春が来たら雪山は消える
私をいじめていた男子は、物凄く体が大きかった。小学生なのに中学生と間違えられるくらいで、相撲部屋からスカウトが見に来たという噂まであるくらいだった。本当の話なのかどうかは知らないけれど、スカウトは最終的に、その話を無かったことにしたそうだ。「卒業したら上京だ!」と本人は弟子入りに乗り気だったそうだが、素行不良だったことがネックになったと聞いた。根っからの乱暴者だったことが問題視されたのである。力士なのだから、ちょっとくらい悪でも強ければオーケーという気はするけれど、ちょっとどころでないと弾かれてしまうようだ。アウトとセーフの境目は、どの辺にあるのだろう? 私には関係ないが、あの子にとっては大切なラインだったはずだ。力士になっていたら、彼の運命は変わっていたはずだから。
その日は大雪が降っていた。除雪車が道路の雪を掻き分け、ブルドーザーが除雪した雪を道の脇に山と積み上げる。下校の頃には雪山が子供の背より高くなっていた。その横を一人で歩いていたときである。助けを呼ぶ声が聞こえた。探しても姿は見えない。誰か大人を呼んで来よう、と思ったときだ。その声が近くの雪山の中から聞こえてくると気付いた。その雪山に登ってみる。頂上付近に大きな亀裂があった。声は亀裂から聞こえてきていた。中を覗くと、いじめっ子の姿があった。
雪山に登っていたら、その隙間にずぼっとはまり、出られなくなったのだそうだ。
道の横に積もった雪の山の上を歩く子供はいる。面白半分に登る子もいる。いじめっ子の男子も、その一人だった。そしてクレバスのような亀裂に落ちて動けなくなったのだ。
あいつは「早く大人を呼んで来い」と言った。私は、その顔めがけて雪を落とした。すっかり埋もれるまで雪を入れた。声が聞こえなくなるまで作業を続け、私を誰も見ていないことを確認してから、その場を立ち去った。
いじめっ子は、その日から学校に来なくなった。学校の全体集会が開かれた頃、行方不明になったというニュースが報道された。いや、逆だったかな。何しろ昔のことで、もう忘れた。だが、こう思ったのは覚えている。春が来たら出てくるさ、と。