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「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

サクッと読める読み切りです。

よろしくお願いいたします。




「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」



「っ……!?」


その日、偶然立ち聞きしてしまった好きな人のその言葉に、私はその場で固まってしまった。


ひゅっ、と小さく息を呑んだ後、体が石のようになって動けなくなってしまったのだ。



「俺にはそんなつもりはないと、キミには何度も言ってきたはずだ。それなのにあたかも俺たちが付き合っているような振る舞いをするのはどういう了見だ?」


彼の温度を感じさせない冷たい声がそう告げた。

その目の前にいる、彼の部署に配属されてきた新人の女性職員がタジタジになりながら答える。


「え……でも、あの夜、カスクートさん……とても優しくしてくれたじゃないですか、それって私のこと……」


「夜を共にすごしただけで、普通に接しただけで優しくされた?だから俺がキミのことを好きだと?だから勝手に俺の家に押しかけたり、周りにも俺との関係を匂わすような発言をするのか?とんでもなくおめでたい頭だな」


「っ………!」


あ、今、息を呑んだのは私。


彼に「失せろ。仕事以外で二度と俺に話しかけるな」と言われた女性職員が逃げ去っていく背中を観葉植物の陰から見送りながら、私は心の中で彼に謝り続けていた。


ごめんなさい!一度寝ただけで彼女だと思い込んでごめんなさいっ!優しくされて有頂天になってごめんなさいっ……と。


しまった……

情事の前と最中に言う男の「愛してる」には性的な意味しかないと姉に言われていたのに完全に冷静さを欠いていた。


私、ステラ=オーリーは自身の考えの至らなさに打ちのめされながらその場を後にした。

彼、ディラン=カスクートから逃げるように。


足早に歩きながらあの夜の事を思い出す。


ずっとずっと片想いしていた同期のディランに食事に誘われ、酔った勢いで体を重ねた。


お酒を呑んで、いい雰囲気になって、そして愛してるって言われて……


ずっと好きだったから本当に嬉しくて。

彼も同じ想いでいてくれた事が奇跡のように感じて……。


想いが溢れて、気付けばその胸に飛び込んでいた。


「好きだ」「愛してる」と


何度も言ってくれたのに……。


あれは情事でのリップサービスだったのだろうか。



だってさっきディランは言っていた。

一度夜を共に過ごしただけで彼女面するなと。


私と体を重ねて三日間、彼からはなんの連絡もなかった。

勇気を出して私から彼に会いに行っても「忙しいからまた連絡する」の一点張りだ。

仕方ないと思い引き下がった後、すぐに聞いてしまった先ほどのやり取り。


それに……


「さっきの女性とも寝たんだ……」


するりと私の口からこぼれ出た言葉が魔法省の廊下に落ちてゆく。


私はきゅっと固く目を閉じた。


危ないところだった。


調子にのって、彼と次に会う約束をしようとして、私もバッサリと切られるところだった。


『一度寝ただけで彼女面するな』



「ヒィィッごめんなさーーいっ!」



現実を、身の程を知った私は次の日からはもうディランの側には近寄らないようにした。


ディランの部署は今ホントに忙しいらしく、バタバタとしているディランと偶然廊下で出会(でくわ)してしまう事はあったけど、その時も私は“わかってますよ” “勘違いしてませんよ”アピールをするために完璧な無表情をキメかました。


