワーで温めた。そして髪を拭きながら不意に、先程出会った女の子の事を思う。
「ふふ、何だか可愛かったなー…」
(あんな可愛らしい妹がいたら毎日が楽しいかもしれない。また、会えたら良いな)
らしくない事を思ったと苦笑いした。
(そうだ、買ってきたオルゴール!)
帰宅後にリビングのテーブルの上に置いたままにしてあった包みをいそいそと丁寧に開ける。
そこから出てきたのはアンティークで宝石箱の様な細工がしてある綺麗な箱だ。
(ちょっとお高めだったけれど、まぁ、明日は特別な日だろうからたまには………ね)
中央に輝く一番大きな青い石を指で愛おしさを込めて優しく撫でる。そしてネジを巻いてみた。
(もうこれ一目惚れだった!外側のデザインも少しだけ聴いた音楽も凄い好み!!)
ネジを回らなくなるまで巻いて、そっと蓋を開ける。静かに鳴り出すメロディーは聴いた事が無い音楽だけれど、自然に優しく柔らかく染み入る様に私を包んでくれた。
(──まるで水の中にいるみたい)
音楽が鳴り止むまでと、膝を抱えて目を閉じた。
明日、私は花嫁になる。
END
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お読み下さりありがとうございました。
5代目の泉の話はおしまいになります。
本編で彼女達に会えるのが楽しみです。
ちゃんと進められる様に頑張ります。お付き合い下さったら嬉しいです。宜しくお願い致します。