ディランは何か言いたそうな顔をしていたけれど、結局は何も言わないという事は私のその態度で正解だったのだろう。

つまりは、そういう事なんだろう。



同期入省での新人研修。

鈍臭い私は何度もディランに助けられた。

「効率を考えろ」

「魔力の無駄遣いをするな」

「魔法の勉強をしたのか」

「それでよく入省できたな」

時には辛辣なもの言いもされたけど、彼が私を見捨てずにサポートしてくれたおかげで怒涛の新人研修デスロードを乗り切ることが出来たのだ。


研修が終わり、私は改めて心を込めてお礼を言った。

頭に手をぽんと置かれ「ナイス根性だった、お疲れ」と言ってディランが笑ってくれた時、私はするんと恋に落ちた。


それはもう、滑らかな絹のストールが音もなく床に落ちるように。


するりと私の中にディランへの恋心が落ちてきたのだ。



だけど同期とは言っても向こうは魔術学園を優秀な成績で卒業し、入省試験もトップ。

将来の高官候補として鳴り物入りで入省してきたディランに比べ、私はただの縁故採用。

まぁ所詮は縁故採用だから使えない奴だろうと言われるのが嫌で懸命に頑張ってきたけれど。


そんな私と彼では釣り合いが取れない、取れる訳がないと、高望みはせずにただの一同僚として接してきたのだけれど……。


なのにあの夜の事が起きた。


「でも……あれは勘違いしても仕方ないと思う!」


あんなに熱の篭った眼差しを向けてきて、あんなに熱い手で私に触れて。


あれでは誰でも勘違いする。


「…………おのれディラン=カスクート」


なんかだんだん腹が立ってきた。


そうやって私や、直接「彼女面するな」言われていた女性職員以外とも関係を持ったのかもしれない。


勘違いさせて靡かせて、一夜の関係を結べばそれで終わり。

最低だなおい。


そこまで怒りにまかせて考えたけど、それを私自身が否定する。


「ディランはそんなやつじゃない……」


そんなやつではないと信じたい。


真摯に仕事に向き合う姿。

不器用でもきちんと仕事をしようする人間にはフォローやバックアップを惜しまない。

厳しくて口が悪くてもそこにちゃんと優しさもある、そんな彼だから好きになったのだ。


きっとあの夜も、たまたま私とそういう事になってしまっただけなのだろう。

誰にだって過ちはある。


「だからそれを、勘違いしてはいけないわね」


私がそうひとり言ちると、頭の上から声が降ってきた。


「何が勘違いしてはダメなんだ?」


「っ!?」


聞き覚えがあり過ぎるその声に、私は慌てて振り返る。


「ディ、ディラン……」


そこにはやはり、たった今まで、いやこのところずーっと私の頭の中を締めていたディランが居た。


ディランは私をジト目で睨めつけながらもの申してくる。


「お前なぁ……ちょっと聞き分けが良すぎるんじゃないか?」


「ヘ?エ?ナニガッ?」


「確かに忙しいから連絡するまで待てとは言ったが、それっきり近寄っても来ないなんて有り得ないだろう」


「え、ちょっと待って?だから何が?」


「なんだ?ボケか?天然か?でもせめて廊下で顔を合わせた時くらい、笑顔を見せてくれもいいだろう?まるでマネキンみたいな無表情な顔をキメかましやがって、お前それでも俺の彼女か?」


「え?」


オレノ?カノジョ?


……………ハテ?



「何とか言ったらどうなんだ……まぁいい。仕事、やっと立件出来たんだ。あとは他部署に引き継ぐだけだ。久しぶりに飯に行こう、ステラを堪能させてくれ」


そう言ってディランは唖然としたままの私の手を引いて歩き出した。


「ちょっ、待っ!?」


私はそうはさせるかと足を踏ん張ってその場に留まる。

その姿を見てディランが呆れた顔をこちらに向けてきた。


「お前なぁ……妙齢の女がガニ股で踏ん張るな」


「だ、だって、だって……!今、ディラン、彼女って……」


「あ?何がおかしい?両想いで、心と同じく体も重ねて、それでお前を彼女じゃないと言ったら俺はどれだけ屑なんだよ」


「だって!……だってディラン、同じ部署の女の子に、一晩一緒に過ごしただけで彼女面するなって言ってたじゃない……」


「あぁ、お前アレを聞いていたのか。あの女にはホント困ってたんだ、何をはき違えたか自分が俺の彼女だと思い込みやがって。付き纏われて鬱陶しいったらありゃしねぇ」


ディランのその言い方に、私はかなりカチンときた。

同じく一夜過ごして勘違いした者としてちょっと言ってやりたくなった。


「そりゃ一緒に夜をすごして、勘違いするなと言う方が無理だと思う!」


「アホか。仕事で完徹しただけで恋人になるなら、あの日あの部屋にいた職員全員が恋人になっちまうだろ。その時あの女が寝落ちしてたから毛布を掛けてやっただけで好きだから優しくされたなんて妄想されて、勝手に彼女面されたら本当に迷惑なんだよ!」


「………仕事で、徹夜?しかも同じ部署の職員さんたちも?」


「そうだよ、それなのに俺があの女に惚れてるみたいに自分で吹聴しやがって!それを否定して回るのにどれだけ骨が折れたか!このクソ忙しい時に!ようやく手に入れられたステラに会う時間が余計に削られたじゃねえかっ!」


よほど腹に据えかねていたのだろう。

ディランは一頻り吠えて鬱憤を撒き散らしていた。


「……なんだ……」


あの女性職員とはなんでもなかったんだ……。


私はホッとして、全身から力が抜ける。

思わずその場にへたりこみたくなるくらいに脱力した。


でも、じゃあ、それじゃあ、


「それじゃあ私は?私は、ディランの何?」


「何って、彼女だろ?え?違うのかっ?でもあの時、愛してるって言ったよな?俺のものになってくれって言ったよな?え?伝わってなかった?」


もの凄く打ちのめされたような顔をするディラン。

その様子に居た堪れなくなりながらも私は答えた。


「だって、情事の前の甘い言葉は信用してはいけないって姉が……」


「……くっ、お姉さんが正しいっ……正しいが、正しくない場合もあるっ」


「正しくない場合?」


「本気で好きな女を口説いている時だよっ」


「っ………!」


ホンキデスキナオンナヲクドク。


「それは……私、という認識でよろしいのでしょうか……?」


「当たり前だろ。というかちゃんと認識してください、お願いします」


「はい……」


「それで?」


「はい?」


それで、なんだろう?

私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。



「それで、ステラは俺の彼女になってくれるんだよな?真面目なお前が、一晩だけのアバンチュールなんて楽しめるわけないもんな?お前も本気だったんだよな?」


「アバンチュールって……う、うん。ええ。はい、私も……ディランに本気です……私をあなたの彼女にしてください」


「っ……はいよろこんで!!」


「飲み屋か!って、きやあっ!?」


威勢のいいディランの返事に思わずツッコミを入れた瞬間、私の体が宙に浮いた。

ディランに抱き上げられたのだ。

世に言うお姫様抱っこというやつだ。


そしてそのままディランはエントランスに向かって歩き出す。


「ちょっ、ディラン!?どこに行く気!?」


私は抱えられながらもディランを問いただす。


「この一週間、死ぬ気で頑張ったんだ。ステラというご褒美をくれ」


「はいぃ?」


「そしてもう二度勘違いさせないようにとことん、思い知らせる所存」


「はいぃ?」



そうして私はディランに物理的にお持ち帰りされ、彼の家でさんざん思い知らされたのだった。


さすがにこのシチュエーションで二度目の夜を過ごして、勘違いをする事はない。



私は本当に、大好きだった彼を手に入れたのであった。


………いや、彼に手に入れられた、という方が正しいのかも?






おしまい






最後までお読みいただきありがとうございました!

